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運命⑤ 傾城
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母が死んだ。 呆気ないほど病で亡くなった。国中で随一の権力を誇る父に寵愛された女の死は世の無常を感じさせた。権力は嫉妬と憎悪、侮蔑、嘲笑とありとあらゆる負の面も伴う。
それがあの母をも蝕んたのだろうか?どこかで全てを愚弄していたあの傲慢な母が?
否。母は繊細な面もあった。密かに容色の衰えを恐れていて、父を悦ばすことができなくなることを厭わしく思っていた。
父は一度は没落したこともあり、そのまま潰えるかと思われたが、母と出会った事で運命の変化もあったらしい。詳しくは母も父も私に教えなかった。
上流社会は、表向き、上品でも、裏では露骨な弱肉強食があった。強者が弱者になると攻撃にかかる醜悪な世界。父も豹変する人たちを思い知らされたのだろう。
「誰も信ずるな。信ずるのは己のみ。己の力と運のみよ。」
「はい。ですが・・そこには母も含まれぬのですか?」
父はしばし沈思した。
「あれは・・我が所有物であり、一部でもある。俺のものだからな。よいのだ。あれはお前を生み出した女でもある。」
父は決して愛を言わなかったが、奇妙な所有欲と執着を母に抱いていた。
愛らしいが決して美しくはない。卑しき娼婦であり、教養も品位もない母は、異端であった。
だが奇妙にも、父の寵愛を自然に受け入れていた。
傍目にはなんと生意気な何と傲慢な女にしかみえない者もいただろう。
品位や格式を重んじる婦人や、男性にとっては母は異端であり、排除に向かった者もいた様だ。
愚かな。父の逆鱗を受けた者は、人知れず処分された。
当初、母を侮り、醜い女として処罰しようとした敵対勢力は人知れず消えていった。
今は、表向き、母を侮蔑する者はいなかった。特に父によく似た長男は人一倍優れていて、家に貢献した。
母は四人の父によく似た子どもたちを孕み、いずれも父によく似て忠誠を誓う者ばかりだった。
末子のわたくしは女であり姫と言われた。
幸運にもわたくしは容色にも長け父譲りの帝王学を幼少から嗜み、下劣な謀略や、薄汚い欲望を潰す力を持っていた。
時折、母譲りの淫蕩性が出たが、わたくしは母より老成していた故、気に入ったものとしかいとまなかった。気に入った者もわたくしを喜んで受け入れてくれた。
これは醜悪な世界に生きるわたくしのような女にとっては、幸運なことだ。
母はそれだけはわたくしを羨望していた。
「いいなあ。オレアナは・・俺だってお父様に出会う前は、嫌な奴ともやっていたのに・・。
嗚呼・・どうしてあいつはもっと早く俺に出会わなかったんだろう。俺の大事な身体が今となって
は惜しいよ。」
母の筋違いな父への恨みにわたくしは苦笑せざるを得なかった。
何と愚かな子どものような女よ。教養も品位もないのに、何故か父を魅了し、今だに離さない奇妙な女。
これが、父の好みだったのか?否。そうではあるまい。若き父は、聡明で麗しき女達を愛する傾向にあった。かつての父を知る者達は、余りの変貌に呆然となるしかなかった。
やはり、かつて寵愛した二人の裏切りによって父の精神は変容したのだ。
それを思うと、母は、わたくしを生みだした者として敬意も払っていたが、それ以上に父の裏切られた愛に心痛み、複雑な気持ちにかられた。
わたくしは父を母以上に慕っているらしい。
母もそれを悟っていたが、海のような広い心でわたくしへの偽りなき愛を捧げた。
そして、父への揺るぎない愛もまた確かであった。
わたくしはこの奇妙な女を家族として、母として受け入れていた。
母の死はわたくしにも大きな痛手を負ったが、自尊心がわたくしの悲嘆をさらけ出せなかった。
父は何も感じていないようだった。
「あれは死んだのか・・呆気ないものよ・・。」
父はかすかに落胆したように肩を落とした。
母は年老いるにつれて下衆な好奇心に満ちた社交界を疎み、父と館に閉じこもる傾向になっていた。若きころは傲慢で、根拠なき自信に満ちた虚栄心に溢れる女だったらしい。
わたくしは、実際に見る母との余りとの食い違いに思わず尋ねたものだった。
「一体どれが母上なのですか?」
「ああ・・どれも俺だよ。俺はその場に応じて、役者の様に振舞えるんだ。あいつが望んだらあいつが言ったような女になるんだ。俺はあいつのための役者であり、道化でもあったんだ。
まあ、惚れた弱みさ。あいつが望む女であり続けるんだ。俺は、滑稽だろ。」
無邪気にてらいもなく父への深い愛を話す母にわたくしは子として赤面せずにはいられなかった。
母が父を愛しているのは疑いはなかった。
では父は?
父の思いはわたくしでさえも計り知れなかった。
美しき月の華よりも野草の奇妙な花を好む光る君よ
そう揶揄されるほど、父と母の異形の関係は濃厚であった。
父は我関せずといった風情であったが、どこか辟易もしていたようであった。
堕落したかと冷ややかに見下げた者もいれば、気の毒にとどこか同情した者もいたらしい。
父は、煩わそうに、彼らを見て、母を正式に妻にすると言った。
彼らは父の正気を疑ったらしい。だって母は、卑しい身分で娼婦で美しくもなんともない醜女にしかみえなかったからだ。
愛嬌はあっても、それは上流社会では通用しない。精々妾としか居場所はない。
しかし、父は本気だった。母を金銭に困った貴族を、ありあまる金によって養女にさせ、婚姻を成立させたのだ。
そして、問題の子は、呪術者に依頼して、仮腹を創って、母を無理矢理孕ませた。
そのいびつな出産で生まれたのがわたくしたち4人の子等なのです。
嗚呼・・忘れていました。母は男でしたわ。はじめは男娼でしたのよ。まあ如何なる奇縁があってか父を愛し愛され、わたくしたちのような子らを孕むとはなんという因果でしょうかね。
母は、わたくしたちを孕むと女性化が進行して、見かけは女にしか見えなくなったけど、男性的な精神もありましたわ。
嗚呼やはり思っていたよりわたくしはずっと母を愛していたようです。安堵しました。
薄情な娘でなくて良かったですね。
わたくしはいつかは冥府であうことをねがっています。
それがあの母をも蝕んたのだろうか?どこかで全てを愚弄していたあの傲慢な母が?
否。母は繊細な面もあった。密かに容色の衰えを恐れていて、父を悦ばすことができなくなることを厭わしく思っていた。
父は一度は没落したこともあり、そのまま潰えるかと思われたが、母と出会った事で運命の変化もあったらしい。詳しくは母も父も私に教えなかった。
上流社会は、表向き、上品でも、裏では露骨な弱肉強食があった。強者が弱者になると攻撃にかかる醜悪な世界。父も豹変する人たちを思い知らされたのだろう。
「誰も信ずるな。信ずるのは己のみ。己の力と運のみよ。」
「はい。ですが・・そこには母も含まれぬのですか?」
父はしばし沈思した。
「あれは・・我が所有物であり、一部でもある。俺のものだからな。よいのだ。あれはお前を生み出した女でもある。」
父は決して愛を言わなかったが、奇妙な所有欲と執着を母に抱いていた。
愛らしいが決して美しくはない。卑しき娼婦であり、教養も品位もない母は、異端であった。
だが奇妙にも、父の寵愛を自然に受け入れていた。
傍目にはなんと生意気な何と傲慢な女にしかみえない者もいただろう。
品位や格式を重んじる婦人や、男性にとっては母は異端であり、排除に向かった者もいた様だ。
愚かな。父の逆鱗を受けた者は、人知れず処分された。
当初、母を侮り、醜い女として処罰しようとした敵対勢力は人知れず消えていった。
今は、表向き、母を侮蔑する者はいなかった。特に父によく似た長男は人一倍優れていて、家に貢献した。
母は四人の父によく似た子どもたちを孕み、いずれも父によく似て忠誠を誓う者ばかりだった。
末子のわたくしは女であり姫と言われた。
幸運にもわたくしは容色にも長け父譲りの帝王学を幼少から嗜み、下劣な謀略や、薄汚い欲望を潰す力を持っていた。
時折、母譲りの淫蕩性が出たが、わたくしは母より老成していた故、気に入ったものとしかいとまなかった。気に入った者もわたくしを喜んで受け入れてくれた。
これは醜悪な世界に生きるわたくしのような女にとっては、幸運なことだ。
母はそれだけはわたくしを羨望していた。
「いいなあ。オレアナは・・俺だってお父様に出会う前は、嫌な奴ともやっていたのに・・。
嗚呼・・どうしてあいつはもっと早く俺に出会わなかったんだろう。俺の大事な身体が今となって
は惜しいよ。」
母の筋違いな父への恨みにわたくしは苦笑せざるを得なかった。
何と愚かな子どものような女よ。教養も品位もないのに、何故か父を魅了し、今だに離さない奇妙な女。
これが、父の好みだったのか?否。そうではあるまい。若き父は、聡明で麗しき女達を愛する傾向にあった。かつての父を知る者達は、余りの変貌に呆然となるしかなかった。
やはり、かつて寵愛した二人の裏切りによって父の精神は変容したのだ。
それを思うと、母は、わたくしを生みだした者として敬意も払っていたが、それ以上に父の裏切られた愛に心痛み、複雑な気持ちにかられた。
わたくしは父を母以上に慕っているらしい。
母もそれを悟っていたが、海のような広い心でわたくしへの偽りなき愛を捧げた。
そして、父への揺るぎない愛もまた確かであった。
わたくしはこの奇妙な女を家族として、母として受け入れていた。
母の死はわたくしにも大きな痛手を負ったが、自尊心がわたくしの悲嘆をさらけ出せなかった。
父は何も感じていないようだった。
「あれは死んだのか・・呆気ないものよ・・。」
父はかすかに落胆したように肩を落とした。
母は年老いるにつれて下衆な好奇心に満ちた社交界を疎み、父と館に閉じこもる傾向になっていた。若きころは傲慢で、根拠なき自信に満ちた虚栄心に溢れる女だったらしい。
わたくしは、実際に見る母との余りとの食い違いに思わず尋ねたものだった。
「一体どれが母上なのですか?」
「ああ・・どれも俺だよ。俺はその場に応じて、役者の様に振舞えるんだ。あいつが望んだらあいつが言ったような女になるんだ。俺はあいつのための役者であり、道化でもあったんだ。
まあ、惚れた弱みさ。あいつが望む女であり続けるんだ。俺は、滑稽だろ。」
無邪気にてらいもなく父への深い愛を話す母にわたくしは子として赤面せずにはいられなかった。
母が父を愛しているのは疑いはなかった。
では父は?
父の思いはわたくしでさえも計り知れなかった。
美しき月の華よりも野草の奇妙な花を好む光る君よ
そう揶揄されるほど、父と母の異形の関係は濃厚であった。
父は我関せずといった風情であったが、どこか辟易もしていたようであった。
堕落したかと冷ややかに見下げた者もいれば、気の毒にとどこか同情した者もいたらしい。
父は、煩わそうに、彼らを見て、母を正式に妻にすると言った。
彼らは父の正気を疑ったらしい。だって母は、卑しい身分で娼婦で美しくもなんともない醜女にしかみえなかったからだ。
愛嬌はあっても、それは上流社会では通用しない。精々妾としか居場所はない。
しかし、父は本気だった。母を金銭に困った貴族を、ありあまる金によって養女にさせ、婚姻を成立させたのだ。
そして、問題の子は、呪術者に依頼して、仮腹を創って、母を無理矢理孕ませた。
そのいびつな出産で生まれたのがわたくしたち4人の子等なのです。
嗚呼・・忘れていました。母は男でしたわ。はじめは男娼でしたのよ。まあ如何なる奇縁があってか父を愛し愛され、わたくしたちのような子らを孕むとはなんという因果でしょうかね。
母は、わたくしたちを孕むと女性化が進行して、見かけは女にしか見えなくなったけど、男性的な精神もありましたわ。
嗚呼やはり思っていたよりわたくしはずっと母を愛していたようです。安堵しました。
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