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第三章 鳥籠詩
六話 叡智
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◇
菊の元での修行を終えた二人は、渚宅へと戻っていた。
さて、この後はどうするか。
すぐにでも藜獄島へと渡りたい気持ちにはなるのだが、果たして現状でどうにかなるものなのか。
最後に菊は言った。
九州の藜獄島は、現存する禁地の中でも三本指に入る程の脅威であると。
関東の『虚』、北海道の『鬼哭山』に匹敵する三大名所。
他の禁地だって十分過ぎる程の脅威なのだ。
再び藜獄島に行くのであれば、それこそあの時の圧倒的な力を見せた楓並みの強さが必要なのではないか。
いくら修行をしたからとは言え、まだそこまでの強さは会得できていないと芽唯は考える。
今から渚と二人加わったからと言って、本当に楓を救い出せるのか。
「ウチ思ったんやけど、先に別の禁地にでも行っとくってのはどうや?」
買い出しから戻った渚は、帰って早々芽唯にそう言ってきた。
ちょうど芽唯と同じような事を考えていたらしい。
寄り道をしている時間が惜しいのは確かではある。
けれど愚策に乗り込むのは以ての外。
暫し芽唯は考え込んだ。
「関西にも一カ所、禁地があるで?オカルト界隈では有名なカナリア炭坑や」
炭坑、なるほど。
関東でもそういった場所は陰の力が溜まりやすく、近しい心霊スポットがいくつかあった。
それが禁地となっているならば、より一層の脅威には成っている事だろう。
だがそこすらも祓えなくて、三本指の攻略など不可能だ。
藜獄島へ渡るのは一旦置いておこう、芽唯はそう決めた。
今はただ、楓を信じるのみである。
「分かった。じゃあそこに行こう」
「よっしゃ!そうと決まれば飯食い行くで!まずは腹ごしらえや!」
「は?買い出しして来たんでしょ?ご飯ならここで済ませばいいじゃん」
「なにゆーとんのや。命がけのクエストやで?うまいもんガッツリ食って士気上げてかなあかんやろ。ほら、いつまでもそんなかっこしとらんで準備せえ!」
芽唯はいつものラフなTシャツ姿から、仕方なく外出用の服に着替え始める。
渚はいつも勢い任せだ。
基本ノリで生きている、全く以て計画性がない。
きっといい嫁にはならないだろう。
そんな風にも思っていたが、如何せん家事はキッチリとマメにやるのだ。
料理も勇太程ではないが上手い、少なくとも芽唯よりは。
彼氏も胃袋を掴んで付き合い始めたと言っていた、彼の自慢話は大変耳障りではあったが。
まあ何だかんだ面倒見も良いし、悪い奴ではないんだよなぁ。
だが良い奴と言うと調子に乗るので、口にはしないのだが。
「ほら、早う行くで!近くにめっちゃうまいお好み焼き屋があんねん!」
「……ま、関西に来たからには行っとかないとか。勿論あんたの奢りでね」
「なんや自分、無職になってから金にがめつくなっとらんか」
「しょうがないでしょ。だって私、年下だし」
「……ホンマ、都合のいい時だけそんな事言いおるわ」
そう言い合いながら、二人は近所のお店に向かうのであった。
お好み焼き、それは人類の叡智。
オールシーズン手に入るキャベツを中心としたお好きな具材と、安価な小麦粉と山芋をベースとした生地にダシを効かせた和の主食。
香ばしく焼き上げてから、フルーティーでスパイシーな中濃ソースとたっぷりのマヨネーズで召し上がる。
その上で踊る鰹節も上品で良い、青のりの香りも抜群に食欲をそそる。
まさに王者の貫禄、庶民からの支持も熱い。
だからあえて言おう、それは人類の叡智である、と。
――by興梠渚
「いや、普通に美味しいんならそれでいいじゃん。叡智とか言われると逆に嘘くさいし」
「なんや自分!これやから関東の芸能人はあかん!庶民の食いもんこそ正義や!あんたはどうせ、たっかい寿司ばっか食ってきたんやろ!」
「お寿司を悪者みたいに言わないでくれる?」
「寿司ちゃうわ!寿司ばっか食っとるあんたにお好み焼きの何が分かんねんゆーてるんや!」
はぁ……、と嘆息混じりの芽唯は非常に面倒くさいと思っていた。
何ですぐ熱くなるのかなぁ、鉄板かお前は。
お店の座敷の上で相対する芽唯の方は興醒めだ、こっちの立場にもなって欲しい。
「はいはい。分かったから、冷めないうちに食べよ。私はとっくに冷めてるけど」
「やかましいわ!分かってへん……、分かってへんのやけど、鉄板の上は冷めへんのやけど……!ま、ウチもお腹空いたわー」
そう言って渚はヘラを手に取って器用に切り分け始め、一口。
恍惚な表情を浮かべて、それは美味しそうに食べていた。
何処か楓の顔が浮かんでくる。
まあ楓みたいに犬耳までは見えないなー、と芽唯は思った。
「うっまぁーー!!あー、生きてて良かったわ~!」
「ほんとあんたっていちいち大袈裟だわ。いただきます」
そう言って芽唯も一口。
確かに、これは秀逸の一言に尽きる。
関東でも何度かお好み焼き屋は連れて行ってもらったが、やはり本場は違うという事なのだろうか。
ソースやマヨネーズもいいのだが、何よりもこの生地にブレンドされているダシの加減が絶妙。
鼻に抜けて行く魚介系の香りが何とも上品なものであった。
人間の食べ物の識別は味ではなく香りである。
そういう意味では、お好み焼きを通じてソースマヨネーズにも負けないダシをしっかりと感じている、そんな気分にさせてくれる。
まあ要は美味しかった。
「どうや?ここのはめっちゃうまいやろ?」
「……まあ」
「なんや、ノリ悪いなー。もっと顔に表さんかい!」
「別にそんな必要はないでしょ。素直に美味しいって言ってんだから」
「いやいや、ゆーてへんかったから。なんや自分、実はツンデレかいな?」
「は?デレてないから。私がデレる日なんて未来永劫来ないから」
芽唯はそう言ってお好み焼きを口に運ぶ。
渚はそんな芽唯に向けて追い打ちを掛ける。
「あんたも人を好きになれば、そないな事にもなったりすんねん。ウチ、別に百合に抵抗ないから安心してえーで」
「ぶふっ!……あんたねぇ、夜御坂さんはそんなんじゃないって言ってるでしょ!」
「誰も楓さんの事なんてゆーてへんでー」
「……くっ!」
渚はそのまま気分良くお好み焼きを堪能するのに対し。
芽唯は楓を意識したまま上の空で食べ終えるのであった――。
菊の元での修行を終えた二人は、渚宅へと戻っていた。
さて、この後はどうするか。
すぐにでも藜獄島へと渡りたい気持ちにはなるのだが、果たして現状でどうにかなるものなのか。
最後に菊は言った。
九州の藜獄島は、現存する禁地の中でも三本指に入る程の脅威であると。
関東の『虚』、北海道の『鬼哭山』に匹敵する三大名所。
他の禁地だって十分過ぎる程の脅威なのだ。
再び藜獄島に行くのであれば、それこそあの時の圧倒的な力を見せた楓並みの強さが必要なのではないか。
いくら修行をしたからとは言え、まだそこまでの強さは会得できていないと芽唯は考える。
今から渚と二人加わったからと言って、本当に楓を救い出せるのか。
「ウチ思ったんやけど、先に別の禁地にでも行っとくってのはどうや?」
買い出しから戻った渚は、帰って早々芽唯にそう言ってきた。
ちょうど芽唯と同じような事を考えていたらしい。
寄り道をしている時間が惜しいのは確かではある。
けれど愚策に乗り込むのは以ての外。
暫し芽唯は考え込んだ。
「関西にも一カ所、禁地があるで?オカルト界隈では有名なカナリア炭坑や」
炭坑、なるほど。
関東でもそういった場所は陰の力が溜まりやすく、近しい心霊スポットがいくつかあった。
それが禁地となっているならば、より一層の脅威には成っている事だろう。
だがそこすらも祓えなくて、三本指の攻略など不可能だ。
藜獄島へ渡るのは一旦置いておこう、芽唯はそう決めた。
今はただ、楓を信じるのみである。
「分かった。じゃあそこに行こう」
「よっしゃ!そうと決まれば飯食い行くで!まずは腹ごしらえや!」
「は?買い出しして来たんでしょ?ご飯ならここで済ませばいいじゃん」
「なにゆーとんのや。命がけのクエストやで?うまいもんガッツリ食って士気上げてかなあかんやろ。ほら、いつまでもそんなかっこしとらんで準備せえ!」
芽唯はいつものラフなTシャツ姿から、仕方なく外出用の服に着替え始める。
渚はいつも勢い任せだ。
基本ノリで生きている、全く以て計画性がない。
きっといい嫁にはならないだろう。
そんな風にも思っていたが、如何せん家事はキッチリとマメにやるのだ。
料理も勇太程ではないが上手い、少なくとも芽唯よりは。
彼氏も胃袋を掴んで付き合い始めたと言っていた、彼の自慢話は大変耳障りではあったが。
まあ何だかんだ面倒見も良いし、悪い奴ではないんだよなぁ。
だが良い奴と言うと調子に乗るので、口にはしないのだが。
「ほら、早う行くで!近くにめっちゃうまいお好み焼き屋があんねん!」
「……ま、関西に来たからには行っとかないとか。勿論あんたの奢りでね」
「なんや自分、無職になってから金にがめつくなっとらんか」
「しょうがないでしょ。だって私、年下だし」
「……ホンマ、都合のいい時だけそんな事言いおるわ」
そう言い合いながら、二人は近所のお店に向かうのであった。
お好み焼き、それは人類の叡智。
オールシーズン手に入るキャベツを中心としたお好きな具材と、安価な小麦粉と山芋をベースとした生地にダシを効かせた和の主食。
香ばしく焼き上げてから、フルーティーでスパイシーな中濃ソースとたっぷりのマヨネーズで召し上がる。
その上で踊る鰹節も上品で良い、青のりの香りも抜群に食欲をそそる。
まさに王者の貫禄、庶民からの支持も熱い。
だからあえて言おう、それは人類の叡智である、と。
――by興梠渚
「いや、普通に美味しいんならそれでいいじゃん。叡智とか言われると逆に嘘くさいし」
「なんや自分!これやから関東の芸能人はあかん!庶民の食いもんこそ正義や!あんたはどうせ、たっかい寿司ばっか食ってきたんやろ!」
「お寿司を悪者みたいに言わないでくれる?」
「寿司ちゃうわ!寿司ばっか食っとるあんたにお好み焼きの何が分かんねんゆーてるんや!」
はぁ……、と嘆息混じりの芽唯は非常に面倒くさいと思っていた。
何ですぐ熱くなるのかなぁ、鉄板かお前は。
お店の座敷の上で相対する芽唯の方は興醒めだ、こっちの立場にもなって欲しい。
「はいはい。分かったから、冷めないうちに食べよ。私はとっくに冷めてるけど」
「やかましいわ!分かってへん……、分かってへんのやけど、鉄板の上は冷めへんのやけど……!ま、ウチもお腹空いたわー」
そう言って渚はヘラを手に取って器用に切り分け始め、一口。
恍惚な表情を浮かべて、それは美味しそうに食べていた。
何処か楓の顔が浮かんでくる。
まあ楓みたいに犬耳までは見えないなー、と芽唯は思った。
「うっまぁーー!!あー、生きてて良かったわ~!」
「ほんとあんたっていちいち大袈裟だわ。いただきます」
そう言って芽唯も一口。
確かに、これは秀逸の一言に尽きる。
関東でも何度かお好み焼き屋は連れて行ってもらったが、やはり本場は違うという事なのだろうか。
ソースやマヨネーズもいいのだが、何よりもこの生地にブレンドされているダシの加減が絶妙。
鼻に抜けて行く魚介系の香りが何とも上品なものであった。
人間の食べ物の識別は味ではなく香りである。
そういう意味では、お好み焼きを通じてソースマヨネーズにも負けないダシをしっかりと感じている、そんな気分にさせてくれる。
まあ要は美味しかった。
「どうや?ここのはめっちゃうまいやろ?」
「……まあ」
「なんや、ノリ悪いなー。もっと顔に表さんかい!」
「別にそんな必要はないでしょ。素直に美味しいって言ってんだから」
「いやいや、ゆーてへんかったから。なんや自分、実はツンデレかいな?」
「は?デレてないから。私がデレる日なんて未来永劫来ないから」
芽唯はそう言ってお好み焼きを口に運ぶ。
渚はそんな芽唯に向けて追い打ちを掛ける。
「あんたも人を好きになれば、そないな事にもなったりすんねん。ウチ、別に百合に抵抗ないから安心してえーで」
「ぶふっ!……あんたねぇ、夜御坂さんはそんなんじゃないって言ってるでしょ!」
「誰も楓さんの事なんてゆーてへんでー」
「……くっ!」
渚はそのまま気分良くお好み焼きを堪能するのに対し。
芽唯は楓を意識したまま上の空で食べ終えるのであった――。
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