ゴミの金継ぎ師

栗菓子

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第37話 アクタの願いは叶う

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お姫様の仇を討ってから、アクタはなんだか気分爽快だった。

お姫様の心の見えない傷も、修復されている。 綺麗な金と銀や海の蒼や赤に彩られた光り輝く心になっている。

アクタにはそれが解った。 アクタはまるで難解な仕事をこなしたような気分だった。


アクタは藍とソラやお姫様や盗賊団の子どもなどの仇を討ってもう何もかもどうでもよくなっていた。

最後は、アクタを陥れた貴族とそれを殺した犯人だけだったが、アクタはなんだか自分の事は何もかも面倒くさかった。

あれはもう終わったことにしたいと思った。

加護の力が強力ならば、とっとと、もう興味ないが貴族と犯人や、追放した奴らの罪が明るみになってほしいと願った。


勝手に自滅して、勝手に滅んでほしいのだ。


アクタは強く願った。 祈った。 大切なお姫様、おかっぱの幼女神や、藍とソラ こんな仲間たちとずっと一緒に旅を続けたいのだ。これ以上血なまぐさい事はしたくない。


アクタは、一介の職人だった。急に復讐人を気取っても、素人がやっているだけだ。
少し疲れたのだ。


追放される時お世話になった婆の家だけは訪れよう。 その息子や娘などにはお世話になったと感謝して、なにか高価なものを贈ろうとアクタはそう思った。



この度はいつまで続けられるのだろうかとアクタは少し不安になったりもした。

この旅はアクタにとって波乱万丈で、未知と驚きに満ちた旅だった。


最終的にたどり着くところはどこだろう。アクタは不安に駆られて、お姫様や幼女神に尋ねたこともある。

幼女神はからからと笑って、『アクタがここに住みたいと思ったところがその終着地じゃろう。』

と単純に応えた。アクタの心の赴くままに旅をするしかないのだ。それは不安と自由を伴うが、アクタ自身が決める事だ。


お姫様もそうですよと優しく頷いてアクタ様の思うままにあれと女神のように告げた。



アクタは迷いながらも自分で決めて旅をつづけた。

むろん「ゴミの金継き師」としての仕事は忘れず、時折、注文を受けながら依頼を果たして小銭をもらったりもした。



アクタは知らないうちに、旅をしている間、とても名人の職人がいると周辺に噂が流れた。

なんでもゴミでも美しく直す金継ぎ師として有名になりつつあった。


アクタの願いと祈りは知らないうちに叶っていった。

丁度そのごろ、婆の裏の世界の人たちが調査をして、真相がわかった。

と或る貴族が誤ってとても高価な壺を壊したのだ。

ものすごい壊れようで、欠片と砂しか残らないほど原型を留めていなかった。

その壺はとても偉い方から戦に貢献した褒美として贈られた貴族の家の宝だった。

これがばれたら、その貴族の若者は厳しい処分を受けるだろう。命より大事な壺だ。

父にばれたら殺されると貴族の若者は確信した。

藁を掴む思いで、追い詰められた獣のように、血走った目でアクタという名職人に治してくれるように依頼した。
しかし、丁重ではあったが、アクタは先に仕事がいっぱいあるからと断った。

それは貴族の若者にとって死刑を宣告されたも同様であった。

若者は、名職人とはいえ、平民如きに侮られた、拒絶されたと逆上し、己の命の危機もあり、アクタに身勝手にも殺意を抱いた。


逆上した若者は思わずアクタの利き腕を職人としての命ともいえる腕を潰して思い知らせようと理不尽な蛮行にかられた。

アクタが呻きながら地に倒れた時はざまあみろと歪んた笑いをして溜飲が下がったものだ。しかしだんだんアクタを傷つけても何もならない。事態はますます悪化していると悟り、蒼白になった貴族の若者は、慌てて他の職人を探した。

アクタより腕は劣るが、大金で仕事をさせた。
「貴族のお方・・これはかなり難しいですよ・・。」

職人は欠片の山をみて眉をしかめた。しかし大金を受けたら仕事はするしかない。職人は、必死で弟子たちと、復元と修復の作業に寝ずに明け暮れた。
執念の結果が、奇跡的にほとんど壊れたようには見えない壺へと復元された。

「おおお・・・・」

これには貴族の若者もよくぞと感嘆せずにはいられなかった。
やったぞ。これで俺の命は大丈夫だ。と安堵した。


しかし、職人は心配そうに貴族の若者と壺を交互に見た。
一見復元されたようにみえるが、硬度は脆くなっている。

あまり触らないようにしたほうがいいと職人は忠告した。

貴族の若者は、頷いたが、気分は浮かれていた。


数週間後、貴族の父親が無表情にあの家宝はどうなっているのかと家宝を調べに来た。

どきんと貴族の若者は嫌な鼓動を打ったが、大丈夫だ。まだばれていないと自分に言い聞かせた。

家宝をしばらく眺めて「うむ。大事ないな。」父親は、頷いて去ろうとした。

ほっと若者は胸を撫でおろした。

丁度、そんな時、家宝を収めていた蔵の開いた扉から、小さな小鳥が迷い込んできた。

「・・小鳥か。」

父はしばらく小鳥の動向を見て、驚愕に見開いた。 小鳥が家宝の壺のふちに止まったのだ。するとボロボロと一気に瓦解した。小鳥の体重でだ。

呆気になって父はしばらく呆然と壊れた壺を見ていた。
硬直していた体が、小鳥の鳴き声で一気に動いた。

「・・こ、これは何故小鳥が触れただけで・・何故壊れるのだ。 お、お前何をしたか・・?」

全身を震わせながら、父親は息子を振り返った。疑心に溢れた表情だった。

わなわなと若者はその父親の目を恐ろし気にみて目を反らした。


その瞬間、父は息子が家宝を壊していたことが瞬時に解った。そしてかつてない憤怒に満ちた。

こいつ・・壊したことがばれないように修復を頼んだな。


家宝を壊した罪と、隠蔽しようとした罪を犯した息子を父は冷ややかに見据えた。

普通なら息子が謝罪するだけで済んだろう。しかし、残念ながら、貴族の家系は余り情がない。唯、誇りを傷つけられることと、罪に対して厳格で潔癖な血筋でもあった。


そして、息子に似て逆上しやすい性質でもあった。 折しも父は名刀を持っていた。


当然のように、息子の懇願もむなしく、父の逆鱗に触れた若者は呆気なく父によって斬られ、地に伏した。
血だまりがどくどくと大地を流した。

父親の忠実な臣下は蒼白になって、慌てて処理をしようとした。

いかに貴族とはいえ、父親が息子を殺したとなると、この家も潰れるかもしれない。

内密に、臣下たちは、息子の遺体を運び出し川へと流した。

非情だが、これが彼らの生きる世界なのだ。

彼らは我が身の保身のあまり、闇に葬ろうとした。


あまりにも悲惨な末路であった。

しばらくして、父親は正気に戻り、毒を自ら煽った。いかに罪人とはいえ息子を殺したのだ。父として自害をした。
それが父としてのせめてもの情けであった。


愚かな愚かな貴族の父親と息子の顛末であった。

立て続けに父と息子が亡くなったせいもあり、臣下はもはやこれまでと調査隊に暴露した。

それを聞いた人たちは呆れ、嘆き、様々な反応を見せた。

どうしようもない末路に深い溜息を婆はついた。

アクタ様・・アクタ様を害した人たちが分かりましたよ。しょうもない話ですよ。なんというか愚かすぎる貴族もいるんですね。それともあれですか。あたしらとは価値観が違うんでしょうかね。わかりませんね。全く・・。

もう大丈夫ですよ。アクタ様・・。

婆はお空を見て祈った。 アクタ様にもう大丈夫だと届くことが出来ればと思い祈った。


『アクタよ。そなたの願いと祈りは叶った。』

おかっぱの幼女神は珍しく真顔で言った。
「えええ?」アクタは何のことかさっぱりわからなかった。

おかっぱの幼女神は婆の祈りの内容が聞こえたのだ。神だからだ。

アクタに婆が知った話の内容を伝えると、アクタは、はあと呆気にとられたように幼女神を凝視した。


なんという愚かな家族だ・・。そんなに宝が命より大事だったのか・・。


アクタは信じられずにしばらく口をぽかんと開けていた。

知らないうちに、アクタの仇と家族は全滅していた。己の愚かさゆえに。




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