糟糠の妻

栗菓子

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第3章 新たな糟糠の妻

第1話 最も残酷な女

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天下の偉大なる商人として大成した男の陰でひっそりと死んでいった女が居た。
男の最初の妻であり、いわゆる糟糠の妻だ。
不要になった女が捨てられるのはよく或る話だと、世間は噂したが、二人を良く知っている僅かな者達は、少し違うと解っていた。

糟糠の妻は決して夫を許さずに、最後まで愛さなかった。 しかし高みに昇りつめる事だけは積極的に加担したのだ。 夫の無意識に求めているものは意図的に無視した。

夫は妻の愛を求めていた。だがそれを潰したのがほかならぬ夫でありはじめからどうしようもない関係だったからだ。

それをよくわかっているのは夫婦だけだった。

妻は妻なりに夫の才能に惹かれていたのだろう・・。あそこまで長年連れ添ったのは本当に奇妙な事だった。

マリーは、白い花のような彼女を思い浮かべて、心の奥底に秘められていた苛烈なまでの拒絶と意志に気圧された。
嗚呼・・・凡庸な彼女の中にどれほどの苦しみと嫌悪と怒りがあったのか。
彼女はまさしく聖女だった。神の生贄。苛烈な心を隠し持った復讐の花。

彼女は結局、最後までその死さえも、夫に与えなかった。

しばらくして彼女の両親から、娘の死を告げる手紙が送られてきた。
夫はそれをしばらく無言で眺めるといびつに口を歪めてかすかに笑った。

夫はマリーの前で白い便箋を細切れにして破り続けた。風が遠くへ追いやった。

内容は分からないが、恐らく娘に対しての仕打ちや、夫に対する恨みだろう。

下らない事だ。はじめから彼女を夫の生贄にしたのはほかならぬお前たちであろう。なんという的外れな逆恨みであることか・・。彼女は全てを知って覚悟を決めて夫に従っていたというのに・・。

マリーにとって最も残酷な女は彼女だった。
あれほどまでに夫の求愛を拒絶した女はいない。

最後には夫の名前も呼ばなかったらしい・・。なんという無情な女か。

夫・・メリスは、残忍だが、天に選ばれた才能があった。その容姿、才覚も正に秀でていた。
その魅力にマリーは惹かれ、メリスもマリーの何かに惹かれたのだろう。
なるべくして運命のようにマリーとメリスは男女の関係となり夫婦ともなった。

貴族社会では勢力争いのために一夫多妻が望ましいとされる。 妻にもそれなりの地位と権力が無いと、消される。

メリスは商人だが、大きな権力をもつに相応しい器がある。

これからは妻が増えるだろう。メリスがより勢力を伸ばすためには、政略結婚が一番有効な手段だからだ。
お互いに利益を与えあう派閥や家だけが残るだろう。

最初の妻の苛烈な心を露わにした顔が印象的だった・・。

マリーは首を振って、メリスの妻としてこれからの人生を見届けようと思った。

マリーもまた新たな糟糠の妻になるのだろうか?

いやマリーはマリーだ。 かりそめに夫婦になったに過ぎない。 心からの愛はお互いになかった。

マリーはそれを自覚していた。




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