微睡みの子どもたち

栗菓子

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  運命③ 傾城

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失敗した。失敗した。嗚呼・・上手くあの男から逃れようと思ったのに。

愛嬌のある男娼は我が身を嘆きながらこの窮地をとう逃れようか考えていた。

俺も甘かった。不意に価値がある若い男が現れて何かの罠ではないかと少しは男娼も疑念に思った。

今思えば、確かにあれは偶然だった。男にしては運命であり、男娼にしては悪夢への始まりだった。

男は、とても良い階級の男で交わらぬはずだった。 

しかし、そんな階級でも恋の裏切りや金銭関係の没落はあるようで、男は一時、危険なやつらへの目くらましで
こんなところまで逃げてきたらしい。

端整な顔はぼさぼさと髭で覆われていて、身なりも薄汚れていた。

だが、その美しい澄み切った目が容姿を裏切っていた。 黒みかがった青色が不思議で誘蛾灯につられるように男娼は思わず「可哀相に・・俺が守ってやろうか?」とへらへらといった。

びくりとその男は純粋な目で男娼を見た。あれ?ふと男娼は違和感を覚えたがきのせいだと自分の違和感を消した。

男娼は男を匿い、その見たことのない容姿に見惚れた。 嗚呼これが美しいってことなんだ。

かすかに男娼は男に恋心を覚えた。毛色の違った男。戯れにひと時の恋を仕掛けるのも悪くはない・・。

ぺろりと男娼は舌を舐めて、安っぽい陳腐な誘惑を仕掛けた。

良く殺されなかったな・・。

当時の愚かな自分を振り返って男娼は身震いした。

恋した男の本性を知ってしまった今となっては、あれは本来は男にとっては嫌悪することだったのだ。

男は潔癖な面があり、誘惑する者を処罰する傾向があったのだ。しかし、出あった時、男は弱っていた。愛していたものたちに裏切られ、金銭問題にも追われ、精神崩壊寸前だった。

虚ろで哀れな美しい男・・。

そんな壊れた心に忍び寄る様に、俺が侵入してしまった。俺は彼に恋した。

そんな心が彼にも伝わったのだろう。本能的に彼は俺を求めた。お互いに貪る様な蜜夜が何か月も続いた。

男は、意外にも接吻が好きだった。変なの。普通は男娼なんで嫌悪して性交はしても、接吻をしたがらない奴は多いのに・・嗚呼そういえば接吻をすると魂を奪われるという迷信もこの国にはあった。


そうか。俺はあいつに魂を奪われたんだ。

俺は馬鹿みたいにあいつに心も魂も体も捧げた。初めての恋だった。でも恋は醒める。どこかで醒めた現実も知っていた。

あいつは俺にとって愛おしい人だった。でも住む世界が違うから一緒にはいられない。俺の劣悪さを直視したら後悔するだろう。

俺は、あいつのために客を多くとるようになった。金貨は大事だ。俺は俺にしては大量の金貨をあいつにあげた。

「へへへ。あのさ。俺って売れっ子なんだよ。やるよ。これを元手にしなよ。」

俺はへらへらと気楽にいった。まあちょっと酷い目にもあったけどこれは予想の内だ。

俺は少し、殴られた頬と、縛られた痕を隠して、ぶっきらぼうに金貨を渡した。

男が、じっと俺の隠そうしていた箇所を見ていたことを俺は知らなかった。

数日後、 死体が見つかったと話題になった。

俺はその容姿を聞いてふとあれ?と思った。これって確かあいつじゃないか?少し俺を痛い目にあわせた奴だ。

あいつ・・死んだんだ。ろくでもない奴だったから多分恨みだ。

俺はちょっと気になりながらも忘れた・・。

いや・・無意識に蓋をして忘れたんだ。まさか彼がそんなに俺を思っていたとは・・。

俺はその後、何かもあれ?と思うことはあった。でも忘れた。

俺は、やはり彼を好きだったらしい。違和感は何度もあったけど俺は忘れた。彼が大好きだったから鈍感で愚かな男娼であり続けた。

俺は彼にとって都合の良い男娼であり続けた。

彼の醜い欲を受けいれる人形で、愚かな動物であり続けた。

知らぬうちに俺は彼にとって運命の女になってしまったのだ。

嗚呼・・俺の誤算は彼の秘めた情熱と純粋さだ。

俺はいつのまにか縛られていた。 馴染の客とも、気が合う同僚ともいつのまにか話せないようになっていた。

それが彼の仕業とは分からなかった。

「二度と会うな」

冷ややかな声音に流石に俺は迷った。躊躇いがあった。なんだか怖かったのだ。

居場所を奪われそうで俺は焦った。

「俺・・厭だよ。なんか怖いよ。」

俺は初めて恋人を怖いと思った。

恋人はいつの間にか立ち直っていて、見違えるように立派になっていた。

嗚呼潮時だ・・と俺は思った。

俺は別れを言った。

男は無表情な顔で僅かに微笑んだ。歪んだ笑みだった。

「別れると思うな。淫売。」

そのあとは思い出したくなかった。男は獰猛な気性と激情を併せ持っていた。品の良い顔にあれほどの心をもっていたとは‥人間とは予想がつかない。


やはりと俺は思った。 彼が殺したのだ。俺は彼の所有物としてみなされていた。

所有物を傷つけた罪として、あいつらは殺されたんだ。

男は支配階級として俺を決して対等とは見ていない。それに俺も慣れていて、こういう男ならそういうものだと思っていた。
嗚呼俺は本当に愚かだった。俺が別れを言ってはいけなかったんだ。男が別れたくなるように仕向けなければいけなかったんだ。

俺はやはり馬鹿だ。

俺は手ひどく折檻された。今までが男にとって異常だったんだと思い知らされた。

俺は、骨の髄まで恋した男の所有物となった。

どこかで安堵を覚えていた俺は僅かに自分の狂気に身震いした。

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