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011 今川家女騎士団誕生
しおりを挟む前書き:
戦国時代の足軽のうち1/3が女兵士だったという当時の戦死者の遺骨調査の結果があります。
「そうか。氏真がのう……」
上座に座る義元のおっさんが感慨深げに述懐する。
「これであとは氏真による人心の掌握とおっさんから氏真への裁量権の移行だな」
「そうよの……」
言葉尻を濁した義元のおっさんに不穏なものを感じた俺は念のために釘を刺した。
「家中引き締めのために誰かに詰め腹を切らせるとか、粛清とかはやめておけよ?
そんなことをしても良い状態で居るのは一時的なものだからな?
あとで反動が来たら、氏真にとっては始末に負えない事態になるぞ」
「あ、ああ……」
俺の言葉を聞いて義元のおっさんはあからさまに挙動不審になった。
「おい。まさか……?!」
問い詰める俺の声にしどろもどろとなったおっさんが辛うじて声を出す。
「ま、まだ、何もしていないぞ。山口教継などを呼んだだけだ」
「やる気満々じゃねぇか!? やるなよ! いいか、絶対にやるなよ!! これは振りじゃねぇからな!!」
俺の制止に義元のおっさんは幾度も首を縦に振った。
粛清と内ゲバがなければ、今川の凋落は防げるはずだからな。
「だが、粛清をやらないのであれば、それに代わる「何か」は必要か……」
そう言って俺もちょっとは考えてみた。
代替わりは新時代の到来を予感させるものだ。
何かを変えてみるのも悪くはない。
「なぁ、義元のおっさん。名を変えてみないか?」
「名を?」
怪訝そうな顔でおっさんは聞き返してきた。
「駿府を静岡。曳馬を浜松に変えてみるのはどうだ?
その上でおっさんから氏真への実権の移行を戴冠式として目にみえる形で見せるんだ」
「ううむ。浜の松で松平か……よかろう、それならばカネを使わずにできるな」
義元のおっさんに氏真を交えた協議の結果、氏真の戴冠式は農閑期に入った大安吉日を選ぶこととされる。
また、それに先立って駿府と曳馬をそれぞれ静岡と浜松に改名することになった。
そんなわけで俺も四か月ほどは暇となるので、内政のネタを仕込むことにする。
「硝石を作るとな?」
「ああ、できる。
幾らかは汚れ仕事だが、うまく回れば百姓衆の稼ぎにもなって一石二鳥だ」
俺の話を聞いて義元のおっさんが疑わし気な顔になる。
「買わずに済むのなら安いものだが……」
「鉄砲は数を揃えないと意味がない上に、数があると保有する玉薬も多くなければならない。
自前で硝石を作れるか作れないかで鉄砲の運用は大きく違ってくる。 おっさんを追い詰めた信長は津島、熱田のカネの力で数を揃えてくるだろうな」
俺が織田信長の名を出すと義元のおっさんはすぐに反応した。
信長にハメられて死にかけたのだから当然のことだろう。
「そんなことで本当に硝石が作れるのか?」
「作れる。というか、今までに何度も作ったからな」
そういうわけで駿府改め静岡周辺の農村を氏真と共に回っては硝石づくりをお願いして回った。
「……太郎の話を聞いても未だに信じられん。屎と尿から火縄の硝石ができるなど」
「俺も実際にやるまでは信じられなかったがな」
氏真が思案顔で話す。俺もそれに相槌を打った。
俺が小学六年生の時にゾンビの攻撃で地球の人類社会は崩壊したので、それ以後の教育は異世界召喚されたラビア王国の王都で受けたものだけだ。
その教育の中で宮廷詰めの錬金術師が黒色火薬などの製造法を教えてくれたものが経験として残っているからそれを使う。
「硝石が取れるのは五年後か……待ち遠しいな」
待ちきれないといった様子で氏真が吐息を吐く。
硝石丘が作られるのを氏真と共に見ながらそんなことを言い合っていると城からの使い番が騎馬でやってきた。
「殿のお言いつけ通り、城に女足軽どもを集めてあります」
「大儀。では太郎、城に戻るとするか」
駿府から名を変えた静岡の町は御祝儀相場で賑わっていた。
改元と同じで新しく変わったと思えば、それに伴って気分も一新する。
氏真はじめ俺達三騎は活気あふれる城下を目にしつつ城門をくぐった。
「殿、皆を練兵場で待たせております」
氏真付きの小姓が駆け寄ってきて下馬を手伝いつつ告げる。
俺達は氏真を先頭に練兵場へ向かった。
「おおぅ」と小姓の誰かが息を呑んだ。
練兵場に居るのは女、女、女……足軽の戰装束に身を包み、槍を持った十代から二十代までの若い女が三百人ほど固まっているのに気圧されたらしい。
足軽の女兵士たちは或る程度面識の有る者同士で寄り固まって話し込んでいた。
その中で割と長身で鋭い目つきの若い女武者が氏真を見るなり近付いて来る。
「井伊谷の次郎法師、殿の命により手勢のうちより女の足軽を引き連れて参上仕りました」
頭も下げずにじっと見つめる次郎法師に氏真が鷹揚に礼を返すと、それを見ていた女足軽達がさっと地面に膝をつく。
それを見て氏真は満足げに頷くと、俺に話せと目線を向けた。
「皆の者、大儀である。此度、今川家では女だけの新しい隊を編成することになった。
ついてはそのための選抜と調練を行いたい」
説明を聞いて女たちは怪訝そうな顔で俺を見た。
何か変なことをさせられるとでも思ったのだろうか? ……例えば喜び組とか。
そんな女たちの疑問を代表して井伊谷の次郎法師が手を挙げる。
「貴殿……」
「安倍太郎だ」
「では安倍殿、今川家は女だけを集めて何をしようというので?」
「うむ。貴殿らには馬に乗ってもらおうと思っている。
馬に乗るのならば身の軽い女の方が向いているからな」
これには次郎法師も驚いたようで、びっくりした目で俺を見た。
「貴殿の申しようは分かりましたが、女は男よりも身が軽いゆえ、馬上からの重い一撃を放てないのでは?」
生まれ持っての素養なのだろう、次郎法師は女を騎兵とすることのデメリットすぐに見抜いて問い掛ける。
「……だからこれを使う。鉄砲ならば威力は充分であろう」
背後から布に包んでおいた鉄砲を取り出して見せる。
種子島タイプではなく銃床が付いた肩付けして撃つやつだ。
しかも二連なので二発撃てる。
俺が手にしたラビア王国製の火縄銃をまじまじと見つめて次郎法師は吟味した。
「これを手にした我らに騎馬で敵勢の横腹を衝かせる……
そして突き抜けたあと、離れたところで玉薬を籠め直して再び騎馬で敵の脇腹を突き破る、と」
「そういうことだ」
俺の答えを聞いて、次郎法師は試すように今一度問う。
「では、敵の陣が厚く、突き抜けられず敵中に留まることになったら如何する?」
「そういう状況も想定して、銃にはこれを着ける」
そう言って俺が取り出したのは銃剣――バヨネットだ。
銃の先端に着剣して銃剣で突いたり薙ぎ払ったりの動作を繰り返してみせると次郎法師はなるほどと頷いた。
「種子島を槍代わりにしながら玉薬を籠める時を稼ぐ、か」
「そうだ、しかる後、制圧射撃を以って敵中を突破する」
俺の話を聞いて次郎法師は納得したようだ。
後ろにいる女足軽達も無茶なことはさせられないと分かってほっとした表情をしている。
「どうだ、納得がいったか」
俺の問いに次郎法師は頭を下げて「承知」と答えた。
集まった女足軽達に俺は声を掛ける。
「そういうことだ。
新しい部隊に入った者の職位は騎乗資格を持った女騎士となる。
今川家から禄を与えられ別家を立てることも許されるだろう。
どうだ、やらないか?」
「うおおおおおおおおおおおっ」
女足軽達の歓声が爆発した。
参考資料:
「骨が語る日本史」鈴木尚 著(東京大学名誉教授。医学博士。故人)
「戦国の合戦」小和田哲男 著(静岡大学名誉教授。歴史学者、文学博士)
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