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第10話 高級娼婦セルマ視点

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あたし。そうね。あたしは物心ついたところから、穢いスラムのゴミ溜めのようなところで育ったわ。

あたしたちのような境遇にある子どもたちはわんさかいる。でもほどんとが、ごみやほこりなど劣悪な環境に耐えられずに死んでいったわ。

なんとなしにあたしたちは優秀なアールを中心に集まった。
そのなかには、貧相だが目だけが美しい女パスカとかいう娘もいた。彼女は必死で仲間の役に立とうとする懸命な凡庸な女だったわ。まだ小さいあたしにも食料をわけたり、なるべくいいものを瀕死のモノや小さい子たちにあげていた。あたしは嗚呼。このひとっていい女だなと思ったものよ。

トートは器用貧乏っていうの。何でも目を通したらある程度のが作れる道具屋だったわ。今にして思えばトートは天才だったんじゃないかしら。
トートのお陰で、ガラグタがみるみる使える家具や椅子 机などに変わる様は魔法を見ているみたいだった。

大男のタロー。彼は力があったけど頭が弱いから精神年齢がいつまでも8才児だった。
悪い大人に喰われそうだから、あたしとパスカが姉のように守っていたわ。その代わり、大人たちに酷い目に合いそうなときは、その腕力で戦ってあたしたちを守ってくれた。

アールはとても優秀だった。このスラム社会ではどうしてと思う位天才的だった。
彼はその頭脳で、闇の社会に人脈を創り、大物になっていったわ。

あたしは見目が良いそうよ。アールが磨けば光る原石だといってくれたわ。
あたしは初潮が来たら、アールに連れられて高級娼館へ行った。流石に当初は虐めもあったけどあたしはやり返したわ。人生は戦いですもの。質が良い高級娼館でも、女たち同士の争いはあるのよ。

嗚呼。パスカ。彼女は気の毒だとずっと思っていたわ。いつものように仲間のために深夜、ゴミ漁りをして食糧をもって行こうとしていた。あたしはなんとなしにそれを見ていた。
まさか長い間、パスカと離れるとは思わなかったわ。その夜はずっと覚えている。

遅いなあとずっと待っていたんだもの。
まさかパスカが貴族に攫われて、令嬢になっているとは思わなかった。
数日後、パスカを探しにアールが動いたけど、身なりの良い人が子どもを連れて行ったとしか情報が入らなかった。
と聞いたわ。

可愛そうなパスカ。彼女が酷い目にあっていないといいけど・・。あたしはパスカの事を考えるのを止めた。生きるために忘れるコツは身に着けていた。

モノが母親を求めるように、パスカを目で探した。可哀そうに。もうすぐ死ぬのに、でも毛布や温かくくるまって死ぬだけましか。
あたしは黙って、モノの看病をした。数日後モノは死んだわ。血を吐いて苦しみもがいて死んだ。
嗚呼。死って無惨ね。あたしは無感動に思った。

なんだかあたしの心は空洞だった。しばらく仲間とスラムでたむろしていたら、ある日、突然荷物をもった身なりが綺麗な令嬢が走ってきた。
誰?あたしは目を疑った。 あの瞳は・・まさかパスカ?
「セルマ・・!良かった。無事だったのね。」

あの凡庸な汚い女が見違えるように綺麗になってあたしを抱きしめた。柔らかな良い匂い。
あたしは嗚呼間違いなくパスカだと安堵の涙が浮かんだ。

あの時、とても偉い貴族に気に入ったと言われて攫われてあれよあれよと言う間に、家の令嬢みたいなことをさせられたとパスカは興奮交じりに言った。
彼らはとても変だったと。なんか浮世離れした夫婦で、パスカはまるで夫婦のお気に入りの人形みたいだったと言った。

どうも、夢のような物語らしいが、パスカは少しうんざりしていたらしい。
なんだか怖いのだとパスカは言った。
もう少し成長したら、逃亡して放浪するつもりだとパスカは言った。

パスカは貴族から頂いた金品を貯めて、あたしたちに渡した。
とても美味しそうな食料も、信じられないぐらい甘い御菓子も持ってきた。
嗚呼。パスカ。貴方って。天使みたい。神様は信じていないけど・・嗚呼モノにも食べさせたかったわ。


モノが死んだとパスカは聞いてかすかに目を伏せた。
「そうなの・・やっぱり。」
パスカが仲間の死に心を痛めていたと解ってあたしは安堵した。嗚呼パスカは変わっていない。
綺麗になってもパスカはパスカだ。

アールは呆然とパスカの身なりや境遇について聞いて「何故戻ってきた。貴族の不評をかわないか?」
と思案気に言った。そんなに貴族は怖いのだろうか?

「わからない。わたしは与えられた事を必死で身につけようと頑張ってきたから。やっと。隙を見てわたしは自由を得たの。貴方たちが心配だったから・・。」

時々、貴方たちと会っていい?とパスカは心細そうな顔をしてアールを見た。
アールは眉をひそめて、パスカが言うんなら・・と頷いた。

それからあたしたちの生活は格段に良くなった。パスカのお陰だわ。
アールはパスカのお金を元手に、商会とかなにかを始めた。トートはこの品物を創れといわれたわ。
なんだか名工と呼ばれる職人たちが来たの。どうも訳ありで罪人になった人たちばかりなの。
中には冤罪で犯罪者になった人も居たみたい。
やだ。それって。孤児院で見た本。『岩窟王』みたいじゃない。あたしたちは孤児ですもの。時折、慈善事業をしている教会で文字や言葉を覚えたわ。そんな時、面白いから見て見ろよとトートに勧められたわ。

それは親友に全てを奪われた男が長い間をかけて復讐を果たす物語だった。

あたしはもうどきどきとわからないところはアールに尋ねたりして話のあらましを覚えた。
何という執念なの。あたしには真似ができない。憎み続けることは疲れるもの。
男ってすごいわね。

最後には敵を全て殺して可愛い女を得て幸福になったのよ。やはり幸福になるのも力や才能。そして執念と言うか
凄い心を持った人が最終的には幸福になるんじゃないかしら。


それから。パスカとは時折交流が続いた。あたしは高級娼婦になった。
パスカには随分と援助してもらった。あたしは娼館で覚えた知識と客の裏事情をひそかにパスカに教えた。
なかには首をしめながら射精する変態さんもいたわ。性癖って多様なのよ。女装癖とか。
お偉い人なのに性癖は驚くようなものもあった。

あたしは高級娼館で働いて売れっ子になった。 中には闇もあった。お客に嬲り殺してもいい子どもや女も居るらしい。そういう商品には破格のお金がつくらしい。そんなに人を殺したい人がいるのかしら・・。

嗜虐本能が強いのね・・。あたしは幸運だった。そんな客にはつかないよう頑張ったから売れっ子になった。
でも時折、振り返ると、黒い穴は幾つも点々とぽっかりと空いていた。あたしの辿った道は、奈落への穴がいっぱいあったみたい。あたしは良く生きていたなと思った。

そんなある日、パスカがあたしの棲む娼館へ来た。それも飛び切りのお客を連れてきた。
まるでお人形さん! 別世界の人間だわ。彼はドールと言うとても偉い貴族らしい。

パスカはあたしに教わって娼婦の真似事でドールを堕としたらしい。
パスカったら、やるわね。あたしは口笛を吹いた。

でも何故、こんなところへ? あたしは不思議だった。
パスカはいつになく黙っていた。ひそっと彼に心を与えたい。快楽の後に醜悪な真実を見せたい。とあたしへ呟いた。
あたしはなんのことがその時はわからなかった。ドールはうっとりとパスカを女のように蕩けた瞳で見ていた。

女の人生って。まさかの連続だったのね。パスカはびっくり箱だわ。
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