~魂鎮メノ弔イ歌~

宵空希

文字の大きさ
上 下
57 / 58
第三章 鳥籠詩

十四話 別離

しおりを挟む

三年前。
藍葉朔耶は良からぬ未来を見た。
それは魂鎮メが、全滅するという未来だった。
朔耶も完璧に未来を見通せる訳ではない、この特性には制限もある。
断片的なパズルのピースがバラバラになった状態で未来は開示され、だから時系列や場面場面での人物背景などは基本、推察していくしかないのだが。

朔耶は見てしまった。
藤堂勇太が病室のベッドで眠る場面を。
八重桜玖々莉が邪気に塗れてしまうところを。
そして白百合芽唯の、絶命する瞬間を。
更にその先、とうとう蒼にも被害が及ぶのだ。
そんな未来にさせてはならない。
だから朔耶は決めた。
優先度の高い順に、拾って行かねばならないと。

けれど後悔もしている。
見過ごす事しか出来なかった者たちもいたからだ。
そう、例え自分の婚約者を見殺しにしてでも、朔耶は。
魂鎮メの、そしてこの世界の未来の為に。
夜御坂楓と白百合芽唯、この二人に全ての命運を賭けたのだ――。




芽唯は理解の追い付かない状態が未だに続き、今、誰がどうなっているのか。
それすらも一向に掴めずにいた。
そんな困惑している芽唯へと渚は声を掛ける。

「ごめんなぁ、芽唯。ウチ、最初からこっち側やねん。ウチの目的は最初から、あんたら魂鎮メを禁地に誘導する事やったんや。どや?ウチの演技、完璧やったろ?」

「……」

脳内がショートしそうになってくる。
最初から?勧誘が目的と言っていた、あの時点から?
ならば藜獄島にしても、わざと呪いに罹ったという事か、或いはそれすらも偽っていたのだろうか。
疑問は浮かんでくるも中々それを口に出す事が難しくて。
芽唯は喋れる事を忘れてしまったようであった。

「いやーそれにしても、さっきの実里にはウチも驚いたわ!まさかこないなとこでバレるんかー思うてな!百メートル走で二秒台って、お婆くらいの身体能力なんやで?せやから初めて会った時にやった、あんたとの決闘。ウチ、わざと負けたんよ!まあ結果的にこうなってもうたから、あんま隠す意味もなかったんやけどな」

「えー。もしかして私、お姉様のお邪魔になっちゃいましたか?」

「いや、もうえーねん千夏。ここいらが潮時や。芽唯、それから藍葉朔耶。あんたら魂鎮メは所詮、籠の中の鳥に過ぎん。禁地を祓わんと助け出せん奴がおる時点で、ウチらの思惑通りや。せいぜい殺女の機嫌を損ねん程度に頑張りやー」

そうして渚と千夏は元来た道へと引き返していく。
最後に渚は振り返りながら言う。

「楽しかったで、芽唯。せやけどウチら『八咫烏やたがらす』は、お利口さんの飼い鳥に容赦しないで――」

そう冷たい言葉を言い残して、二人はこの場を去って行った。



芽唯は何も考えられずに、力が抜けた様にしてその場に座り込む。
それを朔耶が支えようとするが、芽唯はその手を振り払った。

「……あんた、千夏が来るの分かってたよね?全部知ってたんでしょ?」

「……ええ、そうよ」

「じゃあ何、私を馬鹿だとでも思ってんの!?じゃなかったら可哀そう!?何なのよ、何であんたはここにいんのよっ!!」

そう声を荒げながら芽唯は言った。
分かっている、これはただの八つ当たりだ。
気持ちのやり場がないから、たまたまそこにいた朔耶にぶつけている。
気持ちの整理もつけられないまま、芽唯は感情がぐちゃぐちゃになりそうな思いだった。

「芽唯ちゃん……。馬鹿だなんて思っていないわ、可哀そうだとも思ってない。ただ私はあなたを、昔から本当の妹のように思っているわ。だから姉として、私はあなたを笑顔にしたいの」

「はぁ!?こんな状況で笑える訳ないでしょ!?馬鹿じゃないの!?」

「ええ、私は誰よりも馬鹿よ。妹一人救えないような役立たず。でもね、気持ちは確かにあるの。今芽唯ちゃんに伝えたいのはね、これだけ。私の事は信じなくてもいいから。でもあなたが大きくなって一番初めに気を許せた、夜御坂楓さんの事だけは信じてあげて」

「……もう、信じるってよく分かんないから!」

そう吐き捨てた芽唯。
けれど、楓に対しては疑い方もよく分からない。
他人を信じた結果がこれなのだから、すぐにじゃあなんて気持ちにもなれないが。
それでも、何かに縋りたくはなった。
ポスッと、芽唯は朔耶の胸に顔を埋める。

「……ねえ、酷くない?こんな裏切りってある?」

「ええ、とても酷いわね」

「あいつ、何だかんだ面倒見も良かったんだよ。励ましてくれて、支えるって言ってくれて。それもこれも全部、嘘だったの?」

「……どうかしらね。そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」

「意味わかんない。……ああもう、なんか腹立ってきた」

芽唯は朔耶から離れて立ち上がると、身体を大きく伸ばす。

「……ふぅー。じゃ、行くわよ。あんたがここにいたって事は、どうせこの先も私一人じゃ危ないんでしょ?」

「ふふっ。あなたは本当に昔から察しが良いのね。舞唯さんの子供とは思えないくらいよ」

「お母さん、そそっかしかったもんね。要領も悪いし、子供の私からしてみれば、逆にこっちが大人にならなきゃって思ってたくらいだったし」

芽唯は久々にお母さんと口にしたような気がした。
母の話などこれまではしたくもないような話題だった。
比べてくる大人ばかりだから、嫌気がさしていた。
けれど朔耶は唯一、母の思い出を語れる人物なのだと改めて思った。

「私にはお母さんしか家族いないんだから。その穴埋めにせいぜい、頑張ってお姉ちゃんやってよね?」

「まあ……。これは流石に、私でも見通せなかったようね。まさか芽唯ちゃんが、お姉ちゃんって言ってくれる日が来るなんて」

そうして二人は少しの笑みを浮かべて、炭坑の奥へと歩き出した。
渚とはここで、真逆の方向へと芽唯は進む――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

#■■■■村

白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです 『私』を探して

ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

leon
ホラー
元特殊作戦群の隊員が親友の娘「詩織」を連れてゾンビが蔓延する世界でどのように生き、どのように死んでいくかを語る

バベル病院の怪

中岡 始
ホラー
地方都市の市街地に、70年前に建設された円柱形の奇妙な廃病院がある。かつては最先端のモダンなデザインとして話題になったが、今では心霊スポットとして知られ、地元の若者が肝試しに訪れる場所となっていた。 大学生の 森川悠斗 は都市伝説をテーマにした卒業研究のため、この病院の調査を始める。そして、彼はX(旧Twitter)アカウント @babel_report を開設し、廃病院での探索をリアルタイムで投稿しながらフォロワーと情報を共有していった。 最初は何の変哲もない探索だったが、次第に不審な現象が彼の投稿に現れ始める。「背景に知らない人が写っている」「投稿の時間が巻き戻っている」「彼が知らないはずの情報を、誰かが先に投稿している」。フォロワーたちは不安を募らせるが、悠斗本人は気づかない。 そして、ある日を境に @babel_report の投稿が途絶える。 その後、彼のフォロワーの元に、不気味なメッセージが届き始める—— 「次は、君の番だよ」

夜に融ける。

エシュ
ホラー
短編ホラーです。

悪夢

ちゃっぷ
ホラー
後味の悪い話、何となく思いついた話、昔見た夢の話などをポツポツと思いついた時に書いていきます。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...