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051 アルブレヒトとフリードリヒ

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前書き:
ちょっと唐突感があると思いますが、意図的なものです。




その後も俺と公国首脳部は対話を重ねた。
最初の頃は暗闇を手探りで進むかのような行程だったが、最終的には相互理解ができたと思う。
そうしている間に俺と公爵は年の差など関係なく、貴様と俺で呼び合う間柄になっていった。
元々、ゲルマン民族には年齢や出自よりもその人間が内包する実質を重んじる民族的精神風土があるとはいえ、異例ではある。

「なんとも奇妙なものだ。
 大陸の西のはずれと東のはずれに似たような内実を持った民がいるとは……
 否、似たような、ではなく同一の核を内心に保持しているというべきであろうな。
 ……実に面白い」

感慨深げにアルブレヒトが談じた。
ワインのグラスが机に置かれてコトリと音を立てる。

「外交の全権委任は俺が受けているが、今川家以外にも俺とも同盟してもらえるとありがたい」

俺がそう言うとアルブレヒトはこちらを見た。

「……ほう。それはどういうことかな?」

「我らがカイザー、帝のためだ」

即答した俺を暫くの間見詰めてアルブレヒトは「いいだろう」と言う。

「だが、いずれにせよ軍事同盟は無理だ。
 こちらからは軍を送れないしそちらからも無理であろう?」

「それは承知している。だからとりあえずは通商同盟から始めよう。
 軍事に関してはゆくゆくだ」

「ゆくゆくか……」

「ああ。だから、ハンザ同盟の商船をユグノー経由で派遣して貰えると助かる。
 初めのうちは大きな商品の遣り取りなどできないだろうから、種子の取引がいいと思う」

アルブレヒトは俺の話にうなづいた。

「そうなると我らプロイセンはユグノーと同盟せねばならんが……」

「それは秘密同盟でいいんじゃないか? 下手にバレると事だし」

「その通りだ」

「ではそっちの話はルイーズと詰めてくれ」

俺はルイーズに丸投げする。
ユグノー派から全権委任されたわけじゃないからな。


それからどういうわけかアルブレヒトや騎士達が俺の訓練を見に来るようになった。
別に大したことはしていないのだが、彼らには気になるらしい。
あげく、嫡男のアルブレヒト・フリードリヒの面倒まで見させられている。
そうしてアルブレヒトジュニアを見ていると、その人見知りが親の教育にあることが分かってきた。

要するに、多くのことを父親が望みすぎている。
自分が有能な君主であるだけに、子供にも自分と同じ水準をいきなり求めているのだ。

……そんなことできるわけがない。

そうして親のプレッシャーに曝され続けているうちに心が折れてしまうことは目に見えていた。
アルブレヒトはジュニアに向かってしきりにこう言って責め立てる。

――壱を聞いて十を知れとまでは言わないが、お前は壱を聞いて壱を知ることができないじゃないか! なんでお前は十を聞いて壱を知ることしかできないんだ!!

これは子供からすればただの言いがかりでしかない。
そうして圧迫を受け続けている子供はやがて親や他人の顔色を常に窺い脅える人間になっていく。
そりゃ、心が病むに決まっているわ!!

というわけで親のアルブレヒトの方が教育の必要性アリと俺は判断した。


「どうだ、息子の様子は」

その晩、俺はアルブレヒトに呼ばれた。

「問題があるな」

「なんだと?」

それまでの上機嫌が一瞬で消え失せて、不機嫌を気色に現したアルブレヒトが執事を呼びよせた。

「ハインツ。フレッドを連れてこい」

退出する執事を押し留めて俺はアルブレヒトに告げる。

「問題があるのは息子じゃない。あんたの方だ」

「なんだと。どうして俺に問題があるというのだ?」

公は何が言いたいのだと言わんばかりに俺を見た。

「お前が類稀なる英明な君主であることは間違いがない」

「それで?」

俺を凝視しつつアルブレヒトは先を促す。

「だが、生まれたばかりのお前はどうだった?
 寝小便も垂らしたし、オムツを便で汚しもしただろう? 違うか?」

「だが、それは子供の頃のことだ」

言い難そうにアルブレヒトも頷いた。

「そう。子供の頃の話だ。そしてフリードリヒは子供なんだ」

「だが、俺がアレと同じ年の頃には……」

「何が『だが』だ! フリードリヒはお前そのものか!?
 貴様と同じ人間などこの世界のどこにもいないんだぞ!
 お前はお前ただ一人だけだ!!」

言われたアルブレヒトはばつが悪そうに下を向いた。
その姿は親に不始末を見咎められて叱られる子供のよう。

「トウヒとミズナラが同じ育ち方をすると思うか? 違うだろう!」

「だが、俺は息子の為を思ってだな……」

「ぼくがかんがえたさいきょうのあととりむすこか? 捨てちまえよ。そんなもの。
 お前は今の自分を見て、自分と同じものがすぐに現れてこないことに苛立っているだけの子供だ。
 土に種を蒔いてすぐに大木にならないことに腹を立てて、肥料と水をバケツで何杯もぶちまけているヤツを見たらお前はどう思う?」

「……馬鹿だと思う」

しばらくの躊躇の後にアルブレヒトはやっと吐き出した。

「そうさ。その馬鹿がお前だ!
 この世界で最も早いものは『考え』だ。
 思考の中でなら、どんな時間も空間もあっという間で存在しない『無』だ。
 お前は何十年後かの完成されたフリードリヒを夢見て、それを今すぐ現実にしようと無駄な努力をしているんだ!」

「無駄な努力か……」

アルブレヒトがため息を吐いた。

「ああ、まったくもって無駄な努力だ。
 木は植えてから育ち切るまでに三百年はかかるものもある。
 そして育ちの遅い木ほど年輪が細かく、材も硬くなり頑丈で貴重なものとなるが、
 もしもここで早く育たせようと肥料など与えて余計な世話を焼けばすべては台無しだ。
 年輪が荒くふにゃふにゃな木に育って用材としてはまったく使い物にならない。
 林業は木の生長のままに任せるしかないんだよ」

「気の長い話だ……」

「そうだ。気が長くなくては育つものも育てられない」

俺がそう言うとアルブレヒトは力なく笑った。

「では少し息子から離れてみるか」

「その方がいい。
 フリードリヒはあれでお前が糞尿をおむつにお漏らししていた頃よりは遥かに立派だからな」

「言ったな」

「ああ、言ったとも」

「ふふ」

どちらからともなく拳を突き出してこつんとぶつけ合う。
「おかげで目が醒めた」とアルブレヒトがつぶやいた。






後書き:
>元々、ゲルマン民族には年齢や出自よりもその人間が内包する実質を重んじる民族的精神風土がある

それを良く表しているのが彼らの戦時最高司令官(ヘルツォーク)の選出方法です。
ヘルツォークの選抜基準はたった一つ、
「この最高司令官でこの戦争に勝てるか否か」であって、それ以外の条件はありえません。
門閥、出身、前歴、年齢、家柄など一切無関係に、ただ、この指揮官で戦争に勝てるか、それだけしか条件として考慮されないのです。
なので自分よりも目下の者や格下の者が上位者になったとしても、ゲルマン人にはそれを当然として受け容れる気質があり、そのことでストレスを感じることなどまったくないという民族性があります。


……作者個人としては、そんなの当たり前じゃないか、なんですが。

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