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077 三度目の信長いじめ
しおりを挟む「……では、セーラ。暫しの別れだ」
俺がセーラの頬に触れると彼女は嫌々をするように頭を振った。
セーラは俺が持ち込んできたペルシュロン種の一棟である。
拡張された静岡城の馬場に預けられることとなったペルシュロン種の様子を見に行くとこうなったわけだ。
雰囲気からしばらく会えないと理解してしまったのだろう。
「太郎。お前、惚れられたな」
氏真がからかうように言うが満更でもない。変な趣味は無いがな!
「それで牡馬三頭牝馬六頭のうち、牡馬二頭と牝馬六頭はお前に預ければいいのだな」
「ああ。そうして欲しい。俺の地元は馬の産地だから良い馬が育てられるだろう」
「ということは、このセーラとやらもお前についていくということになるわけか」
そんなことを言いながら馬を一頭一頭撫でていく。
「あとはスエズ運河の件だが、拠出金を日本の金で賄うのは避けたい」
「伊豆の金山などがあるのに何故だ?」
俺がいない間に、今川家は手伝い戦の代価として伊豆の西半分を北条家から譲渡されていた。
その金山からの上がりがあるというのにどうしてだと氏真は訝る。
「金銀銅鉄などは掘っているうちにいつかはなくなるからな。
だからそれ以外の産物を交易して得た代金で日ノ本の外の金を買う。
いつかは無くなるかもしれない物に頼るわけにはいかない」
「先の話だぞ?」
「そうだ。……だがいつかはやってくる日だ」
俺がそう言うと氏真は考え込んだ。
「木や本草など再生可能な資源に頼れ。人材さえ在れば滅びることはない」
「……そうだな」
何か見えるものがあったのだろう。氏真は瞳に強い光を宿らせる。
「では言ってくる……」
「帰ったら堺の情報を教えなさいよ」
フランス公使館で執務中のルイーズに別れを告げると、俺はお市を背負って山々を駆け抜けていく。
俺の背にしがみ付いたお市は何も言わずにただ黙って抱かれていた。
今年は1563年、お市は十五歳になる。
彼女を誘拐同様に連れ出してから丸三年だな。
いつの頃からか彼女は泣かなくなった。
いや、それどころかルイーズと一緒の時などは笑みさえ浮かべている。
どんな変化がお市の中であったのだろうか。俺にはわからない。
「……またか」
清洲城の金蔵でお市は肩を落としたように呟く。
「アンジェリカ、お前が言ったことだぞ。スエズ運河に出資するとな」
「そ、それはそうだが、盗みに入るなど」
「だが、お前の兄に話したところで、うんとは言うまい。こうして奪うしかないだろう」
「奪う……本音を言ったな」
「本音を言ったとも。どんな理由があれ、盗みは盗みだ。
織田家に利の有る話だとしてもそれは先々のことであって、今のところは持ち出しだけだ。
そんな話をして説得ができると思うのか?」
「……無理だ」
「ならば今は奪うしかないな」
そんなことを金髪碧眼エルフ女騎士のお市と話していると、周囲が騒がしくなってくる。
「っち。気づかれたか」
俺は急いて銭をインベントリに放り込んでいく。もう目につく限り、片っ端からだ。
「エクスプロージョン!」
爆裂魔法で囲みを破り、金蔵の外へ飛び出すと眦を釣り上げた憤怒の魔王がいた。
「おのれえぇぇ……」
お市を横抱きにして堀を超える俺へと向けて無数の矢が放たれる。
信長はうめいた。
「嗚呼、せっかく貯めた軍資金が……っ!」
「兄上さま……ごめんなさい……」
俺の腕の中でお市が呟く。
俺のではない、一筋の涙が流れていた。
これで信長の軍事行動は更に遅れるだろう……その予感に俺は打ち震える。
北は斎藤義龍が健在、東は家康との同盟。
となれば向かう先は南の伊勢しかないわけだが、伊勢侵攻はこれで当分は無理だろう。
信長は内政に向かうしかない。
伊賀を山越えした俺とお市は堺に入ると天王寺屋の門を叩いた。
何やら接客中とのことでしばらく待たされたのだが、ようやく俺達の番となる。
親子だろうか、二人連れの武士とすれ違った時に若い方の侍がいきなり血を吐いて倒れた。
「おい! しっかりしろ!!」
父親らしき方が抱き留めたものの若い侍は意識を失っている。
「筑前守様!」
騒ぎを聞きつけて奥から店の主らしき男が飛び出してきた。
「部屋に布団を敷いてください」
鋭い声で主が店の者に命じると、言いつけに従って動き出す。
若い侍が奥の部屋に寝かされるのに付いていくと、店の主と筑前守と呼ばれた武士がこちらに目を向けた。
「貴方様は……」
疑問と共に店の主が問いかける。
「多少ではあるが、俺は南蛮の医術を修めている」
そう嘘を告げると、店の主、天王寺屋と筑前守が俺の隣を一瞥していた。
「たしかに南蛮の方をお連れのようですな……」
「我が子孫次郎を助けてくれ!」
気が動転しているのだろう。武士は頭を下げて頼み込む。
「かまわない、そのつもりだ」
そう言うと俺は鑑定魔法で武士をスキャンした。
……すると、病状が「リーキーガット症候群」と出る。
気になったので父親の方も見てみるとこれまたリーキーガット症候群だった。
呆れた俺は南蛮渡りの秘薬と称してヒールポーションを飲ませつつ、微弱の即死魔法と強度の回復魔法をかけて治していく。
ややあってから若い武士は何事も無かったかのように目覚めると、無意識に伸びをしてみせた。
「ああ。なんともすがすがしい心地だ。……おや、父上。どうされたのです?」
「孫次郎!!」
父親が抱き着いて嬉し泣きを始めるも、息子の方は合点がいかない風情である。
そこで天王寺屋が説明すると、理解したのか親子して俺に頭を下げた。
「此度は大変に助かり申した。息子の命を助けていただき何とも申し上げようがございません」
こう礼を述べる武士こそが三好長慶であると、天王寺屋に告げられて驚く。
息子は三好孫次郎義興と名乗ったが、そんな場面に闖入者が一人。
「大丈夫か、孫次郎!」
部屋に飛び込むなり若い武士が義興に抱き着いた。
抱き着いたのは細川藤孝である。藤孝は義輝の所用で堺へと来ていたそうだ。
「太郎殿、かたじけない!!」
細川藤孝までが俺に礼を述べる。
「それはいい。だが、三好家の御二人には此度の病の原因を言っておかねばならぬ」
「私がなぜ倒れたのか。でございますか?」
義興が念を押すように問いかけてきた。
どうやら実直な性格のようで、一言たりとも聞き逃すまいという姿勢である。
「一言でいえば、お前達はうどんの喰い過ぎだ」
思い当たる節があるのだろう、二人は顔を見合わせた。
「麦を喰うなとは言わぬ。が、それならばヨーグルトも摂れ」
「はぁ」
ヨーグルトと言われてもピンとこなかったものの、説明をすると理解できたようで、常食にすると約束してくれた。
そして、この時の俺は、これが義輝の生存フラグになるとは露ほどにも思わなかったのである。
とまれ、こんなこともあって天王寺屋との取引はスムーズに進み、信長が貯めた銭はすべて使い切ることができた。
結果、代品の大陸産金塊は静岡城に届く手はずとなっているので予定通り。
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