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074 婿取物語

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「それで、今回の訪仏は女王の婿取り話の件で来たと?」

「そうでござる。どうやらフランスの外交方針に変化があった様子ゆえ、ご機嫌伺いに参った次第でござる」

変なサムライ口調に戻した麻生陽子=ヘクター・マクドナルドは今回の訪仏の目的を口にした。
ヘクターの話によると現スコットランド国王のメアリー・スチュアート女王は1542年12月生まれの19歳で、二年前の1560年12月まではここフランスの王妃だったという。

「フランス王妃?」

「左様、現国王の亡き兄君であらせられる、国王フランソワ二世陛下の妃でございましたが、フランソワ二世陛下の崩御によりフランスを離れ、スコットランドに戻られて王位に就かれたのでござる」

ヘクターの話によるとメアリー・スチュアートがフランスに渡ったのは六歳の時で、それ以来フランス宮廷で育てられたという。
そういった流れの中で彼女はアンリ二世の王太子フランソワ二世と婚姻を結んで夫婦となるが、
一年半ほどの夫婦生活の中で子が生まれなかったため、フランス王室を離れたということだった。

「女王陛下も二十歳でござる。世継ぎのこともあり、婿取りに関しては周辺諸国とすり合わせをせねばならぬと思っておったゆえ、罷り越した次第」

「それで正使殿がコリニー閣下らと諮っているというわけか」

俺は陽子の説明に納得した。
はっきり言ってしまえば、ヨーロッパの婚姻関係は複雑怪奇である。
入り組み過ぎて何が何だかよくわからない。

陽子の話によると、メアリー女王の婚姻相手には色々な候補が出ているらしい。
今年の夏にスコットランド旧教派貴族最有力のゴードン家が起こした叛乱が鎮圧できたため、体制固めを行おうということだった。

「だが、政略結婚にはデメリットもある」

俺の指摘に陽子は黙って耳を傾けてはいた。

「第一に、姻戚関係が国外に広がるため、王位継承をめぐる争いが対外戦争になる危険がある」

「それはわかるが、血による婚姻同盟は戦争を抑制する意味もあるでござる」

「それはそうだ。だが、第二の問題として……俺はこっちの方が問題だと思うのだが、
 王家と国民との血の繋がりが薄くなる。国民と血の繋がった王家ではなくなったなら、誰が命を懸けて守ろうとするのだ?
 そうなっては所詮、お飾りの王だぞ。お飾りの神輿なれば、軽くてパーな方が良いに決まっている」

「……なれど」

陽子が言い募る。
それを聞いて俺は陽子の中指に指輪を嵌めた。
途端、陽子の脳内に電子音声のアナウンスが響く。
きゃっ、と彼女は小さな悲鳴を上げた。

「な、なに、太郎?」

「コミュニケーター。以心伝心の魔道具だ。これがあれば国のトップ同士で直接のやり取りができる」

さっ、と陽子の表情が変わる。

「太郎、どういうことなの?」

「あの日、ゾンビの群れに呑まれた俺は異世界に召喚されたんだ。魔王から国を守る勇者として」

「……嘘。信じられない。……でも、こんなものはこの世界の何処を探したってありえない。
 いったいどういうことなの? あの日から太郎に何があったのか教えてよ」

素に返った陽子の問いかけに俺は今までの経緯を教えた。
黙って聞いていた陽子は、話し終えた俺をやにわに抱きしめる。

「そんなことがあったんだ……。そしてわたし達を救うために戻ろうとしたけど叶わずに中世に来てしまったんだね。
 ……でもなんだか嬉しいな」

そう言って、陽子が俺を見た。

「だって、わたしと太郎の友情と同盟は永遠だから」


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折衝の席に割り込んだ陽子が正使に意見具申してスコットランド女王の国際結婚話はお流れになった。
念話アイテムを実際に装着してみた正使が驚愕のあまり「これで外交の歴史が変わる」と放心して婿取の話どころではなくなったというわけだ。
それにそもそも、シャルル九世にとってメアリー・スチュアートは兄嫁であり、婚姻以前においては姉のような存在であったというのも大きい。
テレビ電話よろしく以心伝心でコミュニケーションが取れれば、遠く離れていても信頼関係は維持できる。
……となれば、関係維持のための婚姻同盟はさして重要とはいえなくなる。要は利害関係を共有できていればいいのだ。
そんなわけで、史実では中間派だったスコットランド女王メアリーはプロテスタントへと立ち位置を変えていくことになるだろうというのが陽子の見立てである。

現状、ヨーロッパで仕掛けられる工作はこれくらいだろう。
そう判断した俺は日本へ戻る頃合いだと判断した。
とりあえずコリニー閣下には報告しておこう。

「……そうか。ジャポンへ戻るか」

「はい。今のところはこれ以上俺が関われることはそう多くないと思いまして」

状況の変化によってはどうせまたすぐに戻ってくることになるとは思いつつも、閣下へはそう告げた。

「正式な公使を送る件については了承した。すぐに手配はする」

「はい」

ここでコリニー閣下が口ごもった。

「ルイーズも連れて行ってくれないだろうか。ジャポンとの貿易で稼ぎたいと言って聞かないのでな」

身内の心情としては遠くに行かせたくはないが、ユグノーの勢力扶植のためには信頼できる身内を派遣したい。
そういう微妙な心理がコリニー提督の表情からは窺えた。
俺としては本人次第なため、その旨を言うしかない。
結果、ルイーズと共に日本へ舞い戻ることになる。
一方、ドイツから戻ってきたラヴィニアはコリニー家武装メイド隊に配置転換となった。

「……では、叔父上、行ってきます」

「任せた」

短い挨拶を済ませたルイーズは馬首を南に向ける。
その後に俺とお市が続いた。
向かうはマルセイユ。地中海に面した港町。ここで船に乗り、地中海を東進してサン・ジャン・ダクル(アッコン)に向かう。

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