或る主婦のおかしなおかしな憂鬱

栗菓子

文字の大きさ
上 下
34 / 45
第4章 子どもたちの戦記

第7話 ダリアの降下

しおりを挟む
シズナはしばらく幸福だった。
無限の力に満ち溢れ、娘ともいえるダリア達を守れたのだから。ここならだれも傷つけられない。
ダリアもはじめは夢のようと喜んだ。
でも、怪我が完治するにすれ、下界のダリア達が住んでいたところ、宗教施設セルシーオ・ナミは今どうなっているのか気になり始めた。
ダリアは始めは、ゆっくりと養生して安堵に満ちた目をしていたが、だんだん眼光が鋭くなり、戦士の眼差しをするようになってきて嗚呼・・ここには繋ぎ止められない。彼女らは戦士だから・・。

シズナはそれを悟って悲しくなった。シズナはもう下界へは降りられない。シズナの力は莫大なものになって迂闊に降りれば、下界が力を支えきれなくなって悲鳴を上げるかもしれない。

「ダリア・・やはり気になるのね。敵の動向とか、かつての住処が・・忘れればいいのに・・。」

ダリアは花のような顔を憂いに帯びた表情に変えた。
「御免なさい・・シズナ。やはりわたしは戦士なのよ。どうしても敵やわたしが守るはずだったところが気になるの・・。それはリコリス部隊も案じていることなの。」

シズナは予想がついた事情に溜息をついた。
彼女らは下界に降りる覚悟を決めたのだ。せめてシズナは、彼女らに強力な加護と祝福を与えた。

「これが今生の別れになるかもしれない。魂はどこにいくかわたしにも分からない。二度と出会えないかも。
会えたとしても、まるでお互いに別人、別の種族のようになっているかもしれない。未来は解らないわ。
今まで言わなかったけど、ダリア。貴女の事は美しく誇らしい娘だと思っていたわ。
愚かな愚かな女の戯言だと思って頂戴。リコリス部隊も同じ。素晴らしい子たちと思っていたわ。
彼女らは虐待されながらも這い上がってきたもの。わたしはそれをいつも誇りに思っていた。」

貴女たちの雄姿に見惚れていたわ。わたしはずっと見守っていたかった。

「シ、シズナ様。お許しください。あ、あたしはずっとあなたに感謝していました。貴方様のお陰であたしのろくでもない人生は少しは喜びに満ちた人生になりました。シズナ様は貴方様はあたしにとって本物の女神です。
ダリア様とミモザとも一緒に居られてあたしは幸福を取り戻しました。」

嗚呼。『地獄の道化師』と呼ばれる女ね。馬鹿ね。化粧を落とすとこんなに美しいのに。
リコリス部隊でも一際輝いているわ。貴方は復讐の輝きを纏って、許せない罪人を殺してきた。

それは正当な報復だわ。 あたしはなぜか彼女に名前を与えたかった。
「まあ・・わたしはほんの少し力を分けただけよ。でもそうね。貴方の名づけ親になっていいかしら。
貴女は本当に美しい女だわ。 ナナミ。 七つの美しさを持った女よ。
正当な報復。誇り。美しい心。戦う意思。悲しみ。不屈。最後は・・そうねいつかわかるようになるわ。
最後は秘密よ。 ナナミ。美しき戦士よ。ダリアとミモザと仲良くね。」


「シズナ様・・あたしは・・」 彼女は美しい瞳からぼろぼろと子どものように涙を流した。とても美しかった。

嗚呼。行かせたくない。でも行かせなければ、彼女らは戦士で己の人生を決着をつけようとしているのだ。
それを止めることはできない。

「行きなさい。我が娘らよ。そなたらに祝福と加護が有らんことを願います。」

ダリアは少し悲し気な顔でシズナを見た。
ダリア達は光に包まれて、ゆっくりと消えていった。下界に戻るのだ。
最後にダリアは、口でア リ ガ ト ウ オ カ ア サ ン サ ヨ ナ ラ とゆっくりとシズナに伝えた。
とても美しく儚い微笑みだった。

娘たちが消えて、シズナは一人になった。

ずっと涙が止まらなかった。 シズナは喚き散らしたかった。こんな運命は望んでいなかった。下賤な女がダリアのために、ずっと高貴な女神を演じていただけだ。
行かないでとずっと言いたかった。でも親としての心がそれを許さなかった。娘の誇りを踏み躙りたくなかった。

彼女は世界で唯一孤独な女神になった。
彼女は子どものように倒れて泣き続けた。 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

それでも好きだった。

下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。 主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。 小説家になろう様でも投稿しています。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

処理中です...