糟糠の妻

栗菓子

文字の大きさ
上 下
33 / 38
第5章 修羅の時代

第7話 ミキの運命の相手

しおりを挟む
 いつものように、患者のこない診療所の待合室でゆったりとコーヒーを飲んでいると、珍しいことに診療所の扉が外から開いた。
 もしかしたら誰かの紹介で、新規の利用者がやってきたのかと思っていたら、洗濯カゴを持ったニュウだったので、

「何でそっから入ってくるのよ?」

 と、いつもは診療所の裏手から入ってくる彼女の行動に珍妙さを感じて言葉を発したが、にんまりと笑顔を浮かべる彼女の背後に立つ二人の少女を見て、思わず飲んでいたコーヒーを吐き出しそうになった。

「そ、その……お久しぶりでしゅ」
「……でしゅ?」

 恐らく彼女もまた緊張していたのだろう。ムリもない。あんな別れ方になったのだから。
 そこにいたのは、四日ほど前に【アルトーゴの森】で出会った少女たちだった。確かランテとリリノールと言った。

 噛んだことに思わず声を発してしまうと、カーッと顔を赤らめるランテ。隣に立つリリノールもまた「やっちゃったぁ」というような表情を浮かべている。
 得も言われぬ沈黙がしばらく続く……。

「……ま、まあ入れば?」
「は、はい……」
「お邪魔します」

 と、二人が診療所内へと入って来た。
 ニュウがコーヒーが飲めるか二人に聞いて、紅茶ならばということで、二人に紅茶を淹れるべく診察室の奥へと消えていく。奥には階段があり、そこが生活空間となっていてキッチンなどもあるのだ。
 三人が立ったまま。沈黙が何だか痛い。

(おいぃぃ……早く戻って来てくれぇぇ、ニュウ~!)

 表情には出さずに、できるだけコーヒーカップで顔を隠して祈りを捧げる。
 すると静寂を割ったのは、リリノールだった。

「改めまして、先日は助けて頂きありがとうございました」
「え……あ、いや。別にいいって」
「これ、そのお礼に」

 彼女が手に持っていたのは一つの袋。その中には多分菓子折りであろうものが入っていた。

「別に気を遣わなくて良かったのに」
「すみません。何だか変なお別れ方になってしまったので」
「あ……まあ、そうかな」

 それはリントにも身に覚えがあったので反論はできない。ただ菓子折りはありがたい。甘いものならニュウが好きなので。
 リリノールから袋ごと受け取って「ありがとな」と短く礼を言う。

 流れでチラリとランテの方を見ると、彼女もチラチラとこちらを窺っていた。
 ここは年長者らしく、先にきっかけを作るべきなのかもしれない。

「……あ~っと……前は悪か――」
「ごめんなさいっ!」
「……!?」

 先に謝罪とともに頭を下げられてしまった。

「すっごく不謹慎でした! 本当にごめんなさい!」

 ……何だかホッと胸を撫で下ろせた。張りつめていた緊張が一気に解けたかのように。

「……いいって。オレも言い過ぎたし。悪かったな」
「いいえ。病院内で言うようなことじゃなかった」
「……そうだな。それはこれから気を付けてくれればそれでいいよ」

 こうして謝れる女の子なのだから、きっと今後は間違わないようにしてくれると思うし。

「だからもう気にしなくていい。だから楽にしてくれ」

 そう言葉を投げかけると、「良かったね」とリリノールがランテに言い、ランテもまたホッとしたような顔を見せた。
 そこへタイミングを見計らったようにニュウが、トレイを持って現れる。その上にはカップが二つとお茶菓子の羊かんがあった。

「お待ちどう様なのであります! お二人とも、どうぞごゆっくりしてくださいませ~!」

 そう言って、彼女たちに待合室にある一つだけのテーブルへ誘導し、そこに座らせる。
 リントとニュウもまた、その近くのソファに腰を下ろした。

「あ、そうだニュウ。これもらったぞ」
「? それは何でありますか?」
「ふふ、それはね~、最近国で流行ってるカステラなんだよぉ~」

 リリノールの説明に、獣耳をピンと立てて顔を上気させるニュウ。

「おお、カステラ!? それはとてもおいしそうなのであります!」
「おいしいよぉ~」
「そのようなもの、頂いていいのでありますか!?」
「うん、食べてほしいなぁ~。今開けてみる?」
「いいのでありますか!?」

 リリノールとが袋に入っていた箱を取り出して開ける。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...