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第三章 鳥籠詩
九話 カナリア炭坑
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◇
家を出たのは、午前十時を過ぎてから。
今芽唯は渚と共に電車に乗って移動している。
六駅ほど越えてから、今度はバスに乗って近くまで移動するらしい。
そこからは人気のない道を徒歩で進み、軽い上り坂の先にカナリア炭坑はあるようだ。
芽唯は電車の吊革に揺られながら、イメージを強くする。
まだ定着しきっていない自身の特性に、少しでも繋がりをつけようとして。
要はイメージトレーニングである。
隣では渚も目を瞑り、多分だが同じような事をしている。
六駅分の移動時間の有効活用にはちょうど良かった。
そうして何も喋る事もないまま、電車は目的地へと二人を運んで行った。
カナリア炭坑。
炭鉱のカナリアという慣用句は有名だ。
以下抜粋。
「石炭を採掘する炭鉱夫が炭鉱に入る際に、カナリアを鳥かごに入れて連れて行った歴史に由来します。炭鉱において発生するメタンガスや一酸化炭素などの毒ガスを検知するための目的で、カナリアが用いられました。カナリアは、無臭のガスにも敏感に反応します。常にさえずりを奏でていたカナリアが、鳴き止んだ時、炭鉱夫たちは有毒ガスの危険を察知できます。それによって炭鉱夫の命を守る役割を果たしていました」
それをもじって作られたのがカナリア炭坑である。
元々は地名からなる名称であったが、大地震で人々が生き埋めになった事からカナリアがいても意味がない、という皮肉によってつけられた元々はオカルト界隈における呼び名だったそうだ。
それがいつの間にか広がり、今ではこの場所を知っている人は皆カナリア炭坑と呼ぶ。
さて、ここで一つの疑問が生まれる。
大地震によって人々が生き埋めになったのなら、炭坑そのものが既に崩れ去っている筈だ。
大量の犠牲者が出たのにも関わらず炭坑は形を残している、つまり大地震の影響ではない。
犠牲が出たのは明らかに黄泉ノ国の影響だろう、それが地震にも似た地鳴りを引き起こし、当時の人間は大地震として処理した。
ここからは推測に過ぎないが、その時何人もの救助隊が派遣された事だろう。
だが相手は黄泉ノ国の亡者だ、易々と生きて帰っては来れない。
派遣される度に犠牲者が増え続けるのであれば、誰も行きたくはならなくなる。
そうしてこの地は見捨てられた、忌まわしき場所として。
まあ何にせよ今回の仕事は、過去一番の大仕事になりそうだと芽唯は思った。
「でも、この上があるんだもんね。こんな所で躓いてなんていられない」
芽唯はカナリア炭坑の入り口を目の前にして、そう言った。
吹き抜けの空からは午後の光が僅かに届いている。
来るまでは確かに快晴だった、でも炭坑に近づくにつれて雲行きも怪しくなっていった。
最早これは心霊スポットあるあるなのかもしれない。
陰の力がきっと、天候までも不安定な物に変えてしまう。
いや、そこに近づく芽唯たちを主体と考えるのであれば、これは警告なのだろうか。
そう考えると寧ろ、やってやんよな気持ちの方が湧いてきたりもするものだと芽唯は思った。
「転ばんよーに気ぃつけやー。このレール、結構足元取られるでー」
「いや、レールの上を歩かなければいいでしょ。そんな狭い道じゃないんだから」
芽唯は渚にツッコミを入れ、自分はレール脇の平坦な道を進む。
何故わざわざレールの真上を歩くのか、理解が出来ない。
子供かお前は、そう言いたかったけれど言わなかった。
そこまでを含めてのツッコミ待ちかもしれないと思ったからだ。
「何や自分、冷めとるなー。ふつうレールが敷かれとったら、レールの上を歩くのが流儀ちゃうか?わーい!レールやー!何処までも進んだるー!ゆーてな」
「……子供かお前は」
「あ?なんやて?聞こえへんかったわ」
芽唯は耐え切れず小声でツッコミを入れたが、幸い渚には届かなかったようだった。
そうしてそのまま緊張感もなく、二人はどんどんと炭坑の深くまで進んで行った。
進んで行くと、分かれ道に出くわした。
前方、右、左。
レールの分岐点だろう、多分だが真っ直ぐがより先へと進むルートだ。
左の道からは僅かな霊力反応、だが右は更に強い反応。
さて、全部祓っていたらキリがないのでここは真っ直ぐを選ぶべきだろう。
そう思った矢先の出来事だった。
左から、微かに人の声を聞き取った。
誰かが霊に遭遇した、そんなニュアンスに感じた芽唯は急いで左の道を走り始める。
「何や急に!?なんかおったんか!?」
「あんた聞こえなかったの!?誰か知らないけど、多分一般人が迷い込んでる!」
「マジかいな!今時心霊スポット巡りなんて流行らんで!」
二人は全速力で走った。
そうして芽唯はすぐに戦う準備をする。
「霊装――黒鋼」
未だ着慣れない和装に身を包み、鞘から抜き出した黒刀を手にする。
すると誰かが転んでおり、必死になって怨霊から後ずさっていた。
芽唯はギリギリのタイミングで間に合った事を確信すると同時に大きく跳躍し、特性を行使する。
「『刀匠 鋼鍛冶』――乾坤✖剣舞」
作業員であったであろう男性の怨霊を大きく切り裂き、難なく浄化に成功した。
それを確認した芽唯は振り返り、その高校生らしき人物に忠告をする。
「あんた、死にたいの?別にどうでもいいけど、自殺なら他のとこでやって」
キツイ言い方にはなったかもしれないが、それだけこの地は危ないという事が伝わればそれでいい。
そう思ったのだが、所詮は予想。
こちらの意図に反して、高校生は目を輝かせながら言ってくる。
「……もしかして、LOVE※の芽唯ちゃん!?うわ~、本物や~!なんで!?なんでこないなとこにおんの!?ウチ、ホンマに死んでもうたんか~!?ってか三つ編みもめっちゃカワイイ~!!」
堪らず芽唯は渚の方へと視線を移す。
「……これ、あんたの血筋?うるさいとこがそっくりなんだけど」
「いや、知らんわ。ウチ、兄しかおらんし」
芽唯は見事、関西弁キャラの仲間を増やしたのであった――。
家を出たのは、午前十時を過ぎてから。
今芽唯は渚と共に電車に乗って移動している。
六駅ほど越えてから、今度はバスに乗って近くまで移動するらしい。
そこからは人気のない道を徒歩で進み、軽い上り坂の先にカナリア炭坑はあるようだ。
芽唯は電車の吊革に揺られながら、イメージを強くする。
まだ定着しきっていない自身の特性に、少しでも繋がりをつけようとして。
要はイメージトレーニングである。
隣では渚も目を瞑り、多分だが同じような事をしている。
六駅分の移動時間の有効活用にはちょうど良かった。
そうして何も喋る事もないまま、電車は目的地へと二人を運んで行った。
カナリア炭坑。
炭鉱のカナリアという慣用句は有名だ。
以下抜粋。
「石炭を採掘する炭鉱夫が炭鉱に入る際に、カナリアを鳥かごに入れて連れて行った歴史に由来します。炭鉱において発生するメタンガスや一酸化炭素などの毒ガスを検知するための目的で、カナリアが用いられました。カナリアは、無臭のガスにも敏感に反応します。常にさえずりを奏でていたカナリアが、鳴き止んだ時、炭鉱夫たちは有毒ガスの危険を察知できます。それによって炭鉱夫の命を守る役割を果たしていました」
それをもじって作られたのがカナリア炭坑である。
元々は地名からなる名称であったが、大地震で人々が生き埋めになった事からカナリアがいても意味がない、という皮肉によってつけられた元々はオカルト界隈における呼び名だったそうだ。
それがいつの間にか広がり、今ではこの場所を知っている人は皆カナリア炭坑と呼ぶ。
さて、ここで一つの疑問が生まれる。
大地震によって人々が生き埋めになったのなら、炭坑そのものが既に崩れ去っている筈だ。
大量の犠牲者が出たのにも関わらず炭坑は形を残している、つまり大地震の影響ではない。
犠牲が出たのは明らかに黄泉ノ国の影響だろう、それが地震にも似た地鳴りを引き起こし、当時の人間は大地震として処理した。
ここからは推測に過ぎないが、その時何人もの救助隊が派遣された事だろう。
だが相手は黄泉ノ国の亡者だ、易々と生きて帰っては来れない。
派遣される度に犠牲者が増え続けるのであれば、誰も行きたくはならなくなる。
そうしてこの地は見捨てられた、忌まわしき場所として。
まあ何にせよ今回の仕事は、過去一番の大仕事になりそうだと芽唯は思った。
「でも、この上があるんだもんね。こんな所で躓いてなんていられない」
芽唯はカナリア炭坑の入り口を目の前にして、そう言った。
吹き抜けの空からは午後の光が僅かに届いている。
来るまでは確かに快晴だった、でも炭坑に近づくにつれて雲行きも怪しくなっていった。
最早これは心霊スポットあるあるなのかもしれない。
陰の力がきっと、天候までも不安定な物に変えてしまう。
いや、そこに近づく芽唯たちを主体と考えるのであれば、これは警告なのだろうか。
そう考えると寧ろ、やってやんよな気持ちの方が湧いてきたりもするものだと芽唯は思った。
「転ばんよーに気ぃつけやー。このレール、結構足元取られるでー」
「いや、レールの上を歩かなければいいでしょ。そんな狭い道じゃないんだから」
芽唯は渚にツッコミを入れ、自分はレール脇の平坦な道を進む。
何故わざわざレールの真上を歩くのか、理解が出来ない。
子供かお前は、そう言いたかったけれど言わなかった。
そこまでを含めてのツッコミ待ちかもしれないと思ったからだ。
「何や自分、冷めとるなー。ふつうレールが敷かれとったら、レールの上を歩くのが流儀ちゃうか?わーい!レールやー!何処までも進んだるー!ゆーてな」
「……子供かお前は」
「あ?なんやて?聞こえへんかったわ」
芽唯は耐え切れず小声でツッコミを入れたが、幸い渚には届かなかったようだった。
そうしてそのまま緊張感もなく、二人はどんどんと炭坑の深くまで進んで行った。
進んで行くと、分かれ道に出くわした。
前方、右、左。
レールの分岐点だろう、多分だが真っ直ぐがより先へと進むルートだ。
左の道からは僅かな霊力反応、だが右は更に強い反応。
さて、全部祓っていたらキリがないのでここは真っ直ぐを選ぶべきだろう。
そう思った矢先の出来事だった。
左から、微かに人の声を聞き取った。
誰かが霊に遭遇した、そんなニュアンスに感じた芽唯は急いで左の道を走り始める。
「何や急に!?なんかおったんか!?」
「あんた聞こえなかったの!?誰か知らないけど、多分一般人が迷い込んでる!」
「マジかいな!今時心霊スポット巡りなんて流行らんで!」
二人は全速力で走った。
そうして芽唯はすぐに戦う準備をする。
「霊装――黒鋼」
未だ着慣れない和装に身を包み、鞘から抜き出した黒刀を手にする。
すると誰かが転んでおり、必死になって怨霊から後ずさっていた。
芽唯はギリギリのタイミングで間に合った事を確信すると同時に大きく跳躍し、特性を行使する。
「『刀匠 鋼鍛冶』――乾坤✖剣舞」
作業員であったであろう男性の怨霊を大きく切り裂き、難なく浄化に成功した。
それを確認した芽唯は振り返り、その高校生らしき人物に忠告をする。
「あんた、死にたいの?別にどうでもいいけど、自殺なら他のとこでやって」
キツイ言い方にはなったかもしれないが、それだけこの地は危ないという事が伝わればそれでいい。
そう思ったのだが、所詮は予想。
こちらの意図に反して、高校生は目を輝かせながら言ってくる。
「……もしかして、LOVE※の芽唯ちゃん!?うわ~、本物や~!なんで!?なんでこないなとこにおんの!?ウチ、ホンマに死んでもうたんか~!?ってか三つ編みもめっちゃカワイイ~!!」
堪らず芽唯は渚の方へと視線を移す。
「……これ、あんたの血筋?うるさいとこがそっくりなんだけど」
「いや、知らんわ。ウチ、兄しかおらんし」
芽唯は見事、関西弁キャラの仲間を増やしたのであった――。
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