糟糠の妻

栗菓子

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第4章 戦乱の民

第2話 発端

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或る村娘は幸福だった。

貧しいが、仲が良い両親をもって、村娘と兄弟は健やかに健康に育った。

アーマン国家と隣国エドの国境に沿った山奥の村は、数百人ほど暮らしていた。

どれもよく見知った顔ばかりだ。ここでは、村人は共同体の一部で、女は共有物でもあった。

1年に1回、血の濃さを防ぐために、交流のある遠くの村人達がやってきて、夜の祭りが行われる。
その時だけは、山の果実を発酵させて作った酒や、狩った獣の肉を焼いたご馳走や、パンや山菜の料理が豪勢に振る舞われた。

いつも静かにしている女衆も朗らかな顔をして、笑顔で客をもてなした。

これは、外部の血を取り寄せて、新しい血を循環させるための儀式であった。

山奥には、危険な獣も棲むところでもある。その中で、強靭な精神と肉体と頭脳が必要だった。
村人たちは生き延びるために力を併せて助け合った。 そして優秀な男と女をまぐあわせてより良い子を生みだした。 この村は、非常に運が良かったらしい。

聡明で、美しく力が或る村人たちが多く生まれたのだ。

村娘は平凡だったが、刺繍や布を織るのが上手くて、その独特の織物や刺繡を求めて買う商人も居た。

その儲けは村にとって一種の恩恵を生み出した。村娘は村の必要な人だった。

村娘はその経験で、平凡な器量でも、何かを生み出す技術や技能をもったほうが生き延びやすいということを学んだ。

両親は珍しく恋愛結婚で、なかなか他の人と交わろうとしなかった。
必要だから仕方がなくやっていたが、父さんは「やはり母さんが一番良い。」と母さんに呟いていたのを聞いたことがある。その時の花が咲くように微笑んだ母さんの笑顔が忘れられなかった。

少し変な夫婦と村では言われていたが、嗚呼・・父さんと母さんは本当に愛し合っているんだと娘はわかった。

お互いが一番良いんだとなんとなくわかった。

村娘は平凡だが、父さんによく似た茶褐色の髪と、母さんによく似た顔立ちと、緑の瞳で紛れもなく両親の血を受け継いていると明確だった。


両親はいたく喜んでその村娘を愛した。嗚呼一番良い人の子どもだから愛されるんだと村娘は分かった。

ほとんどの村人は気に入った相手を見つけては、閨をする。しかしほとんどが一夜妻や、夫だ。

夢からは醒め、また元通り、いつもの変哲もない日常を送り始める。  子どもは村の共同体で育てられる。

乳母に向いている女が選ばれるのだ。 実の両親は明確にはわからないほうがいい。村の一部として育てるための戦略でもあった。


ともあれ、村娘は何の違和感もなくその村の環境を受け入れていた。
これが彼女の生活なのだ。

唯一難点は水の確保が難しい事だ。

少し離れた山の湧き水や、井戸や、遠く離れた湖から桶や容器をもって半日かけて歩くことだ。

1週間に1回、 村の子どもたちや、老人は、大事な水の確保のために、木で作った推し車にいくつもの容器を入れてみんなで運ぶことだ。

これがまだ難儀で、井戸の水は少ないと、遠く離れた湖まで行く羽目になる。
そこまでの道が獣道なのだ。
余程慣れてないと転んで捻挫したり、尖った木の欠片や、石や棘のある忌々しい植物に衣服を引き裂かれたこともある。
なかには、破傷風で亡くなった村人も居る。

たかが水でも、村人の生命の糧だ。無くなると困る。
村娘はいつも覚悟を決めて、水を探し回った。

足が痛んでもう無理かと思った時、やっと湖が見えた。嗚呼良かった・・。と村娘は安堵した。

しかし老人が蒼白になって震える声で「こ、これはどうした事か・・・。」と湖に指をさして体中震えていた。

一体どうしたというのか?

村娘は慌てて湖を見た。 そして愕然となった。

湖が干上がっている。魚の遺骸が無数にあり、異臭が漂っていた。水はほとんどなく、湖の底が見えた。ひび割れたような茶色の地面だ。

村娘ははじめて見たその光景に驚愕した。
子どもたちがこれは何?と叫びあい混乱状態に陥っている間、村娘は漠然と思った。

明日からの水はどうしよう? 村はどうなるの?

村娘は、村そのものの危機が迫っていることを悟った。冷や汗がどおっと体中に流れた。

日常の崩壊の発端だった。


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