糟糠の妻

栗菓子

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第5章 修羅の時代

第10話 奇妙な実

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クレアスの領土では、長い間雌伏していた奴隷たちの一斉蜂起が始まり、それをきっかけに、今まで弾圧されていた
被差別階級の者たちが、一斉に支配していた階級に牙を剥いた。

それは、獰猛で原初的な荒々しい怨嗟を破裂させるように、視界にぱあっと鮮やかな血が染まる光景を生み出した。
醜悪も生々しい。
これが生なのだと理性の化け物たる冷たい支配者にも納得させるほどの生と死と混沌に満ちた世界だった。

支配階級の高貴な血は、大地に流され、その女神の糧となった。

予知能力のある姉と、弟もその能力によって、辛うじて生きながらえたが、仲間の反乱によって、クレアスの逆襲により、彼ら自身も抹殺されるだろう。

しかし弟は血がかつてなく高揚していた。

憎き支配階級の者が今は血まみれになっている。 そうか。これか本当の弱肉強食なのだ。秩序は、支配者にとって都合の良い掟は消えた。

しかしクレアス・・最も身近で憎らしい支配者は、飼い慣らされた猟犬や、強運により守られている。

彼らは、不穏な動きを察知し、いち早く逃亡した。

なんという感が鋭く、生き延びる力に長けていることか。やはりクレアスも何かの能力を持っているのだろうか。

弟は思わず姉に尋ねた。

「我が愛しき姉よ。あれは、あの主は死なぬのか?我らはどうなる? 」

「おお、愛しき弟よ。あの主人は死なぬでしょう。やはり運命に守られています。あの方も何か役目や歴史の一部として大きな役割をもっているのでしょう。弟よ。強くなって生き延びるのです。
今解放されているこの時こそ、我らの逃亡の時です。 弟よ。主人とは縁があらば、いつか相まみえるでしょう。
その時戦いになるかもしれません。」

「姉よ・・。そうであったか・・。」

弟は深く頷き、姉を抱え、見ぬ新天地へと逃亡した。彼は駆け続けた。鎖から解き放たれた獣のように、片手に刃を
持ちながら、片手に愛しき半身を抱え、敵対者を屠って屠って屠り続けた。

生きるために屠り続ける。 本当の人生を得るために奴隷たちは戦った。

魂の希求だ。 自由と生きることを求めて、獣たちは争う。

それは止められないのだ。獣は獣であるがゆえに戦い、生きるのだ。


弟は、端正な顔を獰猛に歪めて、哄笑した。 歓喜と喜悦に満ちた歪んだ笑いだった。

姉はそれに見惚れて陶然となった。


姉もまた獣なのだ。決して飼い慣らされない野生の獣の魂を持っている。

嗚呼嬉しや・・。弟よ。今こそ獣たちの解放なのですね。 みんなみんな屠ればいいのに。
嬉しや。邪魔な敵対者が息絶えてく。この心地よさよ・・。

姉もまた返り血に全身に浴びながらも、死んだように生きている生が今鮮明に蘇って、全てが新しくなったようだった。


嗚呼なんという至福であることか・・。

弟よ。これが生きるという事なのですね・・。


姉は無垢な微笑みを浮かべて唯、この血に塗れた道を突き進む。

後には奇妙な実がなるばかりだ。

嬉しや・・にっこりと姉は弟に微笑んだ。それは誰よりも美しかった。

奴隷たちの解放の時であった。



奴隷たちの一斉蜂起の乱を風の便りで聞いたとき、ヒヨルはにやりと笑ったが、ネリは驚いた。


まあ・・彼らは死ぬのが怖くなかったのだろうか? 私だったらそういうものだと諦めて生きていたけど・・。

やはり、耐えられなかったのだろうか?ネリにはわからなかった。

ネリは、唯生きるだけで精一杯だ。 ネリのような人生はありふれたものだ。

ネリは、偶々ヒヨルの目に入り、なぜか妻になってしまった存在に過ぎない。


不思議だわ・・。やはり、男たちは耐えがたい屈辱を受けて居たのだろうか?ネリも屈辱があったけど、すぐに慣れてしまった。

ネリは既に諦念をもっていた。そして男たち、反抗心をもった奴隷たちが不思議でたまらなかった。

彼らは、自分の道が欲しかったのだろうか・・?

ネリには分からないことばかりであった。

「なあ・・ネリ。これからどんどん反逆の意志に満ちた奴隷たちが増えていくぜ。心の奥底に抑圧された獣の本能が目覚めたんだよ。」

くっくとヒヨルは嘲笑した。

ヒヨルは、何でも知っている。悔しいが、ヒヨルのほうがずっと奴隷や、人の心に精通している。

ネリはヒヨルの側にいると、色々とはっと気づかさせられることばかりであった。


ネリはもう一生ヒヨルの側に仕えることに決めていた。

辛いこともあったが、もうこれがネリの運命だと納得するには、十分に時が過ぎていた。

ヒヨルは出世した。ネリもその恩恵を受けている。ネリのような年の女はもうとうに老い、死んでいったがネリだけが若々しかった。

ヒヨルから与えられた食物や水だろうか?それとも仕事のため、世界と人を知るために、血の滲むような努力をしたからだろうか?

ネリの頭は、仕事をすることだけは優れていた。どうやったら、大きな利益をヒヨルに入るかネリは考え、密偵して
相手を姦計に陥れることもあった。

大きな成功を収める度、ヒヨルがご機嫌になるのがネリには嬉しかった。

ほっとした。これでネリも酷い目には合わない。

ネリは前よりずっと頭が良くなったが、やはり、ネリの世界はヒヨルとネリしかいなかった。

嗚呼・・これから世界はどうなるのかな。

ネリはちょっと未来に思いを馳せた。

























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