30 / 58
第二章 子守唄
八話 神々の戯れ
しおりを挟む
◇
四世家は名家だ。
基本どの家も立派なものであり、表立ってではないがそれだけ地位も富もあるという証。
例えば関東に飲食店が一社しかなかったら、競合相手も存在しなかったら。
関東圏内の飲食店を一手に担うその一社の儲けはどれほど出るだろうか、計り知れない。
つまりはそう言う事である。
需要や頻度、敷居は違えど、関東圏内ではお祓い家業の団体が魂鎮メしか存在しないので、相場を独占している状況にあるのだ。
それも古くからずっとである、莫大な富を蓄えられるのも頷けるであろう――。
玖々莉は久しく帰っていなかった実家を訪れていた。
仰々しい門構えの八重桜家は、何となく息が詰まりそうになる。
別に何か嫌な思い出がある訳ではないのだが、玖々莉の性質上立派な家は合わないのだ。
おんぼろアパートが丁度いいと感じるのは、野良猫の遺伝子でも含まれているからであろうか。
「ただいま、お母さん」
広々とした家の居間に辿り着いて早々、何やらテーブルの上で作業をしていた母に声を掛けた。
どうやら事務仕事をしていたようで、書類やら電卓がテーブルの上に散乱していた。
母は振り返ると笑みを溢して見せ、同時に置いてあった湯呑を溢して見せた。
「あらあら、ごめんなさいね玖々莉。お母さん、そそっかしかったわ」
「いいよ、私拭くから」
そう言って玖々莉は適当な布を引っ張り出してテーブルを綺麗に拭いていく。
だが今度はその延長線上に置いてあった急須を床に落としてしまう。
幸い中にはもうお茶は入っていなかった為、惨事は免れたのだが。
「あら?玖々莉、それお母さんの大事にしてたマフラーよ」
そう言われて玖々莉は自分が手に取った適当な布が、紺色のマフラーであった事に気付いた。
「あ、ごめん。雑巾かと思った」
「ふふっ、やっぱり親子ね。お母さんも先日、同じ間違いをしたの。うっかりしててね、トイレの便座カバーと勘違いしちゃったわ。いつもより少し長いなぁとは思ったのよ?」
「お母さん、それはダメでしょ。私だってそんな間違いはしないよ」
それは玖々莉宅では便座カバーを使用してないからだ、自信満々に言っているが信用してはならない。
玖々莉の母、八重桜叶は昔からこういう性格だった。
何をするにしてもドジばかりで、よく父に呆れられていた。
対する玖々莉は子供の頃の事件が原因で感情の起伏は乏しくなっているが、しっかり母譲りのポンコツ遺伝子は受け継がれていた。
じゃあもう事件とか関係なくね?となるかもしれないが、今回実家に帰って来たのにはそこに理由があった。
「お母さん、私が子供の頃に事件があったでしょ?それについて詳しく訊きたいんだけど」
そう訊ねた玖々莉に母は深刻そうな面持ちで返してくる。
「……そうねぇ。あれは事件と言うよりも、事故に近いのかしら。昔、家族で東北へ旅行に行ったのよ」
「やっぱり東北……」
「そう、あなたがまだ七歳でね。あれは冬の寒い日の出来事だったわ。お父さんったら、タイヤにチェーンを巻いて来るのを忘れちゃってね。……ふふっ、あははっ!もう、お父さんったらドジねぇ。それでね、しばらくの間道の脇に車を停めて三人で作業していたのだけれど。それで目を離した隙に、あなたがいなくなっていたのよ。私もお父さんも慌てて探したのだけれど、痕跡一つ見つけられなかったの」
そこまで話して母は立ち上がり、台所へと向かう。
「長くなりそうだから、一旦お茶を入れるわね。あら、急須は何処にいったのかしら?」
「お母さん、急須を失くすとかどんだけドジなの」
「仕方ないわね、コーヒーにしましょうか」
そう言って母は紅茶を二杯分持ってきて再び座る。
「えっと、何処まで話したかしら。そう。昔ね、家族で東北へ旅行に行ったのよ」
「お母さん、そこはもう話した。私がいなくなったってとこからだよ」
「ああ、そうだったわね。警察にも相談したし、現地の人にも聞き込んで回ったわ。けれどそれでも見つけられなくて。そうして帰れないまま二週間が経ったの」
「え、そんなに?」
「そうよ。私たちも気が気じゃなかったし、あなたを置いて帰るなんて出来なかったわ」
そう言って母は紅茶を口に含んだ。
「あら?これ、紅茶だったわね。おかしいわ、コーヒーを淹れたつもりだったんだけど」
「お母さん、どんだけドジなの」
言いながら玖々莉も一口。
すると玖々莉は口から紅茶を垂れ流し、吐血したかのように紅茶を吐き出した。
「げほっ、げほっ!……お母さん、私紅茶苦手で飲めないんだけど」
「あら?おかしいわね、コーヒーを淹れたつもりだったんだけど」
そうして母がマフラーを手に取って床を拭き始めた。
玖々莉は落ちていた書類を手に取って自分の口を拭く。
「そうだ、思い出したわ!あの時ね、朔耶ちゃんにお願いしたんだった!あなたの行方の手掛かりを電話で訊いたのよ」
「え、しかも忘れてたの?もう、お母さんったら」
両手を合わせて嬉々としている母に玖々莉は呆れた声でそう言った。
母は話を続ける。
「それからすぐに舞唯ちゃんも来てくれて、そこからは早かったわ。あっという間にあなたを保護してきてくれたの。でも、おかしな事も言っていたわね」
「なんて?」
母は電卓を手に取って、当時舞唯が放った言葉を口にした。
「『黄泉ノ国の者が現れました。玖々莉ちゃんに干渉していたせいか、今後何かしらの影響が出るかもしれません。もしも万が一玖々莉ちゃんに強力な力や才能の兆候が見られたのであれば、それは今回の干渉が影響している可能性が高いでしょう。力に呑まれてしまう前に十分注意してください。魂鎮メ最大の禁忌、黄泉化の前兆となる可能性がありますので』って言ってたわ」
「え、ええ。お母さん、それを今更言うの?」
そんな事は露知らずに力を行使していた玖々莉には中々の衝撃的事実であった。
黄泉化が一体何を示しているのかは分からないが、あまり良い予感はしない。
けれど母の解釈はまた少し違った。
「いいえ。玖々莉、あなたには黒羽根の因子が色濃く受け継がれているの。確かに舞唯ちゃんの言う通り、外部の干渉もあるのかもしれない。けれどそれ以上にあなたには、八重桜家以上の才能がある。それは天性のものよ、大事にしなさい」
「うぅん?なんか、わかったような。わからないような」
「今はまだ、それでいいのよ」
その後玖々莉は仏壇に手を合わせて亡き父に挨拶をし、変わり者親子の他愛もない談笑は夜更けまで続いていった――。
四世家は名家だ。
基本どの家も立派なものであり、表立ってではないがそれだけ地位も富もあるという証。
例えば関東に飲食店が一社しかなかったら、競合相手も存在しなかったら。
関東圏内の飲食店を一手に担うその一社の儲けはどれほど出るだろうか、計り知れない。
つまりはそう言う事である。
需要や頻度、敷居は違えど、関東圏内ではお祓い家業の団体が魂鎮メしか存在しないので、相場を独占している状況にあるのだ。
それも古くからずっとである、莫大な富を蓄えられるのも頷けるであろう――。
玖々莉は久しく帰っていなかった実家を訪れていた。
仰々しい門構えの八重桜家は、何となく息が詰まりそうになる。
別に何か嫌な思い出がある訳ではないのだが、玖々莉の性質上立派な家は合わないのだ。
おんぼろアパートが丁度いいと感じるのは、野良猫の遺伝子でも含まれているからであろうか。
「ただいま、お母さん」
広々とした家の居間に辿り着いて早々、何やらテーブルの上で作業をしていた母に声を掛けた。
どうやら事務仕事をしていたようで、書類やら電卓がテーブルの上に散乱していた。
母は振り返ると笑みを溢して見せ、同時に置いてあった湯呑を溢して見せた。
「あらあら、ごめんなさいね玖々莉。お母さん、そそっかしかったわ」
「いいよ、私拭くから」
そう言って玖々莉は適当な布を引っ張り出してテーブルを綺麗に拭いていく。
だが今度はその延長線上に置いてあった急須を床に落としてしまう。
幸い中にはもうお茶は入っていなかった為、惨事は免れたのだが。
「あら?玖々莉、それお母さんの大事にしてたマフラーよ」
そう言われて玖々莉は自分が手に取った適当な布が、紺色のマフラーであった事に気付いた。
「あ、ごめん。雑巾かと思った」
「ふふっ、やっぱり親子ね。お母さんも先日、同じ間違いをしたの。うっかりしててね、トイレの便座カバーと勘違いしちゃったわ。いつもより少し長いなぁとは思ったのよ?」
「お母さん、それはダメでしょ。私だってそんな間違いはしないよ」
それは玖々莉宅では便座カバーを使用してないからだ、自信満々に言っているが信用してはならない。
玖々莉の母、八重桜叶は昔からこういう性格だった。
何をするにしてもドジばかりで、よく父に呆れられていた。
対する玖々莉は子供の頃の事件が原因で感情の起伏は乏しくなっているが、しっかり母譲りのポンコツ遺伝子は受け継がれていた。
じゃあもう事件とか関係なくね?となるかもしれないが、今回実家に帰って来たのにはそこに理由があった。
「お母さん、私が子供の頃に事件があったでしょ?それについて詳しく訊きたいんだけど」
そう訊ねた玖々莉に母は深刻そうな面持ちで返してくる。
「……そうねぇ。あれは事件と言うよりも、事故に近いのかしら。昔、家族で東北へ旅行に行ったのよ」
「やっぱり東北……」
「そう、あなたがまだ七歳でね。あれは冬の寒い日の出来事だったわ。お父さんったら、タイヤにチェーンを巻いて来るのを忘れちゃってね。……ふふっ、あははっ!もう、お父さんったらドジねぇ。それでね、しばらくの間道の脇に車を停めて三人で作業していたのだけれど。それで目を離した隙に、あなたがいなくなっていたのよ。私もお父さんも慌てて探したのだけれど、痕跡一つ見つけられなかったの」
そこまで話して母は立ち上がり、台所へと向かう。
「長くなりそうだから、一旦お茶を入れるわね。あら、急須は何処にいったのかしら?」
「お母さん、急須を失くすとかどんだけドジなの」
「仕方ないわね、コーヒーにしましょうか」
そう言って母は紅茶を二杯分持ってきて再び座る。
「えっと、何処まで話したかしら。そう。昔ね、家族で東北へ旅行に行ったのよ」
「お母さん、そこはもう話した。私がいなくなったってとこからだよ」
「ああ、そうだったわね。警察にも相談したし、現地の人にも聞き込んで回ったわ。けれどそれでも見つけられなくて。そうして帰れないまま二週間が経ったの」
「え、そんなに?」
「そうよ。私たちも気が気じゃなかったし、あなたを置いて帰るなんて出来なかったわ」
そう言って母は紅茶を口に含んだ。
「あら?これ、紅茶だったわね。おかしいわ、コーヒーを淹れたつもりだったんだけど」
「お母さん、どんだけドジなの」
言いながら玖々莉も一口。
すると玖々莉は口から紅茶を垂れ流し、吐血したかのように紅茶を吐き出した。
「げほっ、げほっ!……お母さん、私紅茶苦手で飲めないんだけど」
「あら?おかしいわね、コーヒーを淹れたつもりだったんだけど」
そうして母がマフラーを手に取って床を拭き始めた。
玖々莉は落ちていた書類を手に取って自分の口を拭く。
「そうだ、思い出したわ!あの時ね、朔耶ちゃんにお願いしたんだった!あなたの行方の手掛かりを電話で訊いたのよ」
「え、しかも忘れてたの?もう、お母さんったら」
両手を合わせて嬉々としている母に玖々莉は呆れた声でそう言った。
母は話を続ける。
「それからすぐに舞唯ちゃんも来てくれて、そこからは早かったわ。あっという間にあなたを保護してきてくれたの。でも、おかしな事も言っていたわね」
「なんて?」
母は電卓を手に取って、当時舞唯が放った言葉を口にした。
「『黄泉ノ国の者が現れました。玖々莉ちゃんに干渉していたせいか、今後何かしらの影響が出るかもしれません。もしも万が一玖々莉ちゃんに強力な力や才能の兆候が見られたのであれば、それは今回の干渉が影響している可能性が高いでしょう。力に呑まれてしまう前に十分注意してください。魂鎮メ最大の禁忌、黄泉化の前兆となる可能性がありますので』って言ってたわ」
「え、ええ。お母さん、それを今更言うの?」
そんな事は露知らずに力を行使していた玖々莉には中々の衝撃的事実であった。
黄泉化が一体何を示しているのかは分からないが、あまり良い予感はしない。
けれど母の解釈はまた少し違った。
「いいえ。玖々莉、あなたには黒羽根の因子が色濃く受け継がれているの。確かに舞唯ちゃんの言う通り、外部の干渉もあるのかもしれない。けれどそれ以上にあなたには、八重桜家以上の才能がある。それは天性のものよ、大事にしなさい」
「うぅん?なんか、わかったような。わからないような」
「今はまだ、それでいいのよ」
その後玖々莉は仏壇に手を合わせて亡き父に挨拶をし、変わり者親子の他愛もない談笑は夜更けまで続いていった――。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/3/14:『かげぼうし』の章を追加。2025/3/21の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/13:『かゆみ』の章を追加。2025/3/20の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/12:『あくむをみるへや』の章を追加。2025/3/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/11:『まぐかっぷ』の章を追加。2025/3/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/10:『ころがるゆび』の章を追加。2025/3/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/9:『かおのなるき』の章を追加。2025/3/16の朝8時頃より公開開始予定。
2025/3/8:『いま』の章を追加。2025/3/15の朝8時頃より公開開始予定。
長野県……の■■■■村について
白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです。
■■■の物語です。
滝沢凪の物語です。
黒宮みさきの物語です。
とある友人の物語です。
私の物語です。
貴方の物語でもあります。
貴方は誰が『悪人』だと思いますか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる