イナエの村人

栗菓子

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第3話 逃亡

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禍々しくも神々しい戦いが、男の目の前で繰り広げられた。

カーンカーンキーンと鋭い刃と刃が重なって響きあう美しい旋律・・。しかしその中身は、自分の命を懸けた戦いだ。

男は顔面蒼白になりながらも背中に冷や汗を流しながらも、己の命がかかっていると確信しているため、すがるように武士に祈った。

頼む。この悪夢から解放してくれ。まさかここに神のようなものがいるとは思わなかったんだ。

男は自分の悪運を呪った。商売でいつも通り、遠くのところから山里、温泉を巡って薬や、何でもうりで商売していた。 たばこや、食べ物や干し物など遠くまで運べるものを売ったりして、予約したり販売していた。

なかには顧客もあって、その客には毎回決まった品物を贈っていた。

人さまざまで、都会の洒落た細工物や、骨董品を求めるものもいれば、 これのどこがいいのかと思うような食べ物を求める人も居た。 芋を煮詰めてつくった飴・・。素朴だが美味しい。しかしこれより美味しいものは客の近くにもあるはずだ。 現に男は、近くの商店で、一際洗練された飴を食べたことが或る。

それを疑問に思って、尋ねたが、『あそこでなきゃダメなんだ。あそこはぼくの思い出が深い地なんだよ‥。』

2年間、その客はその土地で危ない目にもあったが、どうしても忘れられない鮮明な思い出があるようだ。

ふうん・・。そんなに色々あったのか・・。

男はいぶかし気に思いながらも、頷いた。中には品質よりも、記憶を連想させるものに執着する人もいるのだと男は既に学んでいた。


嗚呼・・嗚呼・・いまならわかるぞ。俺は決してここで起きたことを忘れられないだろう。誰も信じてくれない。
こんな荒唐無稽な話を・・あの野郎。絶対与太話と思っていた話にも実話が含まれていたはずだ・・。

もうこれから荒唐無稽な話をまさかと切り捨てられない・・。


男は嘆きながらも、血走った目でこの死闘を見守った。

武士はほのかに光り輝いている。 勝負は長く続いたかに見えて一瞬のようにも見えた。

男もすっかり頭がいかれた様だ。


武士は、身体が切り刻まれながらも、処刑人の腕や足をイヤアアアアと雄たけびをあけて重々しい音で切断した。

ギャアアアアギャアアアと澄ましかえった美しい処刑人が、獣のような断末魔を上げてのたうちまうっていた。

真っ赤な血が流れるのを見て、男は不意に冷静になってこいつにも赤い血が流れているのか・・と思った。

神が創ったんだ。血はないと思っていた。だって武士からは血が出ていない・・。

嗚呼やはり、護符から出てきたんだ。この武士はとはっとさせられた。

くるりと武士は、ふりかえり男を見つめた。その瞬間、男は逃げよと脳裏に声が聞こえた。

嗚呼嗚呼・・逃げねば今のうちにこの化け物から逃げねば・・必死に頷きながら、男は逃げた。

処刑人から、武士から遠さがった。

入ったドアから無我夢中で開けて、長い長い通路を走った。

しばらくしておかしい。変だ。どうしてこんなに長いんだ?こんなに長くなかったはずだ! 


不意に男は通路を見渡した。そして驚愕した。

笑い顔がびっしりと通路に刻まれていたからだ。 普通の笑い顔ならいいけど、こんな数多の笑い顔がこんなに見たらぞっとする。

ここんなにたくさん・・こんなのみたくない・・

生理的嫌悪に震えながらも、男はなおも逃亡を決意し、走り続けた。

かすかに笑い声が聞こえたような気がした。





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