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第一章 弔イ歌
十七話 藜獄島
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◇
夜行バスに揺られながら、楓は目的地である九州の離れ島を目指していた。
関西で一度乗り換えてそのまま九州へと向かい、その後船で島へと渡る。
渚はそうやって一度その藜獄島へと赴いたようだ。
三列シートの座席の真ん中で、楓はスマホを見つめていた。
あの後すぐに勇太にメッセージを送ったのだが、一向に既読が付かなかったので不思議に思っていた。
通話も試したのだが繋がらず、珍しく充電を切らしているのかとも思った。
そして未だに既読は付かず、もしかしたら疲れて既に眠っているのかもしれない。
そう思った楓は追加のメッセージを送れずにいるのである。
「夜御坂さん、寝なくてへーき?先はまだ長いんだから、無理しないでよ」
右隣に座る芽唯がそう言ってきたので、楓はやんわりと返す。
「何だか遠出となると緊張しちゃって。私に気にせず白百合さんは眠ってください。仕事の後ですからお疲れでしょう」
「うん、まあそうなんだけど。それにしても、あんな状況からよく寝れるねコイツは」
芽唯が楓を挟んだ座席でぐっすりと眠っている渚を見て言った。
渚はぐうぐういいながら深い眠りに落ちていた。
「きっと恐怖で眠れていなかったのかもしれません。そっとしておきましょう」
「はいはい。それじゃ、私も少し寝るね」
「はい、おやすみなさい」
そうして芽唯もすうすうと寝息を立て始めた。
楓も少しは寝ておいた方がいいかとも思ったのだが、如何せん眠気が全くと言っていい程やって来ない。
仕方がないので、とりあえず目を瞑る。
最近は日々が充実し過ぎていて忘れていたが、眠れないなどこれまでは当たり前の事だった。
劣悪な家庭環境、イジメの続く学校生活、無いも同然のプライベート。
それが中学三年生までの楓の日常であり、そんなストレスフルの状態で良い眠りなど出来る筈もない。
正直未だに過るのだ、あの頃の記憶が。
そんな簡単に拭えるものでもないのだろう、それは楓自身だって何となく分かっているつもりだ。
でも今の楓には理解者がいて、楓自身にも力があって。
逆に言ってしまえば、もうあの頃には戻ることなど出来ない。
そう考えると何だか不思議な気分になってくる。
この世界から消えてしまいたかった自分と、この世界でかけがえのない人たちに出会えた自分。
時系列が違うだけでこうも環境が逆転するのかと、自分事ながら思わず感嘆してしまう。
とまあ何だか小難しい事を考えていたら、段々と眠くなってきた。
そしてそのままバスに揺られながら、楓もまた眠りに就くのであった。
予定通り一度乗り継ぎをして九州に辿り着いたのが午後二時を回った頃。
休日という事もあり何処も人で溢れていた為、手短に昼食を済ませた楓たちは漁港に向かっていた。
これから行くのは無人となった島である、なので食料と水分のストックもしっかり用意し準備は万端。
行く場所は勿論いわくつきの地だ、けれど楓はそれ以上に胸騒ぎを感じていた。
何か嫌な事が起こる前兆のような、得体の知れないそんな感覚。
「大丈夫?夜御坂さん。さっきからずっと黙ってるけど」
港が見えて来た所で、隣を歩く芽唯が心配してくれる。
何と返そうか悩んでいると、反対隣の渚が口を出す。
「トイレ行きたいんですか?船に乗る前に行っときましょか」
「いや、どう考えてもそうじゃないから。空気読めないのあんた」
「冗談や冗談。軽口の一つでも言っとかんと、よけい空気重くなってまうやん」
二人がそんなやり取りをする中、楓は率直に浮かんだ疑問を渚に問う。
「興梠さん、あの、今も歌は流れているんですか?」
「……はい、ノンストップで響いとります。昨日はこれを子守唄代わりに出来ましたけど、いつ噛み付いて来るか分かったもんではないので冷や冷やですわ」
「……そうですか」
すると今度は芽唯が何気ない質問をする。
「それってどんな歌なの?ジャンルは?」
「どんな、ゆーてもなー。演奏がないからジャンルはよー分からんが、何か女の歌声や。とにかく物悲しい感じで、情緒不安定になりそーな湿っぽいメロディーやで。ウチなら絶対好んでは聞かんタイプやな」
「あー、分かる。好きじゃない曲を聞くのって結構ストレスになるよね」
「そーそー、ほんまそれやで」
「ええ……、そういう問題でしょうか……?」
いつもはツッコミの筈の芽唯が急にボケに回るものだから、楓は困惑してしまう。
それにこの二人、案外似た者同士で意気投合しているのではないかと思った。
楓は続けざまに思う。
この二人を組ませたらダメだ、自分がツッコミに回らなければならなくなる。
なので話題を逸らすよう、楓は手札にある最強の切り札『勇太』をここで切る。
「そ、そういえば勇太さんは元気ですかね!?メッセージも全然既読が付かないんですよね!」
楓の切り札『勇太』には誠実さと堅実さが兼ね備わっている為、ここからのボケは不可能。
後は普通に会話に混ざればいいだけとなったのだが、予想に反して二人の会話のキャッチボールが剛速球であった為、楓は出遅れてしまう。
「勇太って、藤堂勇太さんですか?いつも兄が自慢げに話しとりましたよ、優秀な弟やって」
「確かに、藤堂さんはイケメンだしね。あのルックスなら芸能界でも絶対やっていけるのになー、勿体無い」
「なんや、流石芸能人は面食いやなー。もっと中身も見なあかんで?大事なんは相性と人情や」
「はあ?何であんたにそんな事言われなきゃなんないのよ。私は勿体無いって言っただけ。狙ってるとかそんな話はしてないから」
「せやな、トップアイドルに男は不要やな。せやけど自分、楓さんに対しての接し方が他とは全然違うで?ウチは知っとる、グループ内でも他のメンバーには愛想も関心も全くないって事をな?」
「は、はあ!?別に、どうだっていいでしょ!?夜御坂さんは友達、メンバーは仕事相手!何か問題ある!?」
「なに熱ぅくなっとんのや、余計に怪しいでー?」
「うっさい!」
楓は思う。
『女三人寄れば姦しい』という言葉は嘘である、と。
だって楓は話題に出てるのに、楓自身は会話に入っていけないのだから。
楓は考える。
もっと話術を磨かなければ、と。
生憎今の楓には手札が『勇太』と『天気の話』しかない為、これ以上の戦略タクティクスは不可能。
ならば帰ったらまずは会話の手札を増やそうと心に決める、前向きな楓であった。
この時もう既に、先程までの胸騒ぎは忘れ去ってしまっていた。
◇
漁船に乗り込み、芽唯たちは藜獄島を目指す。
漁師のおじさんは完全に行きたくないような素振りであった為、仕方なくその場で一隻レンタルした形となった。
何と渚は船舶免許を持っている為、前回も自分で操舵して海を渡ったようなのだ。
これには流石の芽唯も驚いたのだが、あまり言うとまたマウントを取りに来るので「ふーん」としか言わなかった。
「……何だか、薄暗くなってきましたね」
楓の言葉で操舵室の窓から空を見上げる芽唯と渚。
先程までは快晴だったというのに、いつの間にか辺り一面が曇天模様となっていた。
「うわーほんとだ。やっぱ結構ヤバい場所なの?」
「ヤバいも何もないわ、ヤバすぎるわ。ウチはクエスト開始二分で断念しました。散策へと意気込んですぐに、何処からともなく歌が流れ始めてな。これはアカン思うてさっさと逃げ出したわ」
そう言って渚はため息を吐いたのに対し、楓と芽唯はそれぞれの疑問を呈する。
「え、じゃあ興梠さんは怨霊にも出会わずして呪いに罹ってしまったという事ですか?」
「そうです。ウチもパニックになっとったんでよー覚えておりませんが、島から逃げるのに必死でした。せやからまあ、二分は目安ですね」
「ねえ、その弔イ歌の呪いって最終的にはどうなんの?」
「さー?ウチも兄にその言葉を聞いてから調べ始めたんやけど、何でも歌自体は古くから島に伝わる讃美歌のようなもんらしいねん。せやけどある時を境目に讃美歌は呪いの歌へと変わってしまった。実際島に行く人間もおらんから、実証例はないんやけど。頭ん中で流れる歌が止んだ時、呪いは形になるゆー話や」
よく聞く怪談話の類の筈なのに、何故だかゾッとしてくる芽唯。
そもそもその情報源は何処からなのか、気になった芽唯は再び問い掛けた。
「あー、兄にも言っとらんのやけど。えーわ、二人には教えたる。ウチな、遠距離恋愛しとる彼氏がおるんや。めっちゃかっこええ彼氏でな、めっちゃラブラブやねん」
この期に及んで自慢話とはいい度胸だ。
そう芽唯は思ったのだが相手をするのも面倒くさいので続きを待った。
「実はその彼氏が九州の民俗学研究者でな。地元メインのそういったいわくつきスポットに詳しかったゆーわけや」
「だったら彼氏に頼れば良かったじゃん。何でわざわざ私たちの所に来たの?」
芽唯の言葉に渚は俯きがちになる。
そうして声のトーンを若干落としながら、ポツリポツリと答え始める。
「……彼氏に、心配させたくなくてな。ウチが死んだらきっと、それなりに悲しむと思うんや。ウチも始めは、自分ら二人を憑き神に入れる為だけに動いとった。けど呪いに罹って、恐怖に怯えて、眠れんくなって。そんな時楓さんに出会い、楓さんの実直な人柄に感化されてもうてな。なんてゆーかウチ、分かるんや。楓さんは決して幸せな環境だけで育った訳ちゃうって。失礼な事ゆーてたらごめんな?けどそんな楓さんを見てウチはまだ死にたくない、生きる事を諦めたくないって。素直にそう思えたんや」
「……いえ、失礼なんかじゃないです。寧ろそう思って貰えたのでしたら、喜ばしい事だと思います」
楓がやんわりと微笑んで渚にそう言った。
「ほんま、ごめんな二人とも。迷惑掛けっぱなしのウチの為に、こんなとこまで着いて来てもらって。感謝しとります」
そう言って渚が深々と頭を下げるものだから、芽唯はもう反論する気にもならなかった。
「……さて、見えてきたで二人とも」
三人は前方を見る。
濃霧に包まれた島は無数の大きな鳥居に囲まれており、まるで外に何かを出さない為に建てられたような厳かな雰囲気があった。
はたまたそれは一つ一つが誰かの墓標であるかのような、何処か失意と悲哀を感じさせるような何かがあった――。
夜行バスに揺られながら、楓は目的地である九州の離れ島を目指していた。
関西で一度乗り換えてそのまま九州へと向かい、その後船で島へと渡る。
渚はそうやって一度その藜獄島へと赴いたようだ。
三列シートの座席の真ん中で、楓はスマホを見つめていた。
あの後すぐに勇太にメッセージを送ったのだが、一向に既読が付かなかったので不思議に思っていた。
通話も試したのだが繋がらず、珍しく充電を切らしているのかとも思った。
そして未だに既読は付かず、もしかしたら疲れて既に眠っているのかもしれない。
そう思った楓は追加のメッセージを送れずにいるのである。
「夜御坂さん、寝なくてへーき?先はまだ長いんだから、無理しないでよ」
右隣に座る芽唯がそう言ってきたので、楓はやんわりと返す。
「何だか遠出となると緊張しちゃって。私に気にせず白百合さんは眠ってください。仕事の後ですからお疲れでしょう」
「うん、まあそうなんだけど。それにしても、あんな状況からよく寝れるねコイツは」
芽唯が楓を挟んだ座席でぐっすりと眠っている渚を見て言った。
渚はぐうぐういいながら深い眠りに落ちていた。
「きっと恐怖で眠れていなかったのかもしれません。そっとしておきましょう」
「はいはい。それじゃ、私も少し寝るね」
「はい、おやすみなさい」
そうして芽唯もすうすうと寝息を立て始めた。
楓も少しは寝ておいた方がいいかとも思ったのだが、如何せん眠気が全くと言っていい程やって来ない。
仕方がないので、とりあえず目を瞑る。
最近は日々が充実し過ぎていて忘れていたが、眠れないなどこれまでは当たり前の事だった。
劣悪な家庭環境、イジメの続く学校生活、無いも同然のプライベート。
それが中学三年生までの楓の日常であり、そんなストレスフルの状態で良い眠りなど出来る筈もない。
正直未だに過るのだ、あの頃の記憶が。
そんな簡単に拭えるものでもないのだろう、それは楓自身だって何となく分かっているつもりだ。
でも今の楓には理解者がいて、楓自身にも力があって。
逆に言ってしまえば、もうあの頃には戻ることなど出来ない。
そう考えると何だか不思議な気分になってくる。
この世界から消えてしまいたかった自分と、この世界でかけがえのない人たちに出会えた自分。
時系列が違うだけでこうも環境が逆転するのかと、自分事ながら思わず感嘆してしまう。
とまあ何だか小難しい事を考えていたら、段々と眠くなってきた。
そしてそのままバスに揺られながら、楓もまた眠りに就くのであった。
予定通り一度乗り継ぎをして九州に辿り着いたのが午後二時を回った頃。
休日という事もあり何処も人で溢れていた為、手短に昼食を済ませた楓たちは漁港に向かっていた。
これから行くのは無人となった島である、なので食料と水分のストックもしっかり用意し準備は万端。
行く場所は勿論いわくつきの地だ、けれど楓はそれ以上に胸騒ぎを感じていた。
何か嫌な事が起こる前兆のような、得体の知れないそんな感覚。
「大丈夫?夜御坂さん。さっきからずっと黙ってるけど」
港が見えて来た所で、隣を歩く芽唯が心配してくれる。
何と返そうか悩んでいると、反対隣の渚が口を出す。
「トイレ行きたいんですか?船に乗る前に行っときましょか」
「いや、どう考えてもそうじゃないから。空気読めないのあんた」
「冗談や冗談。軽口の一つでも言っとかんと、よけい空気重くなってまうやん」
二人がそんなやり取りをする中、楓は率直に浮かんだ疑問を渚に問う。
「興梠さん、あの、今も歌は流れているんですか?」
「……はい、ノンストップで響いとります。昨日はこれを子守唄代わりに出来ましたけど、いつ噛み付いて来るか分かったもんではないので冷や冷やですわ」
「……そうですか」
すると今度は芽唯が何気ない質問をする。
「それってどんな歌なの?ジャンルは?」
「どんな、ゆーてもなー。演奏がないからジャンルはよー分からんが、何か女の歌声や。とにかく物悲しい感じで、情緒不安定になりそーな湿っぽいメロディーやで。ウチなら絶対好んでは聞かんタイプやな」
「あー、分かる。好きじゃない曲を聞くのって結構ストレスになるよね」
「そーそー、ほんまそれやで」
「ええ……、そういう問題でしょうか……?」
いつもはツッコミの筈の芽唯が急にボケに回るものだから、楓は困惑してしまう。
それにこの二人、案外似た者同士で意気投合しているのではないかと思った。
楓は続けざまに思う。
この二人を組ませたらダメだ、自分がツッコミに回らなければならなくなる。
なので話題を逸らすよう、楓は手札にある最強の切り札『勇太』をここで切る。
「そ、そういえば勇太さんは元気ですかね!?メッセージも全然既読が付かないんですよね!」
楓の切り札『勇太』には誠実さと堅実さが兼ね備わっている為、ここからのボケは不可能。
後は普通に会話に混ざればいいだけとなったのだが、予想に反して二人の会話のキャッチボールが剛速球であった為、楓は出遅れてしまう。
「勇太って、藤堂勇太さんですか?いつも兄が自慢げに話しとりましたよ、優秀な弟やって」
「確かに、藤堂さんはイケメンだしね。あのルックスなら芸能界でも絶対やっていけるのになー、勿体無い」
「なんや、流石芸能人は面食いやなー。もっと中身も見なあかんで?大事なんは相性と人情や」
「はあ?何であんたにそんな事言われなきゃなんないのよ。私は勿体無いって言っただけ。狙ってるとかそんな話はしてないから」
「せやな、トップアイドルに男は不要やな。せやけど自分、楓さんに対しての接し方が他とは全然違うで?ウチは知っとる、グループ内でも他のメンバーには愛想も関心も全くないって事をな?」
「は、はあ!?別に、どうだっていいでしょ!?夜御坂さんは友達、メンバーは仕事相手!何か問題ある!?」
「なに熱ぅくなっとんのや、余計に怪しいでー?」
「うっさい!」
楓は思う。
『女三人寄れば姦しい』という言葉は嘘である、と。
だって楓は話題に出てるのに、楓自身は会話に入っていけないのだから。
楓は考える。
もっと話術を磨かなければ、と。
生憎今の楓には手札が『勇太』と『天気の話』しかない為、これ以上の戦略タクティクスは不可能。
ならば帰ったらまずは会話の手札を増やそうと心に決める、前向きな楓であった。
この時もう既に、先程までの胸騒ぎは忘れ去ってしまっていた。
◇
漁船に乗り込み、芽唯たちは藜獄島を目指す。
漁師のおじさんは完全に行きたくないような素振りであった為、仕方なくその場で一隻レンタルした形となった。
何と渚は船舶免許を持っている為、前回も自分で操舵して海を渡ったようなのだ。
これには流石の芽唯も驚いたのだが、あまり言うとまたマウントを取りに来るので「ふーん」としか言わなかった。
「……何だか、薄暗くなってきましたね」
楓の言葉で操舵室の窓から空を見上げる芽唯と渚。
先程までは快晴だったというのに、いつの間にか辺り一面が曇天模様となっていた。
「うわーほんとだ。やっぱ結構ヤバい場所なの?」
「ヤバいも何もないわ、ヤバすぎるわ。ウチはクエスト開始二分で断念しました。散策へと意気込んですぐに、何処からともなく歌が流れ始めてな。これはアカン思うてさっさと逃げ出したわ」
そう言って渚はため息を吐いたのに対し、楓と芽唯はそれぞれの疑問を呈する。
「え、じゃあ興梠さんは怨霊にも出会わずして呪いに罹ってしまったという事ですか?」
「そうです。ウチもパニックになっとったんでよー覚えておりませんが、島から逃げるのに必死でした。せやからまあ、二分は目安ですね」
「ねえ、その弔イ歌の呪いって最終的にはどうなんの?」
「さー?ウチも兄にその言葉を聞いてから調べ始めたんやけど、何でも歌自体は古くから島に伝わる讃美歌のようなもんらしいねん。せやけどある時を境目に讃美歌は呪いの歌へと変わってしまった。実際島に行く人間もおらんから、実証例はないんやけど。頭ん中で流れる歌が止んだ時、呪いは形になるゆー話や」
よく聞く怪談話の類の筈なのに、何故だかゾッとしてくる芽唯。
そもそもその情報源は何処からなのか、気になった芽唯は再び問い掛けた。
「あー、兄にも言っとらんのやけど。えーわ、二人には教えたる。ウチな、遠距離恋愛しとる彼氏がおるんや。めっちゃかっこええ彼氏でな、めっちゃラブラブやねん」
この期に及んで自慢話とはいい度胸だ。
そう芽唯は思ったのだが相手をするのも面倒くさいので続きを待った。
「実はその彼氏が九州の民俗学研究者でな。地元メインのそういったいわくつきスポットに詳しかったゆーわけや」
「だったら彼氏に頼れば良かったじゃん。何でわざわざ私たちの所に来たの?」
芽唯の言葉に渚は俯きがちになる。
そうして声のトーンを若干落としながら、ポツリポツリと答え始める。
「……彼氏に、心配させたくなくてな。ウチが死んだらきっと、それなりに悲しむと思うんや。ウチも始めは、自分ら二人を憑き神に入れる為だけに動いとった。けど呪いに罹って、恐怖に怯えて、眠れんくなって。そんな時楓さんに出会い、楓さんの実直な人柄に感化されてもうてな。なんてゆーかウチ、分かるんや。楓さんは決して幸せな環境だけで育った訳ちゃうって。失礼な事ゆーてたらごめんな?けどそんな楓さんを見てウチはまだ死にたくない、生きる事を諦めたくないって。素直にそう思えたんや」
「……いえ、失礼なんかじゃないです。寧ろそう思って貰えたのでしたら、喜ばしい事だと思います」
楓がやんわりと微笑んで渚にそう言った。
「ほんま、ごめんな二人とも。迷惑掛けっぱなしのウチの為に、こんなとこまで着いて来てもらって。感謝しとります」
そう言って渚が深々と頭を下げるものだから、芽唯はもう反論する気にもならなかった。
「……さて、見えてきたで二人とも」
三人は前方を見る。
濃霧に包まれた島は無数の大きな鳥居に囲まれており、まるで外に何かを出さない為に建てられたような厳かな雰囲気があった。
はたまたそれは一つ一つが誰かの墓標であるかのような、何処か失意と悲哀を感じさせるような何かがあった――。
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