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082 早道の者
しおりを挟むその後、お市を交えた三者での話し合いで信勝にはしばらくの間大人しくしていてもらうことになった。
今すぐに挙兵などしても磨り潰されてしまう恐れがある。
余計な波風を立てず、時が来るまで力を蓄えてもらう。。
話し合いを終えると俺とアンジェリカは京へと向かった。
「久し振りであるな!」
京に着いて飛鳥井家の門を叩くと当主の雅教がすっ飛んでくる。
そのまま庭へと通されて一対一での玉の取り合いだ。
最低でも半時は続いただろうか。
ようやく息が上がってきた俺達は傍らに控えるアンジェリカを前にして汗を拭う。
「いやぁ。久し振りに気持ちのいい勝負をした」
「そうか?」
俺が尋ねると雅教はかぶりを振って答える。
「今の京にはそれほどの猛者が居らんのでな……」
「なるほど」
それもそうかと思う。
応仁の乱以降の戦乱続きで荒れ果てた京に、蹴鞠を楽しむような余裕などあろうはずもない。
スポーツとは本来そういうものだ。
英語辞典でsportの項目を調べてみればわかる。
余興を楽しむ余裕などない所でスポーツ(娯楽)の普及などあるはずもない。
「では駿河に参りませんか?」
多少威儀を正して俺は問う。
「それもいい。考えてみるとしよう」
着替えを済ませた俺とアンジェリカは座敷に通された。
俺は手妻のように見せかけてインベントリ、アイテムボックスから今回の献上品のサンプルを取り出して、ずいと押しやる。
「こちらを献上いたしたく参上仕りました」
押し出された蒔絵の箱を受け取ると、雅教は箱の中身を検める。
「イワシの焼干しであるな」
「は、こちらは奥州は津軽の産物にて」
「相変わらず煮干しなどとは違って雅味よの。特に今回のものはひときわ味がすっきりしておる」
口の中で味わいながら雅教が感想を述べた。
「津軽は雪深く、寒い土地側。そのせいでもありましょう」
「うむ。して、こちらは……」
「こちらは甘い芋、甘藷に火を通して干した干し芋にございます」
「このように甘く柔らかい芋は初めてだ……これも津軽か?」
「はい。南蛮渡りの芋となります」
ううむと唸りながら雅教は次の箱に手を伸ばす。
蓋を開けて俺に目線で問うた。
「津軽で採れた砂糖にございます」
「……砂糖とな。砂糖といえば琉球ではあるが」
言いながら雅教は小さな木の杓文字を取り出して砂糖を掬う。
「確かに砂糖だ……、太郎殿、これが津軽で採れると」
疑問を籠めた雅教の問いに俺は大きく頷いてみせる。
「……これはまた」
額に手を当てて飛鳥井雅教は長い思案に入った。
「これは少しばかり儂の手には余るやもしれぬ……」
考え込む雅教に俺は最後の箱を勧める。
蓋を取ると彼はじっと中を見た。
「これは鬼灯ではないか……」
「これを食べるのか?」と言外に訊いてくる。
「これは食べることのできる鬼灯。ためしてみられませ」
「……そなたの言であるならば」
雅教はおっかなびっくり一粒を手に取る。
無言での逡巡の後、口に含んだ。
「甘い……だが、しばらくすると微妙な苦みが口の中に広がり、それがさらに甘さを引き立てている。
汁気も十分にあり、口の中が乾くこともない。
……これが鬼灯だというのか」
暫し呆然として雅教は口を噤む。
「……いやはや、とんでもないものを持ち込まれたものだ」
嬉し気にそう言うと雅教は家人を呼んだ。どうやら雅教は近衛と山科に話を持ち掛けるようだ。
「鬼灯は日持ちがしない。なので二~三日中の献上をお願いいたします」
そう告げると雅教は「わかった」と言う。
結果、献上はスムーズに行われた。
献上者、大浦弥四郎為信の代理として帝への拝謁の栄誉を賜った俺達も、御所に参内したのだがアンジェリカの緊張は半端なものではなかった。
……俺も人のことはいえないが。
ともあれ、帝への拝謁は無事に済んだ。
細かいやりとりは畏れ多いので省略するが、為信の名を無事朝廷に知らせることはできたのでほっとしている。
それから、信玄が申し出た北安曇郡と篠ノ井以北の信濃を皇室に返納する話も既に通っているのとのこと。
そこで寒暖の差が激しい土地に向いた産物として、フルーツを鬼灯皇室御領の特産品にと薦めておいた。
なんにしろこれで城嶺の結界は戦乱からは切り離されるだろう。
なんでも北安曇郡の代官には大日方氏が横滑りして茨山城が郡役所になるそうだ。
「帰るぞ、乗れ」
京を出て人気が途絶えたところでアンジェリカに呼びかける。
アンジェリカは俺の言葉に従い、大人しく俺の背に乗った。
帰途には寄り道が多いため急ぐ必要がある。
雪が降る前に津軽に戻ってやることがあるからだ。
山科を抜けて大津から甲賀に立ち寄る。
甲賀では人を求めて有力者への挨拶をして回った。
そして、その首尾はと言うと……
「今川家には人を送りましょう。
ですが、奥州は津軽へとなると行きたいと言う者がいるかどうか……」
こんな感じである。
北のはずれということで中々希望者が見つからない。
そんな中、ちょっとした偶然から希望者を見つけることができた。
甲賀五十三家のうちの一つ、夏見家の諸流で夏海隼人丞と名乗る一党である。
彼らの家は諸事情により没落しつつあったので心機一転ということだった。
夏海の一族を一行に加えて伊賀に入る。
伊賀でもまた人集めだが、今川家は良いとしても津軽行きを望む者は見つからない。
「年季奉公ならば御請け致しますが……」
実際のところ、大浦為信はまだ大名ですらないのだから、しょうがないと言えばしょうがないのだが、それでも人は要る。
夏海隼人の伝手を頼って名張に向かい、そこで柘植久兵衛長吉なる者を、後々にではあるが、召し抱える前提で雇うことになった。
彼ら柘植の者らには、尾張の先進的な土木技術を盗み取ってもらうことを頼む。
給金の前払いを受けた柘植の一党は、女子供を除外のうえで尾張に残置した。
静岡で事の首尾を伝えると、ルイーズの船を回して貰い、津軽へと戻る。
風魔法で船を無理押ししたため予定よりも早く鯵ヶ沢に戻ってきた。
「どうであった」
船着き場に降りると、待ち構えていた為信から問いかけがある。
「問題ない。こちらが朝廷からの感状となる」
そう言って巻物を手渡すと、為信は恭しくそれを受け取る。
中身をさっと検めると大事にしまい込んで俺に頭を下げた。
「太郎殿、感謝する。御蔭でこうして帝の御役に立つことができ申した」
「ああ。これからもよろしく頼む。
それと人を集めてきたから紹介する。……隼人丞!」
「は!」
俺が呼びかけると夏海隼人丞は目の前にいた。
「彼は甲賀五十三家の夏見家庶流夏海隼人丞。これからお前のために働いてもらう者たちの統領だ」
「隼人丞にございます。殿におかれましては……」
「堅苦しい挨拶はよい。まだ大名ですらない私に堅苦しい挨拶は無用ぞ、働きで返してくれればそれよい」
「承りましてございます」
フランクな態度の為信にかなり面食らったようだが、
それでも隼人丞はすぐにそれを受け容れて臣下の礼をとる。
「彼らの組に名前を付けたい。早道の者でどうだ?」
「いいのではないか。それで彼らには何をさせるのだ」
「彼らは薬に詳しい。ゆくゆくは硝石や肥料の製造なども任せたい」
夏海党の存在を秘匿するために、居住地は常盤野の廃村に決まる。
俺は彼らを案内して、村のまとめ役である快楽亭円光に引き合わせた。
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