微睡みの子どもたち

栗菓子

文字の大きさ
上 下
9 / 19

   運命⑤ 傾城

しおりを挟む
母が死んだ。 呆気ないほど病で亡くなった。国中で随一の権力を誇る父に寵愛された女の死は世の無常を感じさせた。権力は嫉妬と憎悪、侮蔑、嘲笑とありとあらゆる負の面も伴う。
それがあの母をも蝕んたのだろうか?どこかで全てを愚弄していたあの傲慢な母が?
否。母は繊細な面もあった。密かに容色の衰えを恐れていて、父を悦ばすことができなくなることを厭わしく思っていた。
父は一度は没落したこともあり、そのまま潰えるかと思われたが、母と出会った事で運命の変化もあったらしい。詳しくは母も父も私に教えなかった。
上流社会は、表向き、上品でも、裏では露骨な弱肉強食があった。強者が弱者になると攻撃にかかる醜悪な世界。父も豹変する人たちを思い知らされたのだろう。

「誰も信ずるな。信ずるのは己のみ。己の力と運のみよ。」

「はい。ですが・・そこには母も含まれぬのですか?」

父はしばし沈思した。
「あれは・・我が所有物であり、一部でもある。俺のものだからな。よいのだ。あれはお前を生み出した女でもある。」

父は決して愛を言わなかったが、奇妙な所有欲と執着を母に抱いていた。
愛らしいが決して美しくはない。卑しき娼婦であり、教養も品位もない母は、異端であった。
だが奇妙にも、父の寵愛を自然に受け入れていた。
傍目にはなんと生意気な何と傲慢な女にしかみえない者もいただろう。
品位や格式を重んじる婦人や、男性にとっては母は異端であり、排除に向かった者もいた様だ。
愚かな。父の逆鱗を受けた者は、人知れず処分された。

当初、母を侮り、醜い女として処罰しようとした敵対勢力は人知れず消えていった。
今は、表向き、母を侮蔑する者はいなかった。特に父によく似た長男は人一倍優れていて、家に貢献した。
母は四人の父によく似た子どもたちを孕み、いずれも父によく似て忠誠を誓う者ばかりだった。
末子のわたくしは女であり姫と言われた。
幸運にもわたくしは容色にも長け父譲りの帝王学を幼少から嗜み、下劣な謀略や、薄汚い欲望を潰す力を持っていた。
時折、母譲りの淫蕩性が出たが、わたくしは母より老成していた故、気に入ったものとしかいとまなかった。気に入った者もわたくしを喜んで受け入れてくれた。
これは醜悪な世界に生きるわたくしのような女にとっては、幸運なことだ。
母はそれだけはわたくしを羨望していた。
「いいなあ。オレアナは・・俺だってお父様に出会う前は、嫌な奴ともやっていたのに・・。
嗚呼・・どうしてあいつはもっと早く俺に出会わなかったんだろう。俺の大事な身体が今となって
は惜しいよ。」
母の筋違いな父への恨みにわたくしは苦笑せざるを得なかった。
何と愚かな子どものような女よ。教養も品位もないのに、何故か父を魅了し、今だに離さない奇妙な女。
これが、父の好みだったのか?否。そうではあるまい。若き父は、聡明で麗しき女達を愛する傾向にあった。かつての父を知る者達は、余りの変貌に呆然となるしかなかった。

やはり、かつて寵愛した二人の裏切りによって父の精神は変容したのだ。
それを思うと、母は、わたくしを生みだした者として敬意も払っていたが、それ以上に父の裏切られた愛に心痛み、複雑な気持ちにかられた。

わたくしは父を母以上に慕っているらしい。
母もそれを悟っていたが、海のような広い心でわたくしへの偽りなき愛を捧げた。
そして、父への揺るぎない愛もまた確かであった。
わたくしはこの奇妙な女を家族として、母として受け入れていた。

母の死はわたくしにも大きな痛手を負ったが、自尊心がわたくしの悲嘆をさらけ出せなかった。
父は何も感じていないようだった。

「あれは死んだのか・・呆気ないものよ・・。」
父はかすかに落胆したように肩を落とした。

母は年老いるにつれて下衆な好奇心に満ちた社交界を疎み、父と館に閉じこもる傾向になっていた。若きころは傲慢で、根拠なき自信に満ちた虚栄心に溢れる女だったらしい。
わたくしは、実際に見る母との余りとの食い違いに思わず尋ねたものだった。

「一体どれが母上なのですか?」

「ああ・・どれも俺だよ。俺はその場に応じて、役者の様に振舞えるんだ。あいつが望んだらあいつが言ったような女になるんだ。俺はあいつのための役者であり、道化でもあったんだ。
まあ、惚れた弱みさ。あいつが望む女であり続けるんだ。俺は、滑稽だろ。」

無邪気にてらいもなく父への深い愛を話す母にわたくしは子として赤面せずにはいられなかった。

母が父を愛しているのは疑いはなかった。
では父は?

父の思いはわたくしでさえも計り知れなかった。

 美しき月の華よりも野草の奇妙な花を好む光る君よ

そう揶揄されるほど、父と母の異形の関係は濃厚であった。
父は我関せずといった風情であったが、どこか辟易もしていたようであった。

堕落したかと冷ややかに見下げた者もいれば、気の毒にとどこか同情した者もいたらしい。

父は、煩わそうに、彼らを見て、母を正式に妻にすると言った。

彼らは父の正気を疑ったらしい。だって母は、卑しい身分で娼婦で美しくもなんともない醜女にしかみえなかったからだ。
愛嬌はあっても、それは上流社会では通用しない。精々妾としか居場所はない。

しかし、父は本気だった。母を金銭に困った貴族を、ありあまる金によって養女にさせ、婚姻を成立させたのだ。

そして、問題の子は、呪術者に依頼して、仮腹を創って、母を無理矢理孕ませた。

そのいびつな出産で生まれたのがわたくしたち4人の子等なのです。

嗚呼・・忘れていました。母は男でしたわ。はじめは男娼でしたのよ。まあ如何なる奇縁があってか父を愛し愛され、わたくしたちのような子らを孕むとはなんという因果でしょうかね。

母は、わたくしたちを孕むと女性化が進行して、見かけは女にしか見えなくなったけど、男性的な精神もありましたわ。

嗚呼やはり思っていたよりわたくしはずっと母を愛していたようです。安堵しました。
薄情な娘でなくて良かったですね。

わたくしはいつかは冥府であうことをねがっています。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

イケメン幼馴染に執着されるSub

ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの… 支配されたくない 俺がSubなんかじゃない 逃げたい 愛されたくない  こんなの俺じゃない。 (作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)

拾った駄犬が最高にスパダリ狼だった件

竜也りく
BL
旧題:拾った駄犬が最高にスパダリだった件 あまりにも心地いい春の日。 ちょっと足をのばして湖まで採取に出かけた薬師のラスクは、そこで深手を負った真っ黒ワンコを見つけてしまう。 治療しようと近づいたらめちゃくちゃ威嚇されたのに、ピンチの時にはしっかり助けてくれた真っ黒ワンコは、なぜか家までついてきて…。 受けの前ではついついワンコになってしまう狼獣人と、お人好しな薬師のお話です。 ★不定期:1000字程度の更新。 ★他サイトにも掲載しています。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...