33 / 82
033 南大西洋の死闘
しおりを挟む
前書き:
今回の話は漁船に乗った体験を下敷きに構成しています。
スペインの船団は優速を活かしてラ・ドーフィネ号の進路に回り込んで行く手を遮る。
未だ距離が離れているとはいえ、包囲されるのは時間の問題だった。
海上の船は陸の馬車と違ってすぐには曲がれない。
どうしても間が空いてしまう。
何故ならば船は水の上に浮いているからだ。
これが陸上の乗り物とは違う決定的な点となる。
しかも船は舵を切ったのとは逆の方向へと動く。
右に舵を切れば左へ曲がり、左へ舵を切れば右へというふうに。
だから操船には独特のセンスが要求される。
進路を塞がれるのを嫌って、ドーフィネ号の船長は左へ舵を切った。
するとややあってから船はゆっくりと右に曲がりだす。
それを見てスペイン船隊も舵を切るがターンが始まるのはしばらくは先のこととなる。
ルイーズも慣れたとはいえ、戦闘中のためにもどかしさを感じていた。
「これが陸(おか)の上で騎馬ならばもっと機敏に動けるものを……ッ!」
思わず口からつぶやきが漏れる。
「アントワーヌ殿、これが海戦というものです」
ルイーズの漏らした言葉に船長が応えた。
「船は陸の上の乗り物とは動きを含めて全く違います。
舵を切ってもすぐには船は動きません。たとえどれだけ小さな船であっても、です。
ましてや、向こうもこちらも大型船。動きはさらに鈍重となります。
だから付け入るスキは必ずあります。それまでは待つことです」
そう言いながら船長はのほほんと舵輪を回していく。
それは傍から見ていると呑気なもののように見えるかもしれないが、実はまったくそうではない。
今、船長の頭の中はフル回転でシミュレーションが行われていた。
自船の舵をどのタイミングで切るか?
そして切ってからターンが始まるまでのタイムラグは?
さらには敵船隊の船の特性と敵船長の操舵、判断の癖は?
これらの変数を放り込んで、まだ現実とはなっていない、目に見えぬ隙を衝こうとしていた。
無論、これはスペイン船団の側も一緒である。
詰まる所、海戦における勝利とは、知力の限りを尽くした敵との先の読み合いを制することがすべてを決すると言ってもいい。
ここに、陸戦のように士気と練度だけではどうにもならない海戦の難しさがある。
ルイーズは海軍力整備の難しさを改めて思い知らされた。
……叔父上の言うとおりだな。
これがルイーズの思いである。
せめて操船の感覚だけでも知ろうと考えた彼女は船長であるオスカル=カミーユ・フラマリオンの背後に立って舵輪を動かす真似をした。
それに気づいて船長のオスカルは「しっかり学ぶがいい」と心の中でつぶやき微笑む。
そうこうするうちにスペイン船が艦載砲の射程に入った。
「全砲門開け! 一斉射!!」
オスカルの号令でドーフィネ号の砲が火を噴いた。
スペイン船の周囲に水柱が上がり、敵も応射を開始する。
「慌てるな!! 今! 脅威となる敵は一隻!
敵の砲弾はそう簡単には命中しない!
負けずに撃ち返せッ!!」
立ち上る水しぶきがルイーズ達を襲う中、ずぶ濡れになりながらもオスカルは平然と指揮を続ける。
やがて偶然を伴った一発が敵の火薬庫に命中し、轟音を上げた敵船は炎に包まれて沈み始めた。
「船長!」
最初に気付いた副長のアンドレアがオスカルに叫ぶ。
「なんだ!!」
砲声で聴覚がやられた船長のオスカルも負けじと怒鳴り返す。
それほどまでに砲の爆風と音はすさまじい。
「敵船の動きが!」
アンドレアの指さす方向を見てオスカルはにやりとした。
スペイン船の動きがおかしい。心なしか船足が遅くなっている。
もっとはっきり言えば躊躇しているように見えた。
それはそうだろう、所詮は商人兼業の海賊野郎。
戦って略奪して利益を得るのが仕事の海賊が、戦って死ぬのが仕事の海軍軍人に海戦で勝てるわけが無い。
素早い観察を終えて。オスカルが乗組員に号令を出す。
「向こうは海賊兼業の奴隷商人、海戦の素人だ!
敵は怖気づいて船足を落としたぞ!!
このまま包囲を抜ける! フランス海軍魂を見せてやれ!!」
「応ッ!!」
号令に応えて乗組員が動き出す。
それを見ながらルイーズは一人考えた。
……一応、この船と乗員は海軍から転籍してるんだけどなぁ。
ともあれ、こんなひと悶着があったものの、オスカル=カミーユ・フラマリオン船長が指揮するフランス海軍除籍艦、ラ・ドーフィネ号は喜望峰を抜けてインド洋へと入っていった。
この世界における歴史の異物である元異世界勇者安倍太郎とアントワーヌ・レグノウこと公爵令嬢、ルイーズ・ド・モンモランシーが出逢うのはそう遠くない日のことかもしれない……?
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「……なんだ、これは! 美味いっ!!」
氏真に塩を舐めさせたらこの反応だった。
あらかじめ呼びつけておいた今川家お抱えの鍛冶師にも塩を舐めさせたが、
呼び出された時にはなんで自分が呼び出されたのか分からなかったようだ。
何故俺が、鍛冶師を呼ぶよう氏真に頼んだのかというと、
鍛冶師は鍛冶仕事だけじゃなく塩のソムリエでもあるからだ。
鍛冶仕事は一日中火のそばで作業をするから汗を掻きつつ仕事をしている。
そんな彼らの手元にあるのはひと山の塩だ。
発汗によって失われた塩分を補うために鍛冶屋は仕事の合間合間に塩を舐める。
そんな時に彼らは塩からどんな味を感じるだろうか?
しょっぱい?
塩辛い?
いいや、甘いと感じるのだ。
人によっては塩なのに砂糖のように甘いという意見すらある。
それほどまでに鍛冶師という職は塩と密接に関わっているから、塩にはうるさい。
まさに、塩グルメ、塩ソムリエ。
そんな舌の肥えた彼らはこの塩をどう感じるだろうか……?
そんなことを考えながら俺は鍛冶師の前に塩を差し出した。
男はおもむろに塩を嘗める。
一拍おいて鍛冶師は叫んだ!!
「美味いっ! 旨すぎるっ!! これぞまさに神代の味ィィッッ!!!」
思った通りの成果である。
今回の話は漁船に乗った体験を下敷きに構成しています。
スペインの船団は優速を活かしてラ・ドーフィネ号の進路に回り込んで行く手を遮る。
未だ距離が離れているとはいえ、包囲されるのは時間の問題だった。
海上の船は陸の馬車と違ってすぐには曲がれない。
どうしても間が空いてしまう。
何故ならば船は水の上に浮いているからだ。
これが陸上の乗り物とは違う決定的な点となる。
しかも船は舵を切ったのとは逆の方向へと動く。
右に舵を切れば左へ曲がり、左へ舵を切れば右へというふうに。
だから操船には独特のセンスが要求される。
進路を塞がれるのを嫌って、ドーフィネ号の船長は左へ舵を切った。
するとややあってから船はゆっくりと右に曲がりだす。
それを見てスペイン船隊も舵を切るがターンが始まるのはしばらくは先のこととなる。
ルイーズも慣れたとはいえ、戦闘中のためにもどかしさを感じていた。
「これが陸(おか)の上で騎馬ならばもっと機敏に動けるものを……ッ!」
思わず口からつぶやきが漏れる。
「アントワーヌ殿、これが海戦というものです」
ルイーズの漏らした言葉に船長が応えた。
「船は陸の上の乗り物とは動きを含めて全く違います。
舵を切ってもすぐには船は動きません。たとえどれだけ小さな船であっても、です。
ましてや、向こうもこちらも大型船。動きはさらに鈍重となります。
だから付け入るスキは必ずあります。それまでは待つことです」
そう言いながら船長はのほほんと舵輪を回していく。
それは傍から見ていると呑気なもののように見えるかもしれないが、実はまったくそうではない。
今、船長の頭の中はフル回転でシミュレーションが行われていた。
自船の舵をどのタイミングで切るか?
そして切ってからターンが始まるまでのタイムラグは?
さらには敵船隊の船の特性と敵船長の操舵、判断の癖は?
これらの変数を放り込んで、まだ現実とはなっていない、目に見えぬ隙を衝こうとしていた。
無論、これはスペイン船団の側も一緒である。
詰まる所、海戦における勝利とは、知力の限りを尽くした敵との先の読み合いを制することがすべてを決すると言ってもいい。
ここに、陸戦のように士気と練度だけではどうにもならない海戦の難しさがある。
ルイーズは海軍力整備の難しさを改めて思い知らされた。
……叔父上の言うとおりだな。
これがルイーズの思いである。
せめて操船の感覚だけでも知ろうと考えた彼女は船長であるオスカル=カミーユ・フラマリオンの背後に立って舵輪を動かす真似をした。
それに気づいて船長のオスカルは「しっかり学ぶがいい」と心の中でつぶやき微笑む。
そうこうするうちにスペイン船が艦載砲の射程に入った。
「全砲門開け! 一斉射!!」
オスカルの号令でドーフィネ号の砲が火を噴いた。
スペイン船の周囲に水柱が上がり、敵も応射を開始する。
「慌てるな!! 今! 脅威となる敵は一隻!
敵の砲弾はそう簡単には命中しない!
負けずに撃ち返せッ!!」
立ち上る水しぶきがルイーズ達を襲う中、ずぶ濡れになりながらもオスカルは平然と指揮を続ける。
やがて偶然を伴った一発が敵の火薬庫に命中し、轟音を上げた敵船は炎に包まれて沈み始めた。
「船長!」
最初に気付いた副長のアンドレアがオスカルに叫ぶ。
「なんだ!!」
砲声で聴覚がやられた船長のオスカルも負けじと怒鳴り返す。
それほどまでに砲の爆風と音はすさまじい。
「敵船の動きが!」
アンドレアの指さす方向を見てオスカルはにやりとした。
スペイン船の動きがおかしい。心なしか船足が遅くなっている。
もっとはっきり言えば躊躇しているように見えた。
それはそうだろう、所詮は商人兼業の海賊野郎。
戦って略奪して利益を得るのが仕事の海賊が、戦って死ぬのが仕事の海軍軍人に海戦で勝てるわけが無い。
素早い観察を終えて。オスカルが乗組員に号令を出す。
「向こうは海賊兼業の奴隷商人、海戦の素人だ!
敵は怖気づいて船足を落としたぞ!!
このまま包囲を抜ける! フランス海軍魂を見せてやれ!!」
「応ッ!!」
号令に応えて乗組員が動き出す。
それを見ながらルイーズは一人考えた。
……一応、この船と乗員は海軍から転籍してるんだけどなぁ。
ともあれ、こんなひと悶着があったものの、オスカル=カミーユ・フラマリオン船長が指揮するフランス海軍除籍艦、ラ・ドーフィネ号は喜望峰を抜けてインド洋へと入っていった。
この世界における歴史の異物である元異世界勇者安倍太郎とアントワーヌ・レグノウこと公爵令嬢、ルイーズ・ド・モンモランシーが出逢うのはそう遠くない日のことかもしれない……?
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「……なんだ、これは! 美味いっ!!」
氏真に塩を舐めさせたらこの反応だった。
あらかじめ呼びつけておいた今川家お抱えの鍛冶師にも塩を舐めさせたが、
呼び出された時にはなんで自分が呼び出されたのか分からなかったようだ。
何故俺が、鍛冶師を呼ぶよう氏真に頼んだのかというと、
鍛冶師は鍛冶仕事だけじゃなく塩のソムリエでもあるからだ。
鍛冶仕事は一日中火のそばで作業をするから汗を掻きつつ仕事をしている。
そんな彼らの手元にあるのはひと山の塩だ。
発汗によって失われた塩分を補うために鍛冶屋は仕事の合間合間に塩を舐める。
そんな時に彼らは塩からどんな味を感じるだろうか?
しょっぱい?
塩辛い?
いいや、甘いと感じるのだ。
人によっては塩なのに砂糖のように甘いという意見すらある。
それほどまでに鍛冶師という職は塩と密接に関わっているから、塩にはうるさい。
まさに、塩グルメ、塩ソムリエ。
そんな舌の肥えた彼らはこの塩をどう感じるだろうか……?
そんなことを考えながら俺は鍛冶師の前に塩を差し出した。
男はおもむろに塩を嘗める。
一拍おいて鍛冶師は叫んだ!!
「美味いっ! 旨すぎるっ!! これぞまさに神代の味ィィッッ!!!」
思った通りの成果である。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる