ゴミの金継ぎ師

栗菓子

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第4話 嫁の過去

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アクタは、素っ気ないが、甲斐甲斐しく真面目にひたむきに生きている嫁、はるを見て、この女は、貴族じゃないがそれなりの身分で生まれた女じゃないのか?そんな女がどうしてこんな職人の嫁に?

はるのしゃんとした姿と、気立てのいい性格を見て、どこか気品を感じさせるはるに素朴な疑問を抱いた。

世の中、摩訶不思議である。まあ、色々数奇な運命もあるな。現にアクタも予想もしない人生を送ってきたことがある。今は、平穏で慎ましく生きているが、お姫様のことはいつも心の隅にあった。あの天に透けるように消えた彼女が忘れられない。

アクタは、お姫様が好きだった。愛していたと言っても良かった。もし、生きていたら迷わず嫁になってくれと求婚しただろう。だが、既にお姫様は殺されていて、死んで身分も何もかも違うアクタと出会ったのだ。


運命は皮肉なものだとアクタは本当に実感した。

どうも、俺のところに来る女はなにか訳アリが多いなあ。

アクタの素朴な疑問は顔に現れていたらしく、はるは、はっとアクタの思いを察して、目を伏せた。

「旦那様。申し訳ありません。わたしの過去が気になるのですね。わたしは、生粋の農民の女ではありません。
下級ですが、武家の娘として、上の方に護衛として仕えていたこともあります。

ですが・・、仕えていたお嬢様が、下賤な者に誑かされて、お金を貢くようになったのです。 臣下としては、それを諫めずにはいられなかったのですが、恋は目を盲目にさせますね。聞く耳ももたず、あれほど忠実に仕えたわたしを、邪魔な女だ。私の幸福が妬ましいのか。と邪推されて、わたしは煙たかれました。お嬢様の目が覚めることを祈るばかりでしたが‥駄目でした。

そんなうまくいかない日々の中、わたしは襲われました。こう見えても、武芸のたしなみはあったので、未遂でしたが、その下郎たちの一人に見覚えがありました。それはお嬢様が岡惚れなさった男の悪友と呼ばれていた男の顔でした。あの端正だが、どこが目が冷たいところがあり、ぞっとさせる面がある男でした。

わたしはもうたまらず、お嬢様や、お嬢様の両親にその事を訴えました。
ですが、お嬢様は蒼白になるだけで、わたしを非難しました。でもその非難は支離滅裂でわたしも、お嬢様の両親も程々困り果てていました。
お嬢様も薄々騙されていることは分かっていたのでしょう。でもそんな犯罪をしでかすとは思ってもいなかったらしいです。あの方は世間しらずでしたから・・。」

辛辣に、皮肉気にはるは言った。

「まさか・・わたしは、お嬢様の機嫌を損ねるからってその方たちから、一旦、実家へ戻されたのですよ。実質的な解雇です。人生ってわかりませんね。どんなに立派な親と思っていても、愛娘の機嫌を損ねただけで家に戻されました。しかし、既に、兄とその嫁に実家は牛耳られていました。

わたしは、もう何もかも馬鹿馬鹿しくなりました。わたしを本当に思ってくれたのは父だけでした。

実は、私の背中や胸には傷跡があるのです。今はあまり目立たないですが、このせいで良い縁談は来ず、わたしはもう自棄できまぐれに旦那様の嫁になると決めました。 
アクタ様の数奇な人生は有名ですよ。冤罪や、犯人発覚や、無実が明らかになって晴れて、職人人生を再起できたことはわたしもまあとなんだか嬉しくなりまして、アクタ様の嫁になりたい気持ちもあったのです。

ですが・・人生上手くいきませんね。閨でもなかなか相性は悪いし・・合わないし、アクタ様も心に思い人がいるようですね。わたしが愚かだったのですよ。ちゃんと考えて、嫁げばよかった・・。アクタ様には申し訳ない事をしました。」


はるは深く頭を下げた。
はるの思いもよらず、数奇な人生の顛末を聞かされて、アクタはそうか・・と思わずにはいられなかった。

「気づいていたんだな。はる・・。ごめんな。お前がちゃんと相応しい相手があらわれたら別れても良いぞ・・。」

それなりの情は、お互いに芽生えている自覚はあった。

「アクタ様・・申し訳ありません。今度、ちゃんと実家に帰って、もう一度父と話しあってみます・・。」

はるは深々と頭を下げた。本当にちゃんとした立派な女だ。気丈な性格だ。そんなはるにも自棄になるときがあるのだ。

人生って色々あるんだなあと深くアクタは溜息をついた。


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