水底の恋 天上の花

栗菓子

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第7章 夢の終わり 真実の終わり

第9話 復讐

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シン・ノーランは偽りのリリー姫から、真実の告白をされ、義理の兄のジル・オーデインにこの話の伝令を寄越した。
リリー姫いや。リリーは罪を隠蔽して我が家の暗殺者用使用人として扱おうとシンは思った。
美しい容姿。幼児のような性格。アンバランスな彼女がシンは気に入っていた。
本物の姫など見たこともないし、残念だが運命なのだ。これはリリーが妻になれば済むことだ。

リリーの変容する髪や瞳が宝石の様でシンは見惚れていた。暗殺者としての腕もあるなんて素晴らしいとシンは思った。アレフ・ノーラン家は一筋縄ではいかない家だ。普通の姫が耐えられるだろうかと思っていた。

偽りのリリー姫のほうがノーラン家に相応しかった。

この事態を知ったジル・オーデインは激怒して、デイエルの館に数人の使用人を伴って捕縛に向かった。

しかし、館はもぬけの空だった。親戚や友人などを調査したが消息は知れなかった。

奇妙な沈黙の時が続いた。数か月後、深夜 事件が起きた。

シンの両親のいる別邸 本宅より贅を極めた館が、突然爆風とともに燃え上がったのだ。

良く考えての爆破だろうか? その深夜は強風が激しかった。 炎は瞬く間に燃え上がり他の館へも飛び火が舞い散った。

真珠の涙姫シーナは病で衰弱して寝室に寝たきりになっていた。生きているとは思えない。

屈強な護衛の男が、アレフを館から連れ出したが、朦朧とした頭を辛うじて支えて起き上がると、アレフの目の前には燃え上がる館があった。彼は顔面蒼白になり、護衛の男を突き飛ばし、再度炎の館へ戻った。

最愛の妻シーナを助けるためにだ。護衛の男は血相を変えて止めようとしたが何故か手が届かなかった。

アレフの姿は炎上する館の中に吸い込まれた。なす術もなく使用人たちはそれを呆然と見ていた。

蒼白になったり心配そうに成り行きを見守った。

火災のための用水路や、水をためる施設へいって、使用人や他の助けに来た人たちがリレーで水おけを運び、消火活動を必死で続けた。

だが火の勢いが強く、3日間燃え続けた。

やっと鎮火した後は、何も無かった。 贅を尽くした瀟洒な館。シーナのための館は跡形も無く消えていた。
煤けた木片。きな臭い匂い。 価値があるものは全て燃やされた後だった。

その中で、二人の遺骸が見つかった。お互いを庇うように息絶えていた。黒い焼けた遺体。

アレフとシーナの夫婦の遺体だ。それを見たシンは思わず子どものように半狂乱になった。

だが事態はさらに悪化した。アレフの館が燃えた時とほとんど同時に、ジル・オーデインの館に多くの軍のようなならず者たちが急襲したのだ。

勿論、ジル・オーデイン家には護衛もあり、防備は完璧だったが、それでも破壊と多くの犠牲者は免れなかった。

妹のアイシャも初めての敵の急襲に震えながらも、健気に立ち向かった。
ジルはアイシャを庇うように抱きしめた。アイシャはためらいがちにジルの服に縋り付いた。

長い長い戦闘の夜が続いた。 護衛達が戦う男が聞こえる。ジルとアイシャはそれを聞きながら応接間のソファで座っていた。

応接間の壁の裏には隠し通路がある。ジルはアイシャにそれをオーデイン家の妻として伝えている。いざとなったら逃げろと。

だがアイシャはジルから離れることはできなかった。
ジルが消えてしまいそうでアイシャは怖くて小さな手で懸命に縋り付いた。繋ぎ止めようとした。
アイシャはいつの間にかジルを愛していた。
「わたくしを捨てないて下さい。貴方様の元に置いてください。わたくしは・・。」

アイシャは一度もジルに愛を告げたことはない。だがこの禍の時だ。愚かな女の戯言と思ってほしい。
一度だけアイシャはジルに告げた。
「ジル様。愛しています。」
か細く確かにアイシャはジルの瞳を見て真実の愛を告げた。

ジルは僅かに表情を変えた。柔らかな表情だった。始めて見る。こんな夫の顔は。
ジルは唯、アイシャを愛おし気に撫でた。アイシャの金の髪を顔を丹念に撫でた。
ジルはアイシャを抱擁した。

「ジル様。愛しています。」
妻から初めて愛の言葉を告げられた。気丈な妻だ。
この死の間際に秘めていた心を言わずにはいられなかったのだろう。
妻の綺麗な心。純粋な心。美しい容姿。偽りなき真実の告白。

ジルは妻を最も美しいと思った。綺麗だと見惚れた。
ジルはかつてなくアイシャを心底から愛しいと思った。
ジルはこどものように嬉しかった。

ジルはなんとしてもアイシャと生き延びると誓った。そして敵に後悔するほどの報復を与えてやると思った。
ジルは決してアイシャを手放さなかった。

剣と剣が打ち合う男が聞こえる。悲鳴と断末魔の音も聞こえる。荒々しい足音が聞こえてきた。
この応接間の扉がバアンと壊れるほど開かれた。
敵か? ジルは剣をぬいて立ち向かった。

護衛の騎士隊長が息を荒げて、「ジル様。辛うじて狼藉者は倒しました。しかしまた追手がるかも知れません。
ジル様。安全なところへ退避しましょう。」と言った。

ジルとアイシャは頷いた。騎士長が用意した粗末な馬車が避難先まで目ただぬ様移動してくれた。
彼らは闇夜と同化して、森の中を、山の中を荒々しく駆けた。

避難先の館は小さくても綺麗な洋館だった。ジルとアイシャも安堵した。

彼らはしばらくこの館で逗留することにした。

ジルはアイシャを宥めながら、夫婦の儀式をした。死の間際の子孫繁栄本能だろうか?
アイシャの体がかつてなく欲しかった。アイシャはジルの高ぶった性器に頬を染めながらも、受けいれた。
そして能動的に、ジルの体に細い腕を巻き付け、腰を動かした。

いつも受動的なアイシャのはじめて能動的な姿だった。その姿はかつてなく妖艶でジルのための姿だった。

この女との子どもが欲しい。この男との子どもが欲しい。かつてなく夫婦の思いが一致した瞬間だった。

まるで一つになったような感覚だった。ジルはアイシャはかつてない至福を味わった。

かつてない神聖な快楽を味わった。夫婦はいつまでも交わっていたかった。


だが、酷い現実は容赦ない。
ジル・オーデイン家の被害は大きく、死傷者も多かった。その報告にアイシャも蒼白になりながら妻として聞き続けた。もう一つ。悪夢を知らせる使者が来た。

アイシャの両親。アレフとシーナが焼き滅ぼされたと・・。

シン・ノーランとリリー姫は生き延びたが、シンは両親の遺体を見て半狂乱になったと聞いた。

これには、気丈なアイシャも気絶した。

ジルは倒れたアイシャを寝室に運んで侍女に介抱しろと命じた。蒼白な妻の顔。衝撃で倒れた顔。

ジルは復讐の思いで業火のように憤怒に満ちていた。

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