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第24話 アール視点

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俺の生まれたところはゴミ山だった。
はじめは何とも思わなかった。俺にとっては嘲笑したり、施しを与える人は、世界の背景にしか見えなかった。
俺が気になるのは、スラムの仲間だった。いつの間にか一緒に暮らして生きてきた仲間。
嗚呼・・モノと呼ばれていた子ども。可哀そうに。あいつは一番パスカを慕っていた。でもあいつが運が悪かった。
生きているのが不思議な状態だった。
あいつは間もなく息絶えた。

セルマ。生気があり、明るい少女。彼女ははっとさせる瞬間もあった。
トート。彼はなんでもできた。ああいうのを器用貧乏というのだろう。残念なことだ。彼は大成しない。何か一つの事を極めるタイプじゃない。
しかし、商品として売れそうなものはいくつかあった。パスカはこれは売れるかもよ・・と素直に俺に言った。
パスカは、俺には分らないが、多くの人々が注目しそうな商品を見抜く目があるのかもしれない。
その通りに、薄利多売で、トートにパスカの言った商品を売らせた。
すると、たちまちその商店は人だかりでいっぱいだった。
中には長く売れ続ける商品もあった。人間は何を必要とするのか好むのかわからないものだ。

パスカは俺たちのためにとてもいい食べ物を漁る習慣があった。
彼女の穢い顔の中で唯一宝石のような瞳が無垢に俺を見る瞬間はどきりと何か胸をざわざわとさせた。これが欲や情の芽生えだとは当時の未熟な俺にはわかりようもなかった。

ある日、深夜パスカは食料を探しに出かけた。そして消えた。
俺たちは探した。すると、貴族のような男が攫って行ったと・・ペットとして?嬲るために?
嫌な想像ばかりする。タローは大男の癖に子どものように泣いた。
セルマも悄然と諦めたようにうなだれていた。

トートは唯、黙ってパスカのこれいいねと言っていた商品を創り続けた。それしかできなかったのだろう。


もうパスカの生存は諦めていたごろ、とても綺麗な貴族令嬢が大きな袋をかかえてやってきた。
その宝石のような瞳は・・。嗚呼。パスカだ。

パスカはあれから貴族のお気に入りとして人形のような生活を強いられたようだ。見たところ、身なりもいいし肌も艶やかだ。
芋虫が羽化したように美しい華やかな蝶になった。


セルマも高級娼婦になって美しくなったが、パスカもそれ以上だった。
彼女は、俺たちのために高価な貴金属や、役に立つものをたくさん持ってきた。

パスカはしばらくしたら貴族をやめて放浪すると言った。
俺には理解できなかった。そのままお気に入りとして、寵愛されれば幸福になるのに・・。
「何故だ?」
「だってなにかあわないのよ。彼女らとは何か壁があるのよ。」
嗚呼。一種の隔絶された壁、階級か?そんなものみたいなものに苦しめられているのか?
セルマやトート。タローは久しぶりにパスカに会って嬉しそうだった。

俺も本当は嬉しかった。でも貴族が怖かった。パスカは解らないだろうが、或る貴族は容赦なく敵を屠る面がある。
敵じゃなくても、目障りと思ったら虫けらのように殺される。

俺はそれを見てきた。 俺だけじゃない。もう一人の弟。アルも、頭でリンクして、或る宗教施設で、実験動物のように殺されていく子供たちを見てきた。

アルは、遠くの国の宗教施設で育っている。育つにつれ、特殊能力が芽生え、血のつながった俺とテレパシーができるようになった。はじめは当惑したものだが、次第にアルの置かれた境遇が解った。
俺より遥かに厳しい状況だ。良く生き延びたな。アル。彼は薬の投与で頭脳だけは発達したらしい。


嗚呼。俺は知らないけど、アルの記憶や情報が断片的に伝わってくることがある。
その宗教施設は、はじめは醜悪で無惨だったけど、ダリアやゴルデアやシズナ女神さまの力で大きく改善されたようだ。

アルの状況は今は大きく穏やかになってきた。醜悪で下劣な奴らが処分されたようだ。

俺はほっと安堵した。いつかアルに会いたい。でも今はここを出られない。ここで権力を得るしかない。
それが弱者が生き延びる道だ。

俺はパスカにいつかセルシーオ・ナミ。宗教施設へ行けと言った。
アルに会えるかもしれない。でも俺は黙っていた。

これは俺たち兄弟の秘密だ。

パスカは頷いて、しばらくしてまた消えた。何か貴族ともめて、逃げたらしい。
彼女は野良猫になって、世界中を放浪することにしたのだ。

俺は覚悟を決めて、アルの助力も借りて、商会や、裏社会の権力を収めるにはどうすればいいか必死で考えた。
今いる権力者の中で、最も強い組織に入った。

トートやタローはなるべく暗部に関わらないよう堅気に近いところに配置した。

セルマも質のいい高級娼館で働き始めた。たちまち売れっ子になった。セルマは愚かではないのだ。


俺は自分の運をかけて、アルの助力もかりて、綱わたりのような危険な生活を送った。
とても穢い仕事もやった。醜悪な秘密も見た。
しかし俺は生き延びた。組織にとって価値のある者になったらしく、俺はいつの間にか組織の有力者になっていた。

俺たちは悪運だけは強いらしい。俺はくすりとほほ笑んだ。


更に数年後、野良猫が、いつの間にかより高位の貴族に囚われていた。

輝かしい女と貴族の社交界で有名になっている。 パスカだ。
彼女はドールと言う貴族の愛人になっていた。


どういうことかと疑問に思っていると、セルマが蒼白になって真実を告げに来た。
とても悍ましい醜悪な貴族の闇があった。
「あ、あたし・・信じられないことばかり聞いたわ。パスカといると、怖い話も聞くわ。ドール様の家系は代々近親相姦の家系だったのよ。狂った双子の兄も居たわ。娼館に閉じ込められていたの。奇形の子どもたちはずっと処分されていたみたい。なぜそうまでしてあいつらは血を濃くしたのかしら・・?
狂っているわ。」

セルマは蒼白になって震えていた。なんと、パスカはドールに醜悪な真実を告げたらしいのだ。
ドールは始めは激高してパスカを殺そうとしたが、パスカが何とか宥めて、兄を連れて家へ帰らせたらしい。
嗚呼。愚かなパスカ。

俺にもその後の情報は聞いている。不審な親族の死。何十人もの貴族がいきなり不審な死を遂げたのだ。
ドールだ。あいつがやったのだ。

ドールは真実を告げたパスカに執着した。セルマが生きているのは奇跡だ。恐らくパスカの友人だからだ。
ドールはパスカへ恋愛より深い執着を向けたのだ。だってパスカに真実を告げられた時、ドールの世界は壊れたのだ。壊れた世界は処分する。ドールの性質、動機が、聡明すぎるアルによって分析される。


新しい世界、新しい家族をドールは求めたのだ。それにはパスカでなくてはならない。
貴族の血を引いていない美しい女であり、ドールの欺瞞に満ちた醜悪な世界を壊した女。

人形のようなドールが彼女を人として母親として女として求めても不思議はないのだ。

俺はアルによってそれを知って絶望した。
嗚呼。パスカよ。あんたはとんでもないことをしでかす女だ。

俺は唯、パスカがドールをずっと虜にしてくれるのを願うしかなかった。でなければ俺たちも抹殺されるだろう。

嗚呼。シズナ女神様。オネガイシマス。俺たちに幸運を。アルと、セルマ、トート、タロー 仲間たちに安寧の時間を長く与えたまえ。俺は必死で願った。祈った。するとぽおと淡い光が宿った気がした。
何だこれは? 俺は不思議に思うと、アルがシズナ女神さまの力だ。 祈りが届いたんだよ。
興奮しながら脳内で言った。
えええええ・・

俺は子どものように思った。シズナ様。貴方ほいほい与え過ぎじゃない。安っぽいよ。なんだか。

アルが怒った。 何言ってんの。シズナ様ほど恩恵を与える神はいないんだよ!
有難く思う事だよ!この罰当たり!


わかったよ。わかった。俺は弟に怒られながら、シズナ様に感謝した。
なんだか上手くいきすぎて怖いけどね。シズナ様・・。

俺も生来の育ちのせいですっかり臆病になったよ。

アールは震えながら煙草を吸った。
セルマに大丈夫だと言い聞かせながらその実自分に言い聞かせていた。



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