異世界勇者の信長いじり~~ゾンビがあふれた世界になるのを防ぐために信長の足を引っ張ります

上梓あき

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023 ルイーズ・ド・モンモランシー

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「アンジェリカ、俺はこれから春日山まで行ってくる。
 すぐ戻るからお前は甲府で待っていろ」

「……断る」

お市に居残りを頼んだら断られた。
さっさとひとっ走りしてきて用件を済ませたいと思ったのだが……

「約定を違えるつもりか?」

軽く睨みながらお市が俺を詰る。

「どういうことだ?」

「お前の背後を狙っても良いと言ったのはどこの誰だ?」

「ああ、そうだったな」

お市に言われて俺も思い出した。
色々あったとはいえ、仇に狙われる側の態度としては配慮が足りなかったと思ったから素直に謝る。

「では、いくか」

「おい、何のつもりだッ!」

抱え上げるとお市が騒ぐ。

「いいからお前の両脚を俺の腰に回してきつく締め付けろ。
 腕は俺の首に回してしっかりと抱え込めよ……では走るぞ」

お市の背中と尻に両腕をまわしてがっちりと体勢を固めると俺は勢いよく走り出した。
そう、いわゆる駅弁売りの体勢である。
ダッシュで走り出すと景色があっという間に流れ、過ぎ去っていく。

「ああああああああああ!」

大声を出して耳元で叫ぶお市が五月蠅い。

「おいっ! なんだこれは!? どうして馬よりも早いのだ?!」

流れ去る景色の速さに狼狽してお市がわめく。
俺は呆れ気味だ。

「だから、言っただろ? 甲府に残って待ってろって」

「そんな、早い。早すぎるッ!
 お前が走るたびに私の腰がお前の腰に当たってドンドン響くぅッ!!」

訳の分からないことを口走って叫ぶお市を無視して俺はさらにスピードを上げた。

「ひぎいぃぃッ!!」

お市の涙が地面と平行になって流れていった。


「ふぅ……」

汗まみれのお市が溜息をついた。
湯けむりの向こうにお市が見える。
ここは赤倉温泉、春日山とは目と鼻の先だ。
俺は手でお湯を掬うと自分の両肩にかける。

「あ~、いい湯だ」

鼻歌が漏れた。
それを聞いてお市が変な歌だなと独語する。
伝統的に日本人は男女混浴だったから、湯けむりの向こうに俺が居てもお市は気にしていないようである。
とはいえ、お市は剣は手元において俺に対する警戒を怠ってはいない。

「まさかこんなに早いとは思わなかった……」

お市の口から漏れる溜息。
ややあってから、お市が俺に問い掛ける。

「……なぁ。お前ひとりで日ノ本を好き勝手にできるのではないのか?」

探るような視線で俺を覗き込んだお市は警戒心の向こう側に密かな疑問を湛えていた。

「ふ……愚問だな」

「何……?」

気分を害したのか軽くねめつけるお市に俺は肩をすくめる。

「歴史は一人では作れないものさ。
 仮に俺一人がどれだけ暴れ回ったとしても、歴史の修正力が働いて本筋は変わらない。
 歴史を作り、動かすのは人々であって単なる個人ではない」

こん正男まさおのおっさんが言っていたっけ――

「太郎くん。歴史の修正力ってなんだと思う?」

正男まさおのおっさんの問い掛けに俺は首を振って「わからない」と答えた。

「タイムトラベルもののフィクションなんかでは何か得体のしれないオカルトパワーか何かのように扱われているけれども、ボクはそうじゃないと思うんだ。
 歴史の修正力っていうのはもっともっとはっきりとした物理的なものであるはず。
 国土の地形や地勢、気候や風土なんかによって、或る土地に対しては或る方向性というものが働くんだと思う。
 だからそういう物理的な基礎条件を覆すことができれば別方向に歴史の修正力が働くんじゃないのかな?」

こう言って正男まさおのおっさんは笑っていたっけ……

「だから太郎くん。
 タイムトラベルなんかしなくても、今、現在のこの時においても歴史の修正力は常に働いているんだよ。
 忘れないで欲しい。歴史はボク達勇者ではなく、その国の人々が作り出すものなんだ」



「まぁ、そういうわけで俺がどれだけ暴れても歴史にはならない。
 日ノ本の歴史は日ノ本に住まう人々の手で作り上げられるものだ。
 そこに俺個人のチート能力が入り込む余地は一切無い」

「――だから俺は人に働きかけているんだ」



翌朝、お市を駅弁売りの体勢で抱えた俺はひとっ走りして春日山城下に入った。
町の様子を観察しつつ城に向かい、俺は門番に書状を渡す。
それを読んで今川からの使いと知ると、俺達は中へ通された。


「おお、早速来たか」

書き物をしていた長尾景虎が文机から顔を上げて言う。

「いえ、盟約の精神に従ったまでにございます」

「……精神とは聞かぬ言葉だな? いや、まあいい。それでどのようなことであろうかの」

精神と言われて一瞬、怪訝な表情を見せた景虎だったが、すぐに本題に戻した。

「はい。今回は塩水選についてとなります」

「して、それはどのようなものであろうか?」

俺は塩水選についてのあらましを景虎に伝えつつ書状を手渡す。
説明を聞きながら景虎はものすごい勢いで書状を読み進めていった。

「なるほど、そうなると塩が今までよりも入り用になるな」

「左様に御座います。
 そして、この塩水選の技は武田家にも伝授済となっておりまする」

「と、なれば、武田、否、甲斐信濃の山国はますます塩が足りなくなる。
 食べることのみならず野良仕事にまで使わねばならぬとなると……」

景虎が黙り込んだ。

「越後駿河遠江の三州から安く塩を入れてやらねば民は苦しむことで御座いましょう」

「それはいかんな。
 他国とはいえ同じ日ノ本の民が困窮するなどあってはならぬ」

冗談でもなんでもない真剣な表情で景虎が言う。

「三州より塩を入れ、甲斐信濃の産物を買い入れて堺博多で売れば利が出ましょう。
 そうなればもういくさどころではなくなります。
 これぞ長尾武田今川三方一両得となりますれば」

「あはははっ」

長尾景虎が笑う。
それは実にすっきりとした笑いだった。

「貴殿は実に面白いことを言う。
 気に入った。
 今日はこれまでだ。また好きな時に来るがいい」

退出を勧められた俺は景虎の前を去る。
去り際に長尾景虎がボソッとつぶやいた。

「次に来る時を楽しみにしているぞ、毘沙門天どの」

……バレテーラ。



♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


ルイーズ・ド・モンモランシ―は旧教派貴族の公爵家六女として生まれた。
兄と姉ばかりの兄弟姉妹のうちで弟妹にあたる者は末っ子七女のマドレーヌのみという、或る意味恵まれた境涯の下で幼少期を過ごしている。
しかし彼女の特筆すべき点はその腕白さと剛力にあった。
何しろ十代半ばになるかならないかという時分にエルサレムへ旅して聖墳墓騎士団に加入するほどである。
このように行動力に溢れているせいか、
叔母マリー・ルイーズの息子、ユグノーの闘将ガスパール・ド・コリニーとは気が合い、
その影響を受けた彼女は密かにユグノー=カルヴァン派へ改宗して家名を捨てた。
それ以来、彼女はルイーズ・ド・モンモランシ―ではなくアントワーヌ・レグノウで通している。

その彼女はユグノーの「兄弟姉妹」と共にすぐに旅立った。
コリニー提督の邸を出るとすぐさま仲間を呼び集めて動き出す彼女の行動は素早い。
蛇行するセーヌの流れを川船で下り一路ルアーブルへ。


「これが私達の船……」

ルアーブルの港で待っていたユグノー派の案内人に伴われて向かった先には一隻のキャラックが鎮座していた。
ラ・ドーフィネ号と呼ばれたその船はルアーブルのロイヤルドックヤードで築造された、進水より四十二年を経た貫禄のある老嬢である。
フランス王太子妃の称号を船名に贈られた彼女の経歴において特筆すべきは、進水から五年後の航海で北米東海岸の探検に従事したことで、それがために彼女は後の歴史に名を残すこととなった。

そしてその中古船がアントワーヌ達の目の前に佇んでいる。

「出港の準備は出来ております」

案内人から積み荷目録がアントワーヌに手渡されると彼女はそれをぱらぱらとめくり確かめた。

「積み荷は分かったが、ロンドンへ向かえとは?」

アントワーヌは怪訝な顔で案内人に訊く。

「ロンドンの川港に居る役人に『W・Sからの荷を受けに来た』と告げてください。それで話が通ります」

「……スポンサーか」

すぐに気づいてアントワーヌが問うと案内人は意味ありげに笑った。

「そこから先は貴女様の才覚次第との提督閣下からの御伝言で御座います」

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