ゴミの金継ぎ師

栗菓子

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第11話 再会

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或る女は、嗚呼やはりこんな時が来たか・・と諦念のうちに事の事態や動向を見守っていた。
ここで死ぬことになりそうだ。ふうと深い溜息をついて、慌ただしい館を見ていた。
パニック状態になっている使用人たちが館の中を走り回っていた。何か起きている? まさか反乱?主人が? 彼らは当惑しながらも、正しい情報を得ようとしていた。


何を今更・・。お目出たい人達だねえ。あたしみたいな下女にもきな臭いなあと思っていたのに・・。
本当に鈍感な人たちだね。自分の主人の危うい行動にも気づかないなんでね・・。


どうも本当に、『無価値な者の反乱』という打ち捨てられた人たちの反乱が始まったらしい。

元気な事だ。あたしらはとうに蔑ろにされているのには慣れているのに・・。嗚呼主人は初めての事だったんだ。

なまじ有能で、何でもできて恵まれていたからこの状況に納得いかなかったんだろう。凄いね。我が強いお方だ。

でもそういうお方たちが、歴史を変革させるのかもしれない。あたしたちのような慣れ切った下人はそんなことはしないもの。


若者は元気でいいねえ・・或る女は皺が寄った手を見つめながら、あたしのようなちっぽけな女はここで巻き込まれて死ぬ運命らしい。まあいい。もう疲れた。或る女は、傍観者に徹した。
無機質、無感動に見ていると、いきなり頭上に名前が呼ばれた。

「・・・・さん。何やってるんだ。一刻も早く避難しようよ!」

嗚呼、お節介好きの中年位の侍女だ。 あたしが年老いているからなにくれと面倒みていた。
世間ではこんな人を良い人というんだろうね。

嗚呼、名前は確か花の名前だった。ごめんよ。すぐに忘れるんだ。

その女は異国の血を引いているとわかる容貌だった。 
カタカナ語で名前をいったけど、主人はカタカナ語が嫌いでひらがなで短く、ねいと言われた。
でも本当の名前じゃないね。あたしらの名前は簡単に奪われる。


あたしらはすぐになんでも奪われるね。名前さえも・・もういいと嫌がってねいという侍女の手を拒絶した。

「もういいんだよ。ねいさん。あたしらはここで命を終えるから‥多分死ぬだろうね。巻き添えになって・。」

「何言ってんだよ。冗談じゃないよ。・・さん。命がある限り逃げるんだよ。危険がせまったらそれが生き延びる道なんだよ!それはあんたが前に言ってたことじゃないか!」

眼から鱗が落ちた。嗚呼・・そうだ。あたしがまだ元気だったころ初めて会ったこのねいという数奇な女に、あたしの生きる秘訣を教えたんだった。まさか覚えているなんでね・・。びっくりするよ。


「あたしの旦那になってくれる人が迎えに来ているんだ。避難しようって。ここからちょっと遠いけど温泉があるんだ。そこなら安全だって・・。この機会だよ。こんな酷使する仕事から逃げよう!・・さん。あんたには励まされてあたしは生きようと思ったんだ。今度はこっちが恩返しするばんだ。でなきゃああたしはとっくに死んでた。」


必死の形相で、或る女を気にかけ、逃がそうとする女はこの女だけだろう。

嗚呼・・嬉しさと共に或る女は、わかったと頷いた。これが最後の逃亡だ。

館の裏には、貫禄のある大男が居た。真面目で実直そうな人だ。これがねいさんのいい人なんだ。
大男はそっと、「ねいをありがとう・・。さあ少しでも安全なところへ逃げましょう。」と労ってくれた。

嗚呼・・こんな奴が息子だったらねえ。


或る女はねいと男のお陰で、避難することができた。

今は、ちょっと遠い温泉地で、療養している。 とても効能がある温泉だ。或る女はここにきて、身体や頭がしゃんとするようになった。ボケが少し治ったようだ。

最後のご褒美だね。神様が哀れんで下さったんだ。

或る女は、ねいとともに、温泉の近くにある神社に参った。

感謝を述べるためにだ。まさか人生の最後にこんな動乱と、ゆっくりした時間が過ごせるなんでね。

石段を登り、ゆっくりと礼儀正しく祈った。

神様ありがとうごさいます。嫌なことも辛いこともあったけどもういいです。これで十分です。


或る女はほっと息をついて、後ろを振り向いた。 するとみるみるその顔が驚愕に満ち溢れた。

後ろで家族らしき人と一緒に参ろうとする男の顔に見覚えがあったからだ。幼いころの面影が残っていた。

或る女は信じられない思いで、「・・・ちゃん?」と震えながら弟の名前を呼んだ。

或る男は、老女に名前を呼ばれて誰だ?といぶしかんだ。すると、その声にはっと気づいた。

「 姉さん・・?まさか嘘だろう・・?」
まじまじと姉と弟はお互いの顔をよく見た。嗚呼! 昔の面影が、子どものごろの記憶が一気に蘇った!

まるで神様がひきあわせたようだ! こんなに鮮明に記憶が蘇るなんで!

或る女は姉として記憶を取り戻し、涙を滂沱と流した。 「会いたかったよ。・・ちゃん。」

或る男は。弟として記憶を取り戻し、少し涙交じりになった。

「俺もだよ。姉ちゃん・・。」「生きてたんだな・・良かった・・。」

運命的な姉と弟の再会は、あまりにも神様の計らいにしか見えなかった。

彼らは子どものように喜んで泣きながら笑った。互いに抱きしめあった。


傍らには、或る男の家族が、生き別れの姉に会ったと分かって、もらい泣きしていた。

ねいと大男も、「こんなことってあるんだ・・。」と奇跡を見るように見ていた。

大男は、不意に呟いた。
「いや・・ねい。お前の本当の名前はカタカナでネリネという花の名前だろう。 嗚呼そうか・・その花言葉を調べたんだが、忍耐、箱入り娘、また会う日までと再会の意味も現わしているらしい。お前の真名と、神様が引き合わせたんだよ。」

「えええ!お前さん。まさかあたしの真名にそんな意味が!」

ねいはびっくりした。
嗚呼、正に或る女とあたしの人生を現したような名前だ。あたしたちの人生を彩る花に相応しい。


ねいはネリネに戻り、唯、神様がくれた奇跡の再会を見ていた。


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