水底の恋 天上の花

栗菓子

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第7章 夢の終わり 真実の終わり

第10話 真実の終わり

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わたしは、両親のアレフとシーナが共に焼き滅ぼされたと聞いたとき、嗚呼と悲嘆と共に、最期までで一緒にいられて何で幸福な夫婦かと羨んだ。

アイシャも襲われたらしいが、夫ジルが守ってくれたらしい。 シンはこの試練を乗り越えたら立派な領主となるだろう。

わたしはいつかこの夢のような幸福が終わるのだと予期していたのかも知れない。

あまりにもまぶしくてわたしには少し涙が出そうだった。

解っていた。わたしたちの幸福の陰には犠牲となった人たちも居る。わたしたちは清廉潔白ではない。

でも人間は自分の幸福を守りたい余り、他の者を排除する。

いつかは足元をすくわれるかもしれないことも予期していた。


カイトがわたしとの婚約破棄となったのは、ハリアン公爵の仕業かもしれないことは薄々察していた。
でもわたしは黙っていた。わたしは既に彼の虜だったから。わたしは彼の人形となった。


わたしはハリアン公爵の寵妃である。でも悪魔の娼婦と嫉妬と軽蔑と侮蔑の目で見られている時もある。

これが人間の本質なのだ。どろどろでぐちゃぐちゃで欲望の渦に満ちた悪意の壺でわたしたちは辛うじて上澄みを得ている。

昔の私は知っている。壺の最下層の澱に沈みゆく最下層の女だったから、泥はさんざん味わった。

わたしは私はハリアン公爵の作った世界。壺のような世界で生きている。いつ沈むか分からない世界だ。

昏い瞳をした侍女。わたしを敵視する従者。彼らはハリアン公爵を崇拝している。
わたしが目障りであろう。食べ物に少しずつ毒が混ざっていることをわたしは知っている。

わたしは受けいれる。わたしはもうこの世に未練はない。

ハリアン公爵への復讐は無益だ。彼は高位の者。わたし如きでは叶わない。

唯、わたしは受けいれるだけ。何もできない無力な女であることを受け入れる。

わたしは幸福だった。わたしはわたしなりに道を歩んだ。

愛しいアイシャ。シン。彼らなら何かあろうとも生きていくだろう。 わたしは弱い愚かな女だ。

ハリアン公爵にまた殺される時を待っている。 それが環となるのなら。


わたしはまた繰り返すのかもしれない。このどうしようもない運命を。

わたしは唯、時が満ちるのを待っている。 

今生ではネリアと呼ばれた貴族の娘はハリアン公爵に抱かれている。

とても優しい抱擁だ。わたしは甘受する。この愛と言う呪いを受け入れる。

彼は気づいているだろうか。かつてわたしは貴方が殺した恋人だと。いいえ。もう覚えていないだろう。

唯、魂のどこかで何かが残っているだろう。人は生きている限り何かを残すもの。

わたしは彼を愛し愛されることを受け入れた。 愚かな愚かな女だ。
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