~魂鎮メノ弔イ歌~

宵空希

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第三章 鳥籠詩

十四話 別離

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三年前。
藍葉朔耶は良からぬ未来を見た。
それは魂鎮メが、全滅するという未来だった。
朔耶も完璧に未来を見通せる訳ではない、この特性には制限もある。
断片的なパズルのピースがバラバラになった状態で未来は開示され、だから時系列や場面場面での人物背景などは基本、推察していくしかないのだが。

朔耶は見てしまった。
藤堂勇太が病室のベッドで眠る場面を。
八重桜玖々莉が邪気に塗れてしまうところを。
そして白百合芽唯の、絶命する瞬間を。
更にその先、とうとう蒼にも被害が及ぶのだ。
そんな未来にさせてはならない。
だから朔耶は決めた。
優先度の高い順に、拾って行かねばならないと。

けれど後悔もしている。
見過ごす事しか出来なかった者たちもいたからだ。
そう、例え自分の婚約者を見殺しにしてでも、朔耶は。
魂鎮メの、そしてこの世界の未来の為に。
夜御坂楓と白百合芽唯、この二人に全ての命運を賭けたのだ――。




芽唯は理解の追い付かない状態が未だに続き、今、誰がどうなっているのか。
それすらも一向に掴めずにいた。
そんな困惑している芽唯へと渚は声を掛ける。

「ごめんなぁ、芽唯。ウチ、最初からこっち側やねん。ウチの目的は最初から、あんたら魂鎮メを禁地に誘導する事やったんや。どや?ウチの演技、完璧やったろ?」

「……」

脳内がショートしそうになってくる。
最初から?勧誘が目的と言っていた、あの時点から?
ならば藜獄島にしても、わざと呪いに罹ったという事か、或いはそれすらも偽っていたのだろうか。
疑問は浮かんでくるも中々それを口に出す事が難しくて。
芽唯は喋れる事を忘れてしまったようであった。

「いやーそれにしても、さっきの実里にはウチも驚いたわ!まさかこないなとこでバレるんかー思うてな!百メートル走で二秒台って、お婆くらいの身体能力なんやで?せやから初めて会った時にやった、あんたとの決闘。ウチ、わざと負けたんよ!まあ結果的にこうなってもうたから、あんま隠す意味もなかったんやけどな」

「えー。もしかして私、お姉様のお邪魔になっちゃいましたか?」

「いや、もうえーねん千夏。ここいらが潮時や。芽唯、それから藍葉朔耶。あんたら魂鎮メは所詮、籠の中の鳥に過ぎん。禁地を祓わんと助け出せん奴がおる時点で、ウチらの思惑通りや。せいぜい殺女の機嫌を損ねん程度に頑張りやー」

そうして渚と千夏は元来た道へと引き返していく。
最後に渚は振り返りながら言う。

「楽しかったで、芽唯。せやけどウチら『八咫烏やたがらす』は、お利口さんの飼い鳥に容赦しないで――」

そう冷たい言葉を言い残して、二人はこの場を去って行った。



芽唯は何も考えられずに、力が抜けた様にしてその場に座り込む。
それを朔耶が支えようとするが、芽唯はその手を振り払った。

「……あんた、千夏が来るの分かってたよね?全部知ってたんでしょ?」

「……ええ、そうよ」

「じゃあ何、私を馬鹿だとでも思ってんの!?じゃなかったら可哀そう!?何なのよ、何であんたはここにいんのよっ!!」

そう声を荒げながら芽唯は言った。
分かっている、これはただの八つ当たりだ。
気持ちのやり場がないから、たまたまそこにいた朔耶にぶつけている。
気持ちの整理もつけられないまま、芽唯は感情がぐちゃぐちゃになりそうな思いだった。

「芽唯ちゃん……。馬鹿だなんて思っていないわ、可哀そうだとも思ってない。ただ私はあなたを、昔から本当の妹のように思っているわ。だから姉として、私はあなたを笑顔にしたいの」

「はぁ!?こんな状況で笑える訳ないでしょ!?馬鹿じゃないの!?」

「ええ、私は誰よりも馬鹿よ。妹一人救えないような役立たず。でもね、気持ちは確かにあるの。今芽唯ちゃんに伝えたいのはね、これだけ。私の事は信じなくてもいいから。でもあなたが大きくなって一番初めに気を許せた、夜御坂楓さんの事だけは信じてあげて」

「……もう、信じるってよく分かんないから!」

そう吐き捨てた芽唯。
けれど、楓に対しては疑い方もよく分からない。
他人を信じた結果がこれなのだから、すぐにじゃあなんて気持ちにもなれないが。
それでも、何かに縋りたくはなった。
ポスッと、芽唯は朔耶の胸に顔を埋める。

「……ねえ、酷くない?こんな裏切りってある?」

「ええ、とても酷いわね」

「あいつ、何だかんだ面倒見も良かったんだよ。励ましてくれて、支えるって言ってくれて。それもこれも全部、嘘だったの?」

「……どうかしらね。そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」

「意味わかんない。……ああもう、なんか腹立ってきた」

芽唯は朔耶から離れて立ち上がると、身体を大きく伸ばす。

「……ふぅー。じゃ、行くわよ。あんたがここにいたって事は、どうせこの先も私一人じゃ危ないんでしょ?」

「ふふっ。あなたは本当に昔から察しが良いのね。舞唯さんの子供とは思えないくらいよ」

「お母さん、そそっかしかったもんね。要領も悪いし、子供の私からしてみれば、逆にこっちが大人にならなきゃって思ってたくらいだったし」

芽唯は久々にお母さんと口にしたような気がした。
母の話などこれまではしたくもないような話題だった。
比べてくる大人ばかりだから、嫌気がさしていた。
けれど朔耶は唯一、母の思い出を語れる人物なのだと改めて思った。

「私にはお母さんしか家族いないんだから。その穴埋めにせいぜい、頑張ってお姉ちゃんやってよね?」

「まあ……。これは流石に、私でも見通せなかったようね。まさか芽唯ちゃんが、お姉ちゃんって言ってくれる日が来るなんて」

そうして二人は少しの笑みを浮かべて、炭坑の奥へと歩き出した。
渚とはここで、真逆の方向へと芽唯は進む――。
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