上 下
48 / 82

048 北国プロイセンで砂糖づくり。

しおりを挟む


俺はプロイセン公の態度が一変したことに驚く。

「あの技。さぞや名の有る武人とお見受けする。武人に対しては武人としての礼があるもの」

「父上はドイツ騎士団の総長であったからの。武人に対しては目が無いのじゃ」

エリーザベトが俺に耳打ちをする。
聞けば、助け戦で参戦していたリヴォニア戦争から帰還した父を喜ばせようと思ってあの商会に出向いたという。

「太郎殿は他にも刀をお持ちであろう。父上に見せてはもらえんかの?」

頼み込むエリーザベトに俺は「いいですよ」と返して、公の執務室へと戻る。
執務室の片隅にあった作業台の上に刀剣と甲冑を並べるとプロイセン公の目が輝いた。

「これは見事なものだ」

プロイセン公はしげしげと武具を眺めつつ唸った。
護衛の騎士達も興味深そうに見つめている。

「どうぞ、皆さんも遠慮なさらず」

「そうだ。お前達も見てみるといい」

「ハッ」

公の許しを得て武具に見入る彼らも感嘆のあまり言葉が続かない。

「単なる武具ではなく。美術品としての価値もあるとは何とも素晴らしいものだ」

プロイセン公とエリーザベトがそう評したので、俺も自分の考えを述べることにする。

「飾りというのはそういうものだと思います。
 充分な実用性がありながら、それを敢えて主張せず、ひっそりと存在しているから飾り足りうるのだと。
 実用を自己主張しないけれども、いざという時には実用に耐え、頼りとなる装備であってこそ飾り足るのではないでしょうか?
 いたずらに華美へと走り、実用性に欠けたお飾りでは本当の意味での『飾り』足りえないものと思います」

「なるほど。貴殿は実に面白い見方をされる。勉強になった」

頷きながらプロイセン公は喜色を浮かべた。
娘のエリーザベトも父親が満足げなのを見て微笑する。


「さて、では商談といこうではないか」

プロイセン公が真面目な顔をして俺に告げた。

「この剣とこの剣、それとこの甲冑を買い受けたい。代金はいかほどであろうか?」

「お代金銭以外でもよろしいですか?」

「別に構わんが、プロイセン公国を所望する、などは駄目だぞ」

「それは心得ております」

「では何を望むのだ?」

「飼料用のビートを貰えませんか?」

これにプロイセン公は面喰ったようで、しきりに目をしばたたかせている。

「そんなものを幾ら積んだところでこの武具の価値には釣り合わんぞ。
 一体、いかなる考えによるものだ?」

「これ」

エリーザベトも疑問を挟んできたが、父公がそれをたしなめる。

「かまいませんよ、エリーザベト様。
 私は飼料用のビートから砂糖を作りたいのです」

「……は?」

俺の発言には皆が驚いたようで、お市以外の全員が俺を見ている。

「太郎。飼料用のビートから砂糖を作るなどとお前は気でも狂ったのか?
 あんなもの、土臭くて喰えたものではないぞ。飼料用とはそういう意味だ」

ルイーズまでもが俺の正気を疑う発言をした。

「可能です。何でしたらこの場でビートから砂糖を取り出してみせましょうか?」

「……本当にできるのか?」

「はい」

自信満々に俺が断言したせいで、プロイセン公は考え込んだ。

「父上、ためしにやっていただいても構わないと思います。
 ダメで元々。上手くいったら儲けものということで」

「……ううむ。そうだな。
 では太郎殿。一つお願いできるか?」


城の厨房を貸りる許可を得た俺はその場にいた全員を引き連れてキッチンに向かった。
厨房の人員を含めての調理実演会である。
まず、最初に飼料用ビートを綺麗に水洗いしてもらった。
その間にお湯を沸かしておく。

俺は包丁を手にビートを薄くスライスして全員に配る。

「なんだこれは! 土臭いぞ!」

口に入れた瞬間、お市が思わず吐き出した。
みんな揃いもそろって渋い顔をしている。

「ではこれを茹でてみようか」

そう言うと、俺は薄く切ったビートを鍋に次々と放り込んで煮立てていく。
茹で上がって浮かんできたビートを皿に載せて、俺が試食してみた。

「うん。土臭さがかなり薄れて強い甘みがあるな」

「どれ」

俺の評を聞いてプロイセン公が茹でたビートに手を伸ばす。

「……! 確かに甘い! これはすごい発見だぞ」

公の鶴の一声で全員が茹でビートを口に放り込む。

「……甘い」

「父上、これは我が公国の新たな売り物となりえます!」

「そうだな。とんでもない発見だ」

「いいや、まだまだ、こんなものじゃない」

父娘の会話に割り込んで俺は更なるメニューを展開する。
ポテトチップのように薄切りにした飼料用ビートを煮えたぎる油の中に放り込んだのだ。
音を立てて油で揚がるビート。
油の鍋から甘い香りが周囲に漂いだした。
天ぷらの油切りの要領で油を切ったビートチップを一枚、口に放り込んでみる。

「甘くて美味いな。ちょっとばかり塩をふってみようか」

軽く塩をふると更に味に深みが増した。
土臭さは全くない。

プロイセン公の手がさっと動いた。
次の瞬間、ビートチップは公の口の中へ。

「これは旨いぞっ! 寝酒のつまみにもってこいだ!」

「父上、妾も食べとうございます」

負けずに手を伸ばすエリーザベト。
あっという間にビートチップはなくなった。

「これはいい。これを城のメニューに採用するぞ」

公の命令を受けた厨房員が大急ぎでビートチップの大量生産に着手する。
そのかたわらでアルブレヒト公が俺に申し出た。

「これは公国経済の一大事。貴殿とはもう少し話を詰めねばならぬな」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

信長の秘書

たも吉
歴史・時代
右筆(ゆうひつ)。 それは、武家の秘書役を行う文官のことである。 文章の代筆が本来の職務であったが、時代が進むにつれて公文書や記録の作成などを行い、事務官僚としての役目を担うようになった。 この物語は、とある男が武家に右筆として仕官し、無自覚に主家を動かし、戦国乱世を生き抜く物語である。 などと格好つけてしまいましたが、実際はただのゆる~いお話です。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

麒麟児の夢

夢酔藤山
歴史・時代
南近江に生まれた少年の出来のよさ、一族は麒麟児と囃し将来を期待した。 その一族・蒲生氏。 六角氏のもとで過ごすなか、天下の流れを機敏に察知していた。やがて織田信長が台頭し、六角氏は逃亡、蒲生氏は信長に降伏する。人質として差し出された麒麟児こと蒲生鶴千代(のちの氏郷)のただならぬ才を見抜いた信長は、これを小姓とし元服させ娘婿とした。信長ほどの国際人はいない。その下で国際感覚を研ぎ澄ませていく氏郷。器量を磨き己の頭の中を理解する氏郷を信長は寵愛した。その壮大なる海の彼方への夢は、本能寺の謀叛で塵と消えた。 天下の後継者・豊臣秀吉は、もっとも信長に似ている氏郷の器量を恐れ、国替や無理を強いた。千利休を中心とした七哲は氏郷の味方となる。彼らは大半がキリシタンであり、氏郷も入信し世界を意識する。 やがて利休切腹、氏郷の容態も危ういものとなる。 氏郷は信長の夢を継げるのか。

処理中です...