ゴミの金継ぎ師

栗菓子

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第2話 アクタの放浪

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アクタはふらふらと廃材で創った杖をつきながら、住み慣れた家を去った。

このままでは命も危うい。この時代、この世界では庶民の命は葉のように軽い。

貴族の不興をかっただけでも殺される。アクタはいつも命がらがら紙一重で生き延びている。


「アクタ様。アクタ様。 何の足しにもならないだろうけどこれを・・。」

急いで作ったコメの握りめし。塩だけで振っているが、老婆の作る料理は贔屓目に見ても絶品だ。
それを木の皮で包み、タケと呼ばれる中が空洞の木を切った筒の中に井戸水を入れて布でかぶせ紐で巻き付けたもの。水と食い物。そして老婆が貯めた僅かな路銀だ。


路銀の袋だけは申し訳なく、アクタは断ったが、いざとなると金は大事だと老婆はしつこく言って、アクタの胸の中に入れた。

仕方がなく、有難くアクタは老婆の善意を受け入れることにした。

老婆は嬉しそうに笑った。

「お前はどうするんだ。ここは何もないぞ。どうやって生きるんだ。」

アクタは己の境遇も忘れて老婆が心配になった。

老婆は歯の欠けた口を大きく開けてカカカと笑った。

「大丈夫ですよ。アタシはどこでも生きていけます。友人もいるからアタシはやっていけます。」

「それよりアクタ様のほうが危ないですよ。」

はっとアクタは気づいた。そうであった。もうアクタは追放の刑を受けたのだ。

「お、おい。ありがとうよ。今まで美味しい飯を食わせてくれてありがとう。嬉しかったぜ。気を付けろよ。

この恩は忘れないからな。婆。」

「いいえ。アクタ様。息子や娘によろしく。アタシノ分まで子どもたちの事を見て下さいね。
アタシの代わりにアクタ様が面倒見て下さったら嬉しいです。」

「いや。婆。俺が面倒になる側だろう・・。」


アクタは閉口しながらも頷いて婆に深い感謝を言った。

アクタがゆっくりと遠さがるのを老婆は見守りながら呟いた。

「アクタ様・・、アクタ様は何も分かってないんですね。貴方の才能は並外れているんですよ。ゴミみたいなものが
美しい芸術品みたいなものになったり、アタシはそれをまるでなにか神様がやっているんじゃないかと思ったものです。あれは神業ですよ。アクタ様。気づいていないのはアクタ様だけ・・。
だって粗悪な品物でも、アクタ様にかかるととても上質な品物になるんですよ。アタシは思わず魔術か、変な術をかけているんじゃないかと思ったものです。まさかアクタ様がこんな技量をもっているとは思わなかったんですよ。


アタシは数年の間アクタ様と過ごしたけど、アクタ様ほど素晴らしく稀な『金継ぎ師』はいないですよ。
ゴミでさえも美しくするんですから。アクタ様の技量は規格外です。

他の職人が嫉妬してしまうのも無理はないですよ。この天与の才能は百年に一人ぐらいの逸材だと、アクタ様以上に続けている老職人が悔し気に言っていましたよ。

アクタ様だけが知らなかっただけですよ・・。」

「世の中には、喉が出るほど欲しがる才能を持っている人はそれだけで恨んでしまう人が多いんですよ。アタシはそういう下衆で屑な奴らを見てきました・・。」

老婆は深く溜息をつきながら、どうにも頼りないアクタがこの事件と放浪で強くなってくれればいいかと思わずにはいられなかった。


そして、死んだ貴族の息子や貴族も気がかりであった。
老婆は思い切って裏に通じている友人に会おうと決心した。
老婆は決してまっとうな人生を送ったわけではない。若い頃は蛇のような獣道を歩んだり、なかには仲間が殺されたのを見た時もあった。
生きるために、穢い仕事や醜悪な真実を見たり、老婆は色々と世界の裏を見てきた。

しかし今回は珍しいケースだ。まさかアクタ様を襲った貴族の息子が殺されるとは・・

早く真犯人が見つかってほしいと老婆は思わずにはいられなかった。

老婆は早足で、裏の友人に会いに行こうとした。勿論追手はいないか確認もしてからだ。

老婆は伊達に長生きはしていない。老獪で強かになった女だった。

知らないのはアクタ様ぐらい鈍感なひとかもしれないと老婆は思わず遠い目をした。

アクタ様ほど仕事だけにひたすらに生きる人はいなかったからだ。

他に興味はないのかと言わずにはいられないぐらいアクタ様は浮世離れしていた。

老婆はそんなアクタ様が好きだった。 いつまでも夢のような作品を創ってほしいと思っていた。


しかしやはり人生はままならないようだ。老婆は深い溜息をついた。


これからアクタ様の人生の試練が始まるのか知れない。

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