ゴミの金継ぎ師

栗菓子

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第15話 馬車の御者 サイド

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うちの主はリース・デイラン男爵である。
まあ美貌も、才能も大いに恵まれ、その功績の恩恵を受ける末端の使用人、馬車の御者としては、上の者が豊かになり、おこぼれを頂くのは良いことでもある。

しかし、しかしだ。
主人は、表向き、優しい紳士を装っているが、時折、真っ黒な本性を見せる時がある。

我欲に満ちた悪鬼のような表情をする瞬間を俺は何度も見たことがある。

主人は決して善良な人ではない。普通でもない。

目障りな格上の貴族を罠にはめて、借金のカタの愛犬と愛猫を奪ったのだ。

可哀相に。あの貴族は随分と可愛がっていた。泣きながら止めてくれえと叫んだのだ。

どうも貴族ってのは、人間不信も多いが、その分動物に情を傾けるお方もいるらしい。実子より可愛いと公言してはばからない貴族も居た。

政略結婚や、権力掌握の弊害かね。これは。親子関係が冷たい代償に、愛玩動物を寵愛する貴族も居る。

今回もそのパターンだろう。

しかし、主人はその泣き顔を恥さらしと軽蔑して、貴族とあろう者が・・と呟いて容赦なく格上の貴族を潰したよ。
もう思わず戦慄するほどおっかなかった。

それだけじゃねえ。その犬と猫は、寵愛されるだけあって、並の貴族より気品あふれる高貴さを感じられた。

俺も思わずへえと思い、こりゃあ高く売れるなと思ったよ。

だが、なんと、主人は真っ黒な微笑を浮かべて、何か月も犬と猫を甚振ったよ。もう可哀相で見ていられなかった。

あんなに美しかった猫と犬がだんだんボロボロになって骨と皮のようになっていく様は恐怖以外の何物でもなかった。

もう止めてくれ。いっそ殺してやったほうがいいと何度も思った。

しかし、愉悦を浮かべて酒に酔いしれたように主人は、ずっと痛めつけていた。

瀕死状態の犬と猫を抱えて、馬車でどこかに連れて行けと言われた俺は黙って命令に従ったが、今度は何をするつもりかと内心恐れていた。


馬車道をしばらく駆けていたら、いきなり主人は窓を開けてぽいっと猫と犬を捨ててしまった。

犬と猫のボロボロの死体が、道路にドシャと落ちた音が聞こえた。

主人は、それを見て嫌な微笑みをしてくつろいだよ。

「もう少し駆けてくれ。その後、家まで戻ってくれ。」

無邪気に笑って命令する主人がもう恐ろしくてたまらなかった。


俺は絶対、主人を信じられなかった。
悪鬼のような心の持ち主だ。俺の主人は。母親の悪い血を受け継いたんだ。あれは。母親も稀代の悪妻で有名だった。
子どものように傲慢で自分が一番だと公言していた。
頭がおかしいんじゃないかと何度も思ったこともある。主人も悪い血を持っているんだ。

数年後、主人が子爵令嬢と結婚したというお目出たい話を聞いたとき、俺はとても不安だった。
普通、結婚はお目出たいはずなのに・・。俺は嘆きたい思いだった。しかし俺は主人の本性を知っている。
主人は俺のような下人は歯牙にもかけず目に入らないだろう。しかし見ている人は見ているのだ。


令嬢は何故かだんだん弱っていった。なぜかな。

令嬢もどこか主人を不安そうに見ていた。

ある日、令嬢はしばらく主人から離れたいと言って、別の館で療養すると聞いて、俺はほっとした。
良かった。令嬢は逃げられたんだと思った。

だが、運の悪いことに、その館の池で転落死したと訃報を聞いたとき、俺はああ・・逃げられなかったんだと思った。きっと主人が何か変なものを飲ませて令嬢を面白がって弱らせたんだ。

だって、令嬢を見る目は、犬と猫を見る目と同じだった。
あの変な目は忘れられない・・。

俺はそれでも黙っていた。だって俺には守る家族が居た。あんなこと誰にも言えねえよ。俺が殺されるかもしれない。家族も始末されるかもしれない。

それでも俺以外の目ざといやつや、観察眼が鋭い奴は俺の主人の本性を見抜いているはずだ。

ほんの僅かだが逃げるように去る人たちが居た。

きっとあの人達も主人の獲物にならないよう逃げたのだろう。

羨ましい事だ。俺は心労のあまり少し老けた感じになった。
家族はどうしたのか?とびっくりしたような顔をしたけど俺は何も言えなかった。

弱い者は迂闊に余計なことを言ってはいけねえ。

俺は自己保身と家族のために沈黙を守った。

主人がこれ以上、恐ろしい欲を満たそうと犯罪を犯さないといいのだが・・


俺は神に祈らずにはいられなかった。

何も知らない子爵とその夫人は、令嬢をとても大事にしてくださってありがとうと主人に礼を言っていたよ。

俺はもう・・何も言えなかった。

その素敵な夫、愛する妻を喪って嘆く夫の顔は演技ですよと言ってやりたかった。

でも証拠がない。俺のような使用人を誰が信じてくれるだろうか?


俺は唯、使用人として働くしかなかった。



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