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069 フランス革命阻止作戦Ⅴ ~ミシェル・ノストラダムス召喚
しおりを挟むすべてを逆手にとって逆転の一手を放つ。
俺の言葉に少年王シャルル九世はおどろき怪しむ。
「とりあえずはコリニー提督を通じて秘密裏にユグノーと通じることだ。
また、その上でイングランド王と通謀してフランスに軍を入れさせる。
イングランド軍の掲げる大義名分はユグノーの保護といったあたりでいい。
そして、お前は第二次百年戦争だと宣言する。……ここまではいいか?」
シャルルは素直に「はい」と答えた。
「この声明を受けてコンデ公以下ユグノー貴族がお前の下に馳せ参じ、見せかけの挙国一致体制をまずは築き上げる。
イングランド軍とのいくさはギーズ公以下のカトリック貴族にだけ任せておけばいい。
ユグノー派は前線に出さずに海外との交易に従事させ温存しておく。
戦功を求めるギーズ公はこれを拒みはすまい。
そして、お前は第二次百年戦争遂行のためとして、貴族と教会への永続的な徴税権を課す。
お前と通謀し交易で稼いでいるユグノー派貴族は税を払い。カトリック派は払わない。
そうすればいずれ民の支持を失うであろうな」
この謀略はイングランドにも利がないわけではない。
英仏海峡の向こうにスペインポルトガルと対抗可能な新教国家が誕生することは島国イングランドにとって通商上の利益となる。
「……旧教勢力を叩いたイングランド軍は適当なところで撤退。
しかる後、勢力を減退させた旧教貴族に税を課して弱らせるが、それでは終わらない。
ドイツの西方領土を削り取った者には新規獲得領土での徴税権を与えて好き勝手にさせる。
また、フランス国内のローマ教会がドイツ内のカトリック教区に手を伸ばすことも認めて
旧ドイツ領内に限定して免税特権を付与する」
「そのようなこと、ドイツ諸侯が認めないでしょう……」
「果たしてそうかな。ルター派諸侯と共謀の上での戦略であればどうだ?
ドイツ国内からカトリックを消し去る決定的な一撃となるのではないかね。
そして目出度く独仏はローマ教会からの束縛を外れ、新教への課税によって国家財政を健全化できるという流れだ」
「……」
「そうすれば同じ新教の統一国家同士で独仏同盟が結べるだろう」
「……私は、私は悪魔の声を聞いているのであろうか?
そうだとしたら私はどうすれば……」
頭を抱えてしゃがみ込んだシャルルが見える。
最早思考力の限界を超えているようだ。
「畏れるな、シャルルよ。イエス・キリストも言っているではないか。
木の良し悪しはその木になる果実の良し悪しを以て判断せよと」
「では問おう。そのような大それた謀は密なる連絡が秘して行われなければ到底叶いはせぬ」
「そのようなことか。それならばコリニーを召し出した時に聞くが良い。彼が教えてくれるであろう」
「わかった。だが、お前が見せた未来のすべてを到底信じることはできぬ。
信じられぬものには従えない」
「それは当然のことだ。
お前は良き助言者を得ることができる。
ミシェル・ド・ノートルダムを召し出して助言者とするがいい」
ここで俺はエコーを残してシャルル九世との接続を切った。
「フィリー、助かった」
「どういたしまして」
「あ、でも、明日からはカトリーヌ・ド・メディシスにターゲット変更だ」
「えー。まだやるの」
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
目が覚めたシャルル九世はミシェル・ド・ノートルダムと呼ばれている医者のことを思い出す。
母のカトリーヌが心酔している医師にして預言者という印象がシャルルにはあった。
鬼が出るか蛇が出るかはしれないが、まずは夢のお告げとやらの真偽を確かめるべく動くことにする。
そして、ミシェル・ド・ノートルダムが召喚に応じるまでの間も、
太郎による、母カトリーヌへの精神攻撃は続いていた。
「母上、大丈夫ですか?」
「なんでもありません陛下。疲れただけにございます」
と、このような感じで懊悩を息子の前では出さないように努めてはいたが、内心では太郎の見せるあまりにも酷い未来に打ちのめされている。
そんな日々が過ぎるうちにミシェル・ド・ノートルダムが参内するとの報が届いて二人はほっとした。
「陛下、ミシェル・ド・ノートルダム、お召しにより参上いたしました」
「うむ。一別以来であるな。老は壮健であったか」
「いやはや、寄る年波には勝てませんで、近頃では……」
こんな会話を交わしている二人ではあるが、実はこの二人にはそれなりの接点があった。
ミシェル・ド・ノートルダム、又の名はミシェル・ノストラダムスという。
そう、あのノストラダムスである。
ナポレオンやヒットラーの歴史への登場、敵軍包囲下のベルリンからヒットラーが生きて国外脱出するという予言をなしたといわれる、あのノストラダムス。
ノストラダムスの二つ名を持つこの老人はシャルル九世の両親と面識があった。
後世における評価はもっぱら占星術と予言に偏っているが、この時代においては紛れもなく医者の一人。
シャルル九世は史実においてもこのノートルダム老を常任侍医と顧問に任じていた。
この時点でのノストラダムス召喚は史実よりも二年以上早い。
「朕(ちん)に占星術の教授を」と言って、シャルルはノートルダム老を執務室に誘った。
内々で夢の話をするためである。革命の話などを謁見の間で口にするのはよろしくない。
「……ううむ」
シャルルが語る、夢で見た、革命勃発に至るまでの歴史の流れを聞かされてノストラダムスは難しい顔をした。
「どうであろうか?」
「私の口から陛下に申し上げられるのは、
そうならない保証はどこにもないということだけにございます」
「老よ、何故そう思うのだ」
「火山の大きな噴火による噴煙が陽の光を覆い隠し、作物が育たずに飢饉となることはありえます。
また、貴族や教会への統制ができなければそのような天変地異には対処できますまい。
そうなれば飢えに苦しむ人心が王より離れる、などという事態も十分に起こり得ると考えまする」
「やはり老もそう考えるか……」
シャルル九世はやはり、という思いで息を吐いた。
起きるべきことは起きる。
王といえども、人の世の王でしかないのだ。
キング・オブ・キングス、王の中の王であらせられる御子、イエス・キリストには到底及ぶべくもない身ではできることは限られている。
心中でそう一人つぶやくシャルル。
「未来とは道理の積み重ねに御座います。
あるべきものがあるべき姿で現れてくるゆえ、占うことができまする。
結果を生むのは原因という母。母無くして子が生まれるは、ただ、神の御業によってのみ。
占いとは無から有を生み出すものではございませぬ。有の組み合わせから先の世を見るわざに過ぎませぬ」
「占いのことはいい。だが、老は王が民によって処刑される未来もありうると申すのか」
「はい。ご賢察の通りにございまする。
国難に際しては、身分の別なく一致団結して臨まねば危難を打開することは叶いませぬ。
頭がバカではどうにもなりませぬが、賢明な頭脳に従わぬ身体では何もできますまい」
これが、ペスト対策を通じて国内を見てきたノストラダムスの感想であった。
彼は医者としてこの時代の医学知識に囚われてはいたが、同時に優れた観察眼も持っていた。
そうでなければ猖獗(しょうけつ)を極めた罹病地域に飛び込んでいくことなどできるはずがない。
死の危険を感じる時、確固たる信念がなければ人というものは動けるわけがない。
そのような場合、確固たる信念を生み出すのは、理性と理性に裏打ちされた冷静な省察だけである。
「わかった。老には御苦労ではあるが、朕の侍医兼顧問を頼みたい。
名目は占星術の教師ということでいいだろうか」
「謹んでお受けいたしまする……」
床に跪いてノストラダムスは拝礼する。
これより先、ミシェル・ド・ノートルダムは国王シャルル九世の顧問として余生を送ることになった。
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