~魂鎮メノ弔イ歌~

宵空希

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第二章 子守唄

二十話 淡雪

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そうして、何度も何度も何度も斬り裂いて。
何度も何度も何度も屠り続けて。
やがて異形の主は耐え切れずに、この世からゆっくりと。
消滅していった。



「・・・・・・」

玖々莉は何も思わず、その場でただ立ち尽くす。
目的は達した。
だが恐らくはもう、自分は元の姿には戻れないのだろう。
異形と同じようにして輪廻転生の軌道にも乗れず、ただ消滅するのを待つだけ。
別に大した事ではない、特に生まれ変わりたいとも思っていない。
虚無感だけが残った今、現世に未練もないのだから。

玖々莉は再び空に目をやる。
相変わらず月が綺麗ではあるが、それもすぐに姿を変えていく。
異形の主を祓った事で、この禁地に影響が出始めていた。
覆っていた邪気や瘴気が、ゆっくりと晴れていく。

そして屋敷に不穏な気配は一切なくなり、今はもうただの立派な大名屋敷となった。
禁地は元の姿となり、本来の霊脈の本流を取り戻したのだ。
純粋な霊力を孕んで、邪なものを一切合切綺麗に洗い流していく。
けれど玖々莉の邪気だけは祓う事もされずに、未だ纏ったままであった。
純黒のドレスから漂う、どす黒いオーラ。
玖々莉はもう、死の匂いを纏わせるしかないのだ。

「……私がここにいちゃ、また霊脈に狂いが生じるかもしれない。手毬たちに見つからない内に、私は――」

そうしてこの場から去ろうとした時、ふと何かを踏みつけたような気がした。
地面を見てみると、そこに落ちていたのは雪奈の付けていた白のリボンであった。
玖々莉はゆっくりとした動作でそれを拾い上げ、目線の高さまで持って行く。
あの少女は一体、何処に行ってしまったのだろうか。
やがて沸々と、何かを思い出したかのように。
想いが、込み上げてくる。

「……ごめんね、雪奈ちゃん。私は救い主に、成れなかったっ……」

リボンを胸に抱きながら、玖々莉はその場で座り込んだ。
零れ落ちるのは、一滴の涙。
守れなかった、守りたかったのに。
もっと自分に力があったなら、覚悟があったなら。
そもそも自分が連れ出したりなんてしなければ、少なくとも消える事なんてなかったのかもしれない。
けれど後悔は、何も返してはくれない。
過去はもう二度と、戻っては来ない。

そんな時、ふと玖々莉の視界に白い粒が舞い込んで来た。
――雪だ。
空を見上げるといつの間にか雲が覆っており、雪が降っていた。
玖々莉は思う。
きっとこれは、雪奈からのメッセージだと。
それは儚くも美しく、哀しいメッセージ。

「ごめんなさいっ……、ごめんなさい……」

成仏させてあげられなかったのだから、本当はそんな事など起こり得ないのは分かっている。
もう雪奈の意思も、魂も、この世あの世のどちらにも存在しない。
だから玖々莉は一頻り泣いて、謝って。
そうして残されたリボンを、自分の髪に結い付けた。
春はまだ遠い、けれどいつか誰しも平等な春が訪れる事を淡雪に願って。
玖々莉は、歌を口ずさんだ。
雪が深々と降り続く中で、子守唄が静かに響く。
この唄の伝承は死者との逢瀬、ならば無に帰した魂はどうなるのか。

やがて心地いい音色はゆっくりと眠りへいざなう。
そうして目を閉じた真っ暗な風景の先に、思い浮かぶ人がいるならば。

またいつか、きっと逢えるのだと。
儚くもそんな願いを、夢に見続ける――。




空は晴れ渡っているが、風が冷たい。
冬のこの時期は冷えるな、そう思いながら蒼は自室の窓を閉めて勉強机に戻った。
串団子を咥えたまま、蒼は髪の毛をわしゃわしゃとかきむしる。
送られて来た一通の手紙に頭を悩ませている、そんなタイミングであった。

「ったく、いたずらにしちゃ凝ってんな。こんな時に何だってわざわざ」

支倉屋敷を無事に脱出したのは、もう数日も前の事。
あれだけの事がありながら、よく生きて帰って来れたなと蒼は思う。
だが今回ばかりは、祓えたという実績以上に痛手の方が圧倒的に勝った。
――八重桜玖々莉の消失。
とうとう魂鎮メは、最強の手札を失ったのだ。
あの後どこをどう探しても、とうとう玖々莉を見つける事は出来なかった。
人探しの心得がある蒼ですら、玖々莉の動向は一切関知できなかった。
ショックだったのだろう、今じゃ手毬も家に籠ってばかりでしばらく顔も合わせていない。
口にはしないが、蒼だってショックだ。
事態を招いたのは禁地へと誘った自分なのだ、罪悪感も勿論あった。
自分のせいで玖々莉は存在ごと消えてしまった、責任は自分にあって当然の事。
結果的に魂鎮メは大きな痛手を受け、機能停止すらも危ぶまれる状況に陥ってしまった。
そんな中で舞い込んできたのが、一件の依頼である。

『探し人がいます。場所は九州の離れ島、藜獄島です。宜しくお願い致します。匿名より』

四世家の内、三家の当主が不在のこの状況下で、新たな禁地の依頼など不可能だ。
一考するにも値しないのだ、本来ならば。
だがこの手紙の筆跡にはどうしても見覚えがあった。
頭を悩ませるのはこれが、に近いものだからだ。

「……姉さんは無事だったのか?にしたってよ。これが本当に姉さんの書いたものなら、一体何考えてんだ」

この依頼が書かれた手紙がいつ書かれた物かは定かではない、だがこのタイミングで送られて来たからには何かしらの意図があると考える蒼。
朔耶は情報を読み取るだけでなく、ことが出来た。
それは悪用の危険性を踏まえて、極々一部しか知らない秘匿された事実である。
当然、実弟の蒼は知っている訳だが。

「だとしたらこの手紙は、三年前の失踪直前にでも書かれた物か?このタイミングで俺の元に届く様にしていた?」

何にせよ、情報が足りなさ過ぎる。
現状の判断ではすぐに行く気には到底なれなかった、のだが。

「――行きましょう、蒼さん!」

突如出現した野生の手毬が、蒼の背後から声を掛けて来た。

「いやノックぐらいしろよ。てかお前、俺らだけでどうにかなると思ってんのか?いくらなんでも無謀過ぎるだろ」

蒼は冷静にそう言うのだが、手毬は何故か折れなかった。

「いえ、行くべきですって!もしかしたら玖々莉さんも手毬が心配で、ひょっこり現れるかもしれませんよ?」

ムッフー、と鼻息の荒い手毬に対し、蒼はため息を吐いた。

「……しゃあねぇ。ま、俺も届いた依頼は全てこなす質だ。だが今はやる事が立て込んでる、八重桜家の後埋めもしなきゃなんねぇからな。だから一週間後だ。それまでに準備しとけ、手毬」

「りょーかいしました!若頭!」

「おう。今度こそ取り立ててやっからよ、下のもんも集めとけ。って誰が組の若だコラ。……ったく、やらせんじゃねぇよ」

「とってもお似合いでしたよー。私はそういうの好きじゃないですけど」

そうして二人は、新たな禁地を目指すべく準備を始めた。
決着をつけるべくして、時は進んで行く。
全ては藍葉朔耶の、予知した未来通りに――。



第二章 子守唄 完
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