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第1章 或る主婦の人生

或る主婦の日常の崩壊

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とあるこの世界には、現代でも過去でも未来でもなく、唯、ある時代に、ありふれた凡庸な男と女は、両親のすすめで、貧しくとも夫婦になって幸福になろうと誓いを立てた。
妻はその時点では愚かにも盲目的に夫を信頼し、愛した。いつまでもこの幸福が続くようにと妻は願った。
だが、運命と神様は残酷であった。
夫は心が少し弱く、長年の貧しさに、時がたつにつれて耐えられなくなり、若く愛らしかった妻がだんだんと年老いていく様と、あかぎれの手、粗末な安物の洋服を着て、健気に、夫を信頼して、苦労しても笑っている妻の心の強さと美しさを信じられない思いで見て、下劣にも劣等感を抱いた。

夫の精神はどんどん悪化し、妻は心配して、夫の両親に相談した。
「夫の様子がおかしい。もしかしたら心や体の病かもしれない。良い医者はいないでしょうか?」
それが夫の両親に懇願した最初で最後の助けを求める声だった。

義理の母は僅かに迷惑そうな顔をした。前からこの女は気に入らなかった。はじめは、この嫁ならいいと思って長い間息子と連れ添わせた。だが、子どもが生まれず、当時そのごろは不妊は嫁のせいとも言われていた。
息子のせいかもしれないという思いからは目をそらして、親の欲目で、息子を庇いたくて、つい理不尽にも嫁を恨んだ。わたしの息子ができそこないだと? 生意気な女だこと。この嫁のせいじゃないかしら?
義理の母は浅ましくも嫁を悪者にした。

「私の息子はできそこないではありません。貴方と一緒にいるからでは?子どもさえいればなんとかなっているかも・・。」
義理の母は、醜悪な悪意を含みながら、嫁を攻撃した。
義理の父は、その妻の様子を察して驚きながらも制止した。
「お、おい。よさないかお前・・すまない。●●さん。息子のことは俺も考えてみるよ・・。」

●●は義理の母の悪意を悟って深く傷ついた。子どもができないことは彼女にとっても不安の種だった。

「すまない。すまない。妻があんたに酷い事を言って・・すぐに俺も息子の様子を見るから。」

義理の父はまっとうな性格をしていた。だが息子の様子がおかしいと聞くとなると、見慣れた妻が憤怒の表情をかすかに見せて、立場の弱い嫁に攻撃した。悪意を向けた。
はじめてみる妻の様子に夫は驚愕した。
深く傷ついた嫁の顔を見ると、罪悪感とともに、見知らぬ妻と息子の一面を見たような気がして、彼はかすかに震えた。

慌てて、彼は息子の様子を見るために、懇意の医者を連れて息子の家へ行った。
息子の家は貧乏だった。ボロボロで嫁が必死で綺麗にしようと創意工夫して、修復したり、ひび割れた壁を箪笥で隠したりしていた。健気な工夫に父は思わず目を瞠った。
息子の生れた時代は父親より悪い時代だった。不況だったのだ。父親の時代よりより国の状況が悪化して、父は心配していたが、手伝いしようにも、老体では僅かな支えにしかならなかった。

久しぶりに見る息子は年齢より何倍も年老いて見えた。土気色をして、なかなか動かなかった。

医者は一目見るなり、これは相当精神が悪くなっていると悟った。
本当はその専門の病院へ入院したほうがいいと年老いた父に勧めたが、父は渋った。お金の問題だ。我が家も老体の身で働いてやっと暮らせている。

父は、苦渋の思いで強い薬を処方してもらうことで妥協してもらった。医者は神妙な顔をした。

息子は薬を飲みながらやっとの思いでまた働き始めた。妻も支えになりたいと農家の仕事の補助や、女でもできる内職の仕事を探して僅かでも小銭を貯めた。


そんないじらしい妻も通常は健気なと愛しく思うだろうが、精神状態が悪かった夫にとっては貧乏に対する憎しみが増したばかりであった。

妻の両親はとうに亡くなっている。妻は天涯孤独だ。

夫はなんとかして人生を良くしたかった。 夫は友人に誘われて事業をすることに決めた。普通なら怪しい話には乗らないが、そのごろ夫は精神的にこの状況から逃れたく金の誘惑に負けた。
友人は夫の心の弱さに付け入り、無知な夫を意味も何も分からない書類にサインをかかせ実印を押させた。
保証人だ。 金が回らなくなったら家の権利書や財産は没収される。

詐欺だ。妻は何も知らずに、友人を有り難く迎え入れた。 夫を地獄に突き落とし、妻自身でさえも地獄に突き落とされる悪鬼とも知らずに受け入れた。

愚かな愚かな夫婦の破滅が始まった。


はじめは夫と友人の事業は少しずつ軌道にのっているかに見えた。ある時、いきなり莫大な金を持つようになって妻は不安と驚愕を持って、この事業は本当にまっとうなのかと思うようになった。

義理の父にも相談した。義理の母はそれを聞くなり詐欺だと鬼のように喚き散らした。あんたのせいで息子はおかしくなった。鬼の形相であんたのせいだと無意味な責めをした。
義理の父はそれを聞いて顔面蒼白になって倒れた。 心筋梗塞だった。
心労のあまり、老いた血管が切れたのだ。 倒れた夫を見て妻は金切り声をあげて悲鳴した。

「出ていけえ!」
義理の母は老いた獣のように、嫁を突き飛ばした。わたしたはあんたらとは関係ない。もう息子は息子じゃない。
叫びながら、義理の母は、倒れた夫だけを心配し、禍をまねくかもしれない息子夫婦との縁を切った。


非情な振舞だが、正しかった。老いた両親はもう力が無いのだ。
嫁は、●●は涙を流しながら、詐欺と思われる事業をやめさせようと夫の元へ駆け寄った。

夫はすっかり頭がおかしくなっていた。見るからに危ない仕事をやっている人相の顔をした男たちが夫を殴っていた。妻は悲鳴を上げながら誰かと誰かと叫んで、助けを求めたが、一番年下の金髪の男に口をふさがれた。
粗末な服でもたわわに盛り上がる形のいい胸を卑しい目で欲情の目で見られながら、千切れそうに揉まれた。あまりの痛みに呻いた。執拗に揉まれて、妻はすすり泣いた。
夫はへらへらと妻の哀れな姿を見ていた。
首謀格の男が、にやにやと「ごめんねえ。事業が失敗してね。この家の権利はこっちのものになったんだよ。
あんたも財産になっているよ。大丈夫だよ。まだ売れるから。」

ぞっとするような言葉をべらべらと男は言った。
夫は黙っていた。
「あんたは綺麗だけど年増だね。悪いけどこの位の金にしかならないよ。」
わずか1.2百万で妻は借金のかたに売られた。以前、夫と貧しいながらもお金を貯めて若い時、映画館へいって古い映画を見たことがある。B級映画だそうだ。なるほど、確かに貧しい人が、運命に裏切られて、追い詰められて逃げ続ける映画だった。妻は見るのが嫌だった。夫は真面目に見ていた。なんとなく未来を連想させた。

妻はそのデートを思い出した。

嘘だ。これは罠だ。夫の友人ははじめから騙していたんだ。あの人の弱さに付け込んで・・妻はたちまち事の真相に気づいて悔しかった。

今まさに夫婦の運命はB級映画のような展開だった。神様。これはなんの悪夢なの。
妻は運命の急展開についていけなかった。夫に助けを求めたが、信じられない姿をさらに目撃する羽目になった。
夫はへらへらと狂気の笑みを浮かべて、妻の売ったお金を大事そうにかき集めていたのだ。
「あ、貴方・・・」妻は震えながら夫を呼んだが、夫は完全にあちら側にいっていた。

ああああ。妻は叫びたかった。でも涙を流す妻を欲情の目でみている年下の金髪の男に舌で頬や涙を犬のように舐められて、せわしなく胸を揉まれて抑えつけられた妻は無力だった。
妻は力が抜けて倒れそうになった。
「おおっと。」金髪の男は子どものように笑いながら獲物を、黒い車に乗せた。夫は唯、虚ろな目で連れ去られる妻を眺めていた。妻も見えなくなるまで夫を見ていた。

妻は放心状態だった。金髪の男は、嬉しそうに妻の●●の胸をおもちゃのように揉んだ。

「あんた・・結構綺麗だな。白い綺麗な肌だ。気持ちがいいや。」

嗚呼。悪鬼たちに捕まったんだ。妻は己の運命を悟った。地獄だ。

妻にとって、この乗っている黒い車は、地獄へ運ぶものとしか見えなかった。

夫とはそれが最後だった。夫婦は崩壊した。或るありふれた主婦の日常は呆気なく崩壊し、非日常の世界へと連れ去られた。

妻は固く目を閉じた。現実を見たくなかった。彼女は、悪鬼に嬲られていた。
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