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第三章 鳥籠詩
八話 追憶
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◇
眠れない。
芽唯は冴えてしまった脳を休めたいのだが、意識する程余計に眠れなくなっていた。
渚はいびきをかいて眠っている、それがうるさくて眠れなさを助長させるのだが、それにも慣れ始めてきた頃だった。
天井を見つめながら布団の上で横になって、ふと脳裏に過ったのは昔の記憶。
自分の母親の事だった。
母、白百合舞唯は白百合家の歴代最強と称されていた。
当時、まだ幼かった芽唯はその意味をよく分かっていなかったが、それでも誇らしいと母に対してそう思っていた。
芽唯に父親はいない。
処女懐胎と言われる、つまり誰ともそういった行為なしに身ごもった子であった。
アメリカではそういったケースも稀に見受けられるようで、奇跡にも近しい事ではあるのかもしれないが前例がない訳ではない。
芽唯も別に、大して気にしてはいなかった。
母は感性豊かな人だった。
当時一緒になって見ていた朝のテレビアニメにも、いちいち涙を流していた。
何故泣くのか、芽唯はとても不思議に思っていたものだ。
美味しい物を食べれば幸せそうな顔をするし、困った事が起きれば辛そうな表情を引きずる。
中でも芽唯が一番嬉しかったのは、芽唯の誕生日を祝ってくれる母の心遣いだった。
不器用ながらも芽唯が今一番欲しい物をさり気なくリサーチして、誕生日ケーキには手作りの物を用意してくれた。
料理は下手な方なのに、それでも一生懸命になって、顔中をクリームだらけにして。
芽唯は、そんな母が大好きだった。
けれど芽唯が五歳の頃、母は突然の行方不明となった。
すぐに朔耶がそれを聞いて自分を迎えに来てくれたのだが、芽唯は自分が娘として至らなかったのだと思った。
母は自分に愛想を尽かしたのだと。
それから芽唯は、心の底から笑う事が出来なくなった。
朔耶は良くしてくれるけど、それでも愛想笑いしか出来なくなっていた。
なるべく迷惑にならないように、そう思って出来る限り明るく振舞って。
何年かして、親戚に引き取られるようになる。
でも芽唯は心を開く事が出来ずに、愛想笑いを続けるだけ。
それでも周りからの意見は厳しく、母は偉大な人だったとか、この子は才能を受け継いでいないとか、言われようは酷いものがあった。
芽唯のようやく開花した特性も四世家にしてはそこまでのものでもなかったらしく、言われようは更に酷くなっていった。
次第に芽唯は、他人に対しての思い方が変わっていく。
結局は秀でていない者には役立たずの烙印を押すのが、この世界での習わしなのだと。
平凡な人間に世界は、スポットライトを当てようとはしない。
ならば、と。
芽唯は他人を敬う事をやめた、思いやる事をやめた。
くだらない馴れ合いに、自分を巻き込まないで。
そうして芽唯の人格は形成されていった。
「……はぁ。嫌なこと思い出しちゃった」
ポツリと呟いた芽唯の声は、深夜の静寂に消えた。
エアコンが生暖かい風を吐き続ける、ため息を吐きたいのはこっちの方だ。
と、そんな事を思っていた芽唯に、いつの間に起きていたのか渚が声を掛けてくる。
「……なんや、眠れへんのか」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
上体を上げながら芽唯は、隣の布団で眠っていた渚に言う。
渚はそのまま顔だけをこちらに向けてくる。
「眠っとかな、明日からしんどくなるで」
「うん。分かってるんだけど、なんか寝れなくて」
芽唯がそう言うと、何を思ったのか。
渚は上体を起こして芽唯に近づき、突然抱きしめて来た。
「え?ちょっと、何してんの?」
「……あんたは抱え込むタイプやろ。誰にも弱音を吐かんで、そうして生きて来たんやろ。ウチ、何となくそういうの分かんねん。性格とか言い回しとかで、その人の背景が見えてくるってゆーか」
「……。」
芽唯は何を言えばいいのか分からなかった。
でも、背中に伝わる渚の手が温かいと思った。
「あんたはもっと、人を頼ってええねん。お婆に修行を頼み込んだみたいに、もっと人を当てにしてええねん。周りには冷たい人間もおるやろう。けど、それが全てとちゃう。ホンマに大事な人は、少なくてええねん。少なくてもめっちゃ愛して愛されれば、それでえーんや」
「……。」
何だ、そんな事か。
そんなの芽唯だって、頭では分かっている。
でも誰からも愛されてみたくて、結局愛ってよく分かんなくて。
愛って言葉の定義が曖昧で、酷く不安定な物に思えて。
でも今、ようやく気づいた。
幼い頃に母に向けていたあの気持ちが、母が自分に向けてくれていた気持ちこそが。
多分、愛だったんだ。
「あんたは一人とちゃう。楓さんがいる、ウチもいる。きっと魂鎮メの人間やて、仲間みたいに思うとる。あんたが抱え込んで自分を苦しめたり傷つけたりすると、不思議なもんで周りのみんなも自然と辛くなんねん。あんたはウチが支えたる。せやから何の気兼ねもなく、楓さんを助ける為の最善を尽くせばええ」
「……うん」
芽唯は心の枷が少しだけ外れたような気がした。
自然とこちらからも手を回して、渚を抱きしめていた。
人の体温ってこんなに温かいんだっけ。
しみじみと感じるのは、凄く久しぶりな気がする。
「ありがと渚、もう大丈夫。なんか今なら寝れそう」
「そうか。何ならお姉さんが朝まで添い寝したろか?」
「あんた、愛する彼氏がいるんでしょ。告発してやるからね」
「告発?いやいや冗談や。さっきあんたがやった冗談の方がよっぽどドギツイわ」
「ふふっ、顔真っ赤だったしね。じゃ、おやすみー」
「ったく、あんたはホンマに。おやすみぃ」
そうして先程までの眠れなさはどこへやら。
芽唯はゆっくりと眠りに就いた。
その夜、芽唯は夢を見た。
母に再会する夢だ。
そしてそれは現実となる。
でもそれはまだ、少しだけ先の話――。
眠れない。
芽唯は冴えてしまった脳を休めたいのだが、意識する程余計に眠れなくなっていた。
渚はいびきをかいて眠っている、それがうるさくて眠れなさを助長させるのだが、それにも慣れ始めてきた頃だった。
天井を見つめながら布団の上で横になって、ふと脳裏に過ったのは昔の記憶。
自分の母親の事だった。
母、白百合舞唯は白百合家の歴代最強と称されていた。
当時、まだ幼かった芽唯はその意味をよく分かっていなかったが、それでも誇らしいと母に対してそう思っていた。
芽唯に父親はいない。
処女懐胎と言われる、つまり誰ともそういった行為なしに身ごもった子であった。
アメリカではそういったケースも稀に見受けられるようで、奇跡にも近しい事ではあるのかもしれないが前例がない訳ではない。
芽唯も別に、大して気にしてはいなかった。
母は感性豊かな人だった。
当時一緒になって見ていた朝のテレビアニメにも、いちいち涙を流していた。
何故泣くのか、芽唯はとても不思議に思っていたものだ。
美味しい物を食べれば幸せそうな顔をするし、困った事が起きれば辛そうな表情を引きずる。
中でも芽唯が一番嬉しかったのは、芽唯の誕生日を祝ってくれる母の心遣いだった。
不器用ながらも芽唯が今一番欲しい物をさり気なくリサーチして、誕生日ケーキには手作りの物を用意してくれた。
料理は下手な方なのに、それでも一生懸命になって、顔中をクリームだらけにして。
芽唯は、そんな母が大好きだった。
けれど芽唯が五歳の頃、母は突然の行方不明となった。
すぐに朔耶がそれを聞いて自分を迎えに来てくれたのだが、芽唯は自分が娘として至らなかったのだと思った。
母は自分に愛想を尽かしたのだと。
それから芽唯は、心の底から笑う事が出来なくなった。
朔耶は良くしてくれるけど、それでも愛想笑いしか出来なくなっていた。
なるべく迷惑にならないように、そう思って出来る限り明るく振舞って。
何年かして、親戚に引き取られるようになる。
でも芽唯は心を開く事が出来ずに、愛想笑いを続けるだけ。
それでも周りからの意見は厳しく、母は偉大な人だったとか、この子は才能を受け継いでいないとか、言われようは酷いものがあった。
芽唯のようやく開花した特性も四世家にしてはそこまでのものでもなかったらしく、言われようは更に酷くなっていった。
次第に芽唯は、他人に対しての思い方が変わっていく。
結局は秀でていない者には役立たずの烙印を押すのが、この世界での習わしなのだと。
平凡な人間に世界は、スポットライトを当てようとはしない。
ならば、と。
芽唯は他人を敬う事をやめた、思いやる事をやめた。
くだらない馴れ合いに、自分を巻き込まないで。
そうして芽唯の人格は形成されていった。
「……はぁ。嫌なこと思い出しちゃった」
ポツリと呟いた芽唯の声は、深夜の静寂に消えた。
エアコンが生暖かい風を吐き続ける、ため息を吐きたいのはこっちの方だ。
と、そんな事を思っていた芽唯に、いつの間に起きていたのか渚が声を掛けてくる。
「……なんや、眠れへんのか」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
上体を上げながら芽唯は、隣の布団で眠っていた渚に言う。
渚はそのまま顔だけをこちらに向けてくる。
「眠っとかな、明日からしんどくなるで」
「うん。分かってるんだけど、なんか寝れなくて」
芽唯がそう言うと、何を思ったのか。
渚は上体を起こして芽唯に近づき、突然抱きしめて来た。
「え?ちょっと、何してんの?」
「……あんたは抱え込むタイプやろ。誰にも弱音を吐かんで、そうして生きて来たんやろ。ウチ、何となくそういうの分かんねん。性格とか言い回しとかで、その人の背景が見えてくるってゆーか」
「……。」
芽唯は何を言えばいいのか分からなかった。
でも、背中に伝わる渚の手が温かいと思った。
「あんたはもっと、人を頼ってええねん。お婆に修行を頼み込んだみたいに、もっと人を当てにしてええねん。周りには冷たい人間もおるやろう。けど、それが全てとちゃう。ホンマに大事な人は、少なくてええねん。少なくてもめっちゃ愛して愛されれば、それでえーんや」
「……。」
何だ、そんな事か。
そんなの芽唯だって、頭では分かっている。
でも誰からも愛されてみたくて、結局愛ってよく分かんなくて。
愛って言葉の定義が曖昧で、酷く不安定な物に思えて。
でも今、ようやく気づいた。
幼い頃に母に向けていたあの気持ちが、母が自分に向けてくれていた気持ちこそが。
多分、愛だったんだ。
「あんたは一人とちゃう。楓さんがいる、ウチもいる。きっと魂鎮メの人間やて、仲間みたいに思うとる。あんたが抱え込んで自分を苦しめたり傷つけたりすると、不思議なもんで周りのみんなも自然と辛くなんねん。あんたはウチが支えたる。せやから何の気兼ねもなく、楓さんを助ける為の最善を尽くせばええ」
「……うん」
芽唯は心の枷が少しだけ外れたような気がした。
自然とこちらからも手を回して、渚を抱きしめていた。
人の体温ってこんなに温かいんだっけ。
しみじみと感じるのは、凄く久しぶりな気がする。
「ありがと渚、もう大丈夫。なんか今なら寝れそう」
「そうか。何ならお姉さんが朝まで添い寝したろか?」
「あんた、愛する彼氏がいるんでしょ。告発してやるからね」
「告発?いやいや冗談や。さっきあんたがやった冗談の方がよっぽどドギツイわ」
「ふふっ、顔真っ赤だったしね。じゃ、おやすみー」
「ったく、あんたはホンマに。おやすみぃ」
そうして先程までの眠れなさはどこへやら。
芽唯はゆっくりと眠りに就いた。
その夜、芽唯は夢を見た。
母に再会する夢だ。
そしてそれは現実となる。
でもそれはまだ、少しだけ先の話――。
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