~魂鎮メノ弔イ歌~

宵空希

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第二章 子守唄

十三話 雪奈

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「――ん……んん……ここは」

目を覚ましたのは、未だ屋敷内に囚われている玖々莉である。
起きて早々、玖々莉は上半身を起こして辺りを窺う。
見渡せばここは先程までといた場所とは違う、座敷牢のような小部屋であった。
外は通路になっており、こちら側は完全に格子で囲われている。
薄暗くて目を凝らさなければ良く見えないが、幸い格子窓からの月明かりで暗闇ではなかった。
だが沸々と蘇るのは、先程出くわして感じてしまった恐怖、絶望。
何故自分がまだ生きているのかも分からない、これから死ぬのかもしれない。
そう思うと身体の震えまでもが蘇って来て、早くここから逃げ出したい気持ちで一杯になる。

慌てて柵の扉を開こうとするが、どうしてかびくともしない。
鍵でも掛かっているのか、それにしては扉がぴくりとも動きを見せなかった。
扉の隙間に余白が全くないなんて、鉄扉じゃあるまいし。
何か不思議な力が働いているのは明白であった。

「……どうしよう。またあいつが来たら、私……」

桃色の横髪が顔に掛かっても気にならない程に、胸の中は恐怖心で埋め尽くされていく。
心拍数が以上に上がって、呼吸が荒くなって。
そんな中で。
ふいに感じ取った気配に、玖々莉は心臓が止まる思いになった。
荒かった呼吸はピタリと止まり、慌てて視線を巡らせる。

「……だれ」

か細い声はほんの僅かに静寂の中で響き、玖々莉は瞬きを忘れて目を凝らした。
けれど何の反応もない。
気のせいかと思い、少しだけ警戒を緩めた。
だった。
前方の扉ばかり見ていて、背後の警戒を怠っていた。
そんな玖々莉に声が掛かる。

『――おねえちゃん、悪い人?』

「っ……!?」

勢いよく振り向いた先にいたのは白い着物を着た、黒髪の少女の霊であった。
玖々莉は反射的に距離を取った。

『ねえ、おねえちゃんはなんで座敷牢に捕まってるの?悪いことしたんでしょ?』

「……?」

幼いながらに顔立ちが整っており、肌は雪のように白い。
もしも将来があったならば、きっと美少女とちやほやされた事だろう。
肩口に掛かる長さの髪は後ろで結われており、頭の横には白いリボンが付けられている。
それが白の着物と相まって可愛らしさを強調している、玖々莉は漠然とそんな事を思った。
だがまだこの子が何者なのか分かっていない。
その上言葉の意味も分からなかった為、玖々莉は訝し気に問い掛ける。

「……あなたは、だれ?」

すると少女は不思議そうな顔つきで名を名乗る。

『わたし?わたしは支倉雪奈はせくらゆきな。でも、名乗ることになんの意味があるの?おねえちゃんは咎人なんでしょ?』

「……咎人……」

何となく話が見えて来た。
この少女の霊はこの屋敷で何が起きたのか分かっておらず、故に座敷牢にいるだけの玖々莉を罪人と勘違いしているのだ。
不可思議な点がいくつか残るが、とりあえずあの恐ろしい異形への通達はなさそうだと安堵する。

「……ねえ、雪奈ちゃん。雪奈ちゃんはずっとここにいるの?」

『そうだよ。大人たちが外は危ないからって、ここから出してもらえないの』

「雪奈ちゃんはいくつ?」

『五歳だよ。兄上と姉上はもう大人で、私だけ歳が離れてるの』

五歳の割に随分と饒舌で賢そうだ。
玖々莉は何かここからの脱出方法はないかと雪奈に訊ねてみる。

「ねえ雪奈ちゃん。私ここから出たいんだけど、なにか方法はないかな?」

すると考え込んだ雪奈は、けれどすぐに首を横に振った。

『大人の誰かが開けてくれないと出られないの。おねえちゃん、悪い人じゃないんだね。いつもここに閉じ込められていた悪い人たちはみんな、わたしを見て嫌な目を向けて来るから』

支倉と名乗ったからには、ここの大名の娘なのだろう。
だが玖々莉が支倉屋敷の名を覚えているのかは、定かではないが。
なんにせよ仕方がないので、出られる術を探りながらも玖々莉は雪奈とお喋りを続けた。

「雪奈ちゃんはここから出たくないの?」

『出たいよ。でも大人が来ないとどうしようもないから』

「鍵が掛かってるのかな?それとも何か別の方法?」

『わからない。わたしはまだ子供だからって、大人たちは教えてくれないの』

「そっか」

何となくだが、一人じゃなくなった事で玖々莉の精神状態は落ち着き始めていた。
脅威が去った訳ではない、けれど話し相手がいるだけでも幾分か気持ちは楽になった。
だが扉を開ける術は何も見つからず、玖々莉は一旦作業を中断して雪奈の隣に座り込む。

「……ここにずっと一人で、怖くない?」

自分の口から思わずそんな言葉が出た。
ハッとなって玖々莉は雪奈の顔を覗き込む。
子供が一人でこんな場所に居続けているのだ、怖くないなんて事もないだろう。
俯きがちだった雪奈、だがそれに対して正真正銘の本音を語ってくれる。

『……怖いよ。このまま誰も来ないで、ずっと一人のまま終わっちゃうのかと思うと。でも終わることも怖いけど、終わらないことも怖いの。どっちにしても、わたしは一人だから――』

「一人じゃないよ」

玖々莉は自然とそう言っていた。
こんな年端も行かない幼い少女の不安が、少しでも拭えるのならと。
ただそんな思いだけであった。

「今はもう一人じゃない。私がいるから」

触れる事の出来ない少女の手に自分の手を重ね、玖々莉は優しく微笑む。

「雪奈ちゃんのおかげで、私も一人じゃなくなった。よかった」

『……おねえちゃん、へんな人だね。でもなんかふしぎ、手があったかく感じる』

霊体の少女はそう言って、はにかんだ表情を見せてくれた――。
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