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第12話
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(……やっぱりダメだ!)
理由はいろいろあるが、このまま彼と別れたら自分は絶対に後悔する。
いてもたってもいられなくなり、ゼクスは海に飛び込んだ。
「あっ、ワンちゃん!」
老夫婦の声も耳に入らなかった。泳ぎ方は知らなかったけれど、無我夢中で犬掻きして元の港町に辿り着いた。全身に沁み込んだ海水がしょっぱかった。
「エンデさん……!」
潮のせいで鼻が利かない。でも、ある程度の道はわかるはず。
そう思い、ゼクスはエンデの隠れ家がある山に入っていった。
……が。
(……いや、これ全然わかんない)
エンデの家は、道なき道を進んだ更に山奥にある。目印になる木もないし、もちろん人や獣が通った形跡もない。自慢の鼻もあまり利かないし、耳にも海水が入っておかしな雑音が聞こえていた。方向も合っているのかわからない。
なんとか直感を便りに、ゼクスはひたすら前に進んだ。日が落ち、真っ暗になってほとんど何も見えなくなっても、野生の勘で突き進んでいった。途中、枝が身体に刺さったり、穴に引っ掛かって足を挫いたりしたが、立ち止まるわけにはいかなかった。ここで諦めたら、何のために戻ってきたのかわからなくなってしまう。
そう己を奮い立たせ、そのまま何日も歩き続けた。
ずっと飲まず食わずで山道を進んでいたら、いつしか空腹も感じなくなった。ただエンデに会いたい一心で歩いていたが、時折歩いている感覚がなくなって意識だけがふわふわ飛んでいくような錯覚に陥った。
俺……今どこで何してるんだろう……?
その時、少し視界が開けた。大木の間にひっそりと佇む小さな家が、目の前にあった。幻覚じゃなければ、それは世間から隠れるように住んでいたエンデの家に間違いなかった。
ゼクスはつんのめるようにしてドアの前まで走っていった。けれどそこで力尽き、バタリと地面に頽れた。
その物音に気付いたのか、ドアが開いてエンデが顔を出した。
「……ゼクス!? 何故ここに……!」
「エンデ、さん……」
自分を抱き上げてくれる手に気付き、ゼクスはなんとか声を絞り出した。得意のお喋りもできない状態だったが、せめてこれだけは伝えようと思い、必死に唇を動かした。
「エンデさん……あのスープが飲みたいです……」
「……!」
エンデが息を呑んだ。信じられない、というような目でこちらを見下ろした。
やがて諦めたように溜息をつくと、小さな声でこう言った。
「全く……しょうがないね。こんな私でいいのなら……好きなだけ恩返ししてくれ」
返事をする代わりに、ゼクスは精一杯微笑んでみせた。
疲れと空腹に襲われて、重い瞼を閉じた。次に目覚めた時にはあのスープが用意されているといいな……などと贅沢なことを考えながら。
理由はいろいろあるが、このまま彼と別れたら自分は絶対に後悔する。
いてもたってもいられなくなり、ゼクスは海に飛び込んだ。
「あっ、ワンちゃん!」
老夫婦の声も耳に入らなかった。泳ぎ方は知らなかったけれど、無我夢中で犬掻きして元の港町に辿り着いた。全身に沁み込んだ海水がしょっぱかった。
「エンデさん……!」
潮のせいで鼻が利かない。でも、ある程度の道はわかるはず。
そう思い、ゼクスはエンデの隠れ家がある山に入っていった。
……が。
(……いや、これ全然わかんない)
エンデの家は、道なき道を進んだ更に山奥にある。目印になる木もないし、もちろん人や獣が通った形跡もない。自慢の鼻もあまり利かないし、耳にも海水が入っておかしな雑音が聞こえていた。方向も合っているのかわからない。
なんとか直感を便りに、ゼクスはひたすら前に進んだ。日が落ち、真っ暗になってほとんど何も見えなくなっても、野生の勘で突き進んでいった。途中、枝が身体に刺さったり、穴に引っ掛かって足を挫いたりしたが、立ち止まるわけにはいかなかった。ここで諦めたら、何のために戻ってきたのかわからなくなってしまう。
そう己を奮い立たせ、そのまま何日も歩き続けた。
ずっと飲まず食わずで山道を進んでいたら、いつしか空腹も感じなくなった。ただエンデに会いたい一心で歩いていたが、時折歩いている感覚がなくなって意識だけがふわふわ飛んでいくような錯覚に陥った。
俺……今どこで何してるんだろう……?
その時、少し視界が開けた。大木の間にひっそりと佇む小さな家が、目の前にあった。幻覚じゃなければ、それは世間から隠れるように住んでいたエンデの家に間違いなかった。
ゼクスはつんのめるようにしてドアの前まで走っていった。けれどそこで力尽き、バタリと地面に頽れた。
その物音に気付いたのか、ドアが開いてエンデが顔を出した。
「……ゼクス!? 何故ここに……!」
「エンデ、さん……」
自分を抱き上げてくれる手に気付き、ゼクスはなんとか声を絞り出した。得意のお喋りもできない状態だったが、せめてこれだけは伝えようと思い、必死に唇を動かした。
「エンデさん……あのスープが飲みたいです……」
「……!」
エンデが息を呑んだ。信じられない、というような目でこちらを見下ろした。
やがて諦めたように溜息をつくと、小さな声でこう言った。
「全く……しょうがないね。こんな私でいいのなら……好きなだけ恩返ししてくれ」
返事をする代わりに、ゼクスは精一杯微笑んでみせた。
疲れと空腹に襲われて、重い瞼を閉じた。次に目覚めた時にはあのスープが用意されているといいな……などと贅沢なことを考えながら。
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