~魂鎮メノ弔イ歌~

宵空希

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第二章 子守唄

三話 黄泉ノ国

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八重桜玖々莉には、七歳より前の記憶がない。
子供の頃の記憶など大人になってからは曖昧なものではあるが、本当に全くと言っていい程皆無であった。
それは過去、七歳の頃に家族で遊びに出掛けた先で起きた事件が原因であり、そこから玖々莉は感情の起伏も少なくなってしまっていた。
勿論それは玖々莉自身の知る事ではないのだが、少なくとも両親とあと三人はその事を知っていた。
藤堂勇太と藍葉朔耶。
加えてもう一人。
芽唯の母、白百合舞唯である。
勇太は当事者ではない為聞いた話でしかないのだが、舞唯と朔耶に至っては事件解決の立役者であり、特に舞唯は玖々莉を助け出してくれた恩人である。

故に玖々莉はずっと憧れを抱き続けて来た。
そしてその後すぐに失踪した事を知り、舞唯を必ず探し出す事も幼き頃から心に決めていた――。



朔耶の失踪した先が禁地であるならば、舞唯もまた同じく失踪先が禁地である可能性は十分にある。
すぐにそう考えた玖々莉に、蒼の頼みを断る理由はなかった。
なので善意だけで受けた訳ではない、それ相応の目的もあっての事だ。
だがこのタイミングで、友人の失踪が加わってしまった。
美冬の母からの話によると、現在一人暮らしの美冬は忽然と姿を消してしまったようなのだ。
仕事も順調にいっており、対人関係にも問題があったとは聞いていないらしく、何らかの事件に巻き込まれたのではないかと。
警察も捜索中ではあるが、依然として痕跡を掴めない様であった。
事件かもしれない、けれどもしかしたら違うかもしれない。
才色兼備の友人も人には言えない悩みがあったのかもしれないと、そう考えると頭を抱えたくなってくる。
一先ず玖々莉は身近な人間に相談してみる事にした。

「で、俺んとこに来たって訳か」

再び訪れた藍葉家の客室で、座椅子に片膝を立てて座る蒼はそう言った。
そもそも玖々莉の頼れる人間など数少ない。
だが相談を持ち掛けた事に対して蒼は特に文句も言わなかった。
ただ淡々と仕事をこなすような要領で、すぐに解決への方向性を探り始める。

「警察は恐らく防犯カメラを頼りに捜索してるだろうな。だがそれでも見つからねぇってんなら、その案件は案外うち向きかもしれねぇ」

「霊が絡んでるってこと?」

玖々莉は使用人に出されたお茶を一口啜り、同じく出された芋ようかんには手を付けず、座卓の上の皿を蒼の方へと押しながらそう問い掛けた。
それを自然と自分の方へ持っていく察しの良い蒼。

「そうだ。防犯カメラに何らかの霊的干渉があったから警察は行方を掴めずにいる、まあそう考えんのが妥当だろ」

芋ようかんを一口でパクリと豪快に食する蒼に対し、玖々莉は結論付ける。

「つまり何かに取り憑かれちゃった、ってことだね」

「ま、妥当とは言ったが現段階ではその可能性もあるってだけだ。まあこういう人探し系の依頼は本来、姉さんの得意分野なんだが。幸い俺にもそれなりの心得はある。いいぜ?あんたの頼みならその依頼、受けてやっても」

「え?依頼料取るの?」

「そりゃそうだろ。俺だってあんたに報酬を払わなけりゃなんねぇんだから」

そう言って玖々莉のよこした二つ目の芋ようかんを口に放り込む蒼は、報酬を何にするか悩んでいるようだった。

「……そうだな。じゃあ俺が無事その友人を見つける事が出来たら、あんたにはこれから四世家の会合に直接来てもらうようにする。リモート参加じゃあんた、寝てばっかだからな」

「あれ、気付いてたんだ」

「当たり前だろ。寧ろ何で気付かれてねぇと思ったんだよ」

「だって私、人の話を聞きながら寝るの得意だから」

「それは単なる居眠りって言うんだよ。てかこれ脈絡合ってんのか?」

この日はそこでお開きとなり、後は蒼の連絡を待つ事にした。
ちなみにこの日ようやく玖々莉と蒼は連絡先を交換したのであった。



翌日。
要件がいろいろと立て込んでいる為、玖々莉はバイト探しも先送りにしていた。
かと言ってすぐに行動できる事もないので、自分でもいろいろと調べてみる事にした。
まず美冬と連絡が着かなくなったのが三日前、最後に玖々莉に電話を掛けて来た次の日だ。
警察の調べによると、その日にはもう会社にも姿を見せていなかったらしい。
三日前の深夜から朝方に掛けて何かがあったのは明白なのだが、その詳細は一切不明。
分かっている事があるとするならば、部屋には一枚のメモが残されていた事。
筆跡からして美冬の物で間違いないらしいのだが、内容が意味不明。
『逢魔ヶ時、八脚門、黄泉ノ国』これだけである。
手掛かりらしい手掛かりには成り得ないと警察は判断したようで、捜査は難航中。
一先ず玖々莉は身近な人間に相談してみる事にした。

「それで私の出番な訳ですかー。玖々莉さん、私に行き着くとはお目が高いですねー」

残念ながら選択の余地がなかっただけである。
玖々莉の頼れる最後の人間、甘草手毬。
二人は玖々莉宅で小さなテーブルに向かい合いながら、いろいろと頭を悩ませていた。
 
「え、でも蒼さんの結果を待ってればいいだけなんじゃないですか?」

「うん、そうなんだけど。蒼に任せきりってのも悪いかなって」

「正式に依頼したのでしたら別にいいような気もしますけどねー。玖々莉さん、変なとこで真面目ですよねー。まあご友人の事ですから、焦る気持ちも分かりますが」

そう言って手毬は出された紙コップの水をチビリと口に含んだ。
一緒に出されたツナ缶には手を出さず、そのまま放置している。

「でもそのメモ、何だか気になりますねー。逢魔ヶ時は単純に夕暮れ、まあそれはいいとして。八脚門と言えば割と大きな神社などで見かける奴ですよね?だとしたら何処かしらの神社に赴いた可能性は高い筈なんですけど。問題はその黄泉ノ国ですねー。一体何の事なんでしょうか?」

パキャッとツナ缶の蓋を開封して、玖々莉はそれに返す。

「わからない。でも何かしらのキーワードだと思う」

モキュモキュと開けたてのツナをしっかりと味わいながら玖々莉は考える。
黄泉ノ国。
単純に考えればあの世を指しているのだろうが、何だかそれだけではない気がする。
あの世でも死後の世界でもなく、そのワードを使った何かしらの意図がある筈。
そこでふと幼い頃の記憶が過った。

「……そういえば昔、舞唯さんが言ってた気がする。『黄泉ノ国の者が……』……あれ、何だっけ」

「え、今すごく大事なとこですよね?頑張ってください玖々莉さん!」

「う、う~ん……、う~~ん……!ダメだ、思い出せない」

「もう少しです!もう少しで思い出せますから!」

「え、う、う~~ん!……たぶん勘違いだった」

「いやいや、諦めるの早くないですかー?」

はー、と机に突っ伏した玖々莉は珍しく張りきった為に疲れていた。
それを見た手毬は、やれやれという風に力なく笑う。
丁度そんなやり取りをしている時だった、ふいに玖々莉のスマホが鳴り出したのは。

「あ、もしもし蒼?」

玖々莉にしては素早く電話に出たのだが、蒼からの連絡は予想外の展開を招く。

「――雑賀美冬の行き先が分かった。今から車を飛ばせば二時間くらいで着く。行くか?」

玖々莉は即決する。

「うん、行く」

「じゃあ準備してくれ。これから向かうのは中部地方にあるだ」

「え?」

三人は早速、一つ目の禁地へ向かう事となった。
異形が待ち構えている、呪われた地へと――。
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