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グレンとレンちゃん
しおりを挟む「猫って何食うんだ…?」
閉店間際のペットショップへと駆け込み、店主の迷惑そうな視線に耐えながらも一通りのお世話グッズを買い込んだグレンは、ひとまず自宅に帰宅した。
店主のおすすめだというキャットフードと水を用意してみたが、レンちゃんは全く食べる気配を見せなかった。それどころか部屋の隅っこから一向に動こうとはしない。
見知らぬ男に連れて来られたのだから、警戒しているのかもしれない。そういうところは飼い主に似ているな、とグレンは妙に納得する。
「そのうち慣れてくれよ~」
ここに来るまで、レンちゃんは大人しくグレンに抱っこされていたのだが、降ろした瞬間、一目散に距離を置かれてしまった。もう一度抱き上げるのは厳しそうだ。
考えてみればさっきのも抱っこというよりかは、レンちゃんからすれば運ばれていた、という感覚の方が正しいのかもしれない。それこそ、借りて来た猫のように。
「いや、実際借りて来た猫なんだけどさ」
グレンの呟きに、当たり前だが猫は突っ込んでくれない。レンちゃんとグレンはしばらく見つめ合い、いつしかその間に妙な空気が流れ始めた。
「……カレンなら鼻で笑いそうだな」
グレンはレンちゃんが怪我をしないよう、部屋の中を軽く片付け、戸締りもしっかりしてから脱衣所へと姿を消したのだった。
* * * * *
カレンは今、借りて来た猫になっていた。言葉の通りである。
壁を隔てた向こう側から、シャワーの流れる音がして、非常に落ち着かなかった。そわそわしてしまって、部屋の中を行ったり来たりする。
(これはもしかして、もしかしなくとも、シャワー中…!?)
興奮のあまり、気付けば壁を引っ掻いていた。これが爪とぎか、と逆に冷静になる。
傷ついた壁がバレないよう隠蔽したいところだったが、猫にそんなことができるはずもなく、早々に諦めた。
___到底信じられない話だが、カレンは今、猫になっていた。
きっかけは、あの赤いチョーカーだ。身に付けた途端、どういうわけか猫になってしまったのである。
外せば元に戻るかと思えば、そう単純な仕組みでもなく、今度は取り外せないときた。
最悪チョーカーを切断する考えも浮かんだが、何が起こるか分からない為、一旦その手は保留に。
どうなっているんだと急いで占い師の老婆を訪ねたところ、「あれまぁ~」という感じでのほほんと対応されてしまい、そのせいでカレンの唯一の命綱、マーガレットの危機感が薄れてしまった。
人が猫になったというのに、当の本人(猫)を除いて緊迫感が皆無とはいかがなものか。
占い師曰く、身体に害はなく、そのうち元に戻るそうだ。安心していいと言われたが、どこをどう安心すればいいのやら。その言葉を間に受けたのは、当然マーガレットだけである。
なんてものを売ってくれたんだ!と文句の一つでも言ってやりたかったが、猫になってしまったカレンには、ニャーニャーと鳴くことしかできず、己の無力さを嘆いた。
そんなカレンに、マーガレットはとんでもないことを言い出す。
「せっかくだし、グレンに飼われてみるのはどう?」
他のことは全部任せな!とグーサインにウインクまでもらったが、こういう時のマーガレットは全力でこの状況を面白がっているだけだと、カレンの第六感が訴えている。
暴れられたら良かったのだが、結局はマーガレットに勝てるはずもなく、されるがままにここまで来てしまった___というのがここまでの経緯である。
マーガレットもマーガレットだが、グレンもグレンだ。マーガレットに押し切られたら何も言えなくなってしまうのは分からなくもないが、それにしたってお人好しが過ぎるだろう。無理だと言って断ってしまえばいいものを。
(いや、それはそれでへこむけれど…!)
つくづく面倒くさい女だと思いながらも、カレン(の猫)の為にあれこれしてくれたのは、素直に嬉しかった。なんならもっと好きになってしまった。単純な女である。
(ここがグレンの部屋なのね…)
グレンとはそこそこ長い付き合いだが、カレンがここへ足を踏み入れたのは、今日が初めてだった。もっと汚いかと思っていたが、案外綺麗で驚いている。
まさかこんな形でお邪魔することになろうとは。そこだけは、マーガレットに感謝してもいいかもしれない。
(グレンの匂いがいっぱいだ…)
猫の嗅覚だからか、いつもよりグレンを濃く感じる。気のせいかもしれないけれど、カレンは言いようのない高揚感に包まれていた。
思い返せば、さっきは抱っこまでされていたのだ。せっかくならばもっと堪能しておけばよかった。さっきは緊張で、それどころではなかったから。
(あわよくば、もう一度あの腕に…)
ふと、ベットに目が行った。今は少し乱れていて、生活感が伺える。
(___この部屋に、一体何人の女の子を連れ込んだのかしら……)
そう思ってしまったことを、後悔した。
(いや、考えるのやめよ……)
いつしか、シャワーの音はしなくなっていた。
脱衣所の扉が開き、髪を濡らしたグレンが顔を出す。湯上り姿にときめいたのは秘密だ。
「ただいま~」
グレンはタオルで髪を拭きながら、ベッドに座る。そしてこちらを見つめた。
「一緒に寝るか?」
そう言われて、カレンは心臓が爆発するかと思った。
いつか刺されるわよ、なんて言っていたのはどこの誰だったか。刺されたのは紛れもなく自分だった。それもあの時ヘラヘラと笑っていた相手に、だ。
これは油断していると本当に命を落とすかもしれない。マーガレットがカレンを放り込んだ場所は、もしや戦場だったのではないだろうか。
「カレンが猫飼ってたとはなぁ」
独りごちるグレンに、カレンも同意したかった。同じく初耳なのだから。
この猫生活が終わった時、一体どう言い訳するんだと、マーガレットに言ってやりたい。
でも今は、今だけは___考えることを放棄しても、許されるだろうか。
グレンの部屋、グレンのベッドで一緒に寝れる、この特権。
(あ、もう一生猫でもいいかも……)
この瞬間、カレンは人生で一番幸せを感じていた。
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