水底の恋 天上の花

栗菓子

文字の大きさ
上 下
41 / 66
第5章 女神ネリア

第9話 狂信者

しおりを挟む
ハリアン公爵が用意した館。小さいけどわたしの海の瞳にあつらえた蒼玉と貝と色硝子をはめ込んだ宮殿。
東洋と西洋を融合したような装飾で、わたしはとてもお気に入りであった。

侍女とお昼に東洋のお茶と西洋の紅茶を試飲しながら、味わいを比べるのはひそかなわたしの趣味であった。侍女はハリアン公爵がわたしにつけた守護もしくは監視だ。
なにか武器をもっているのかもしれない。彼女は隙が無かった。彼女の目は昏い目だった。猟犬のような目だ。

ハリアン公爵は実力主義だ。恐らく非合法な組織でも関わっているのだろう。
彼はどんな能力も強ければ愛したが特に稀な能力を持つ者が好きだった。

未来予知とか、空間を歪める力とか、途方もなく美しいものを生み出す力とか様々な能力者を集めて、ひとつのギルドを作った。
そこでも能力によりヒエラルキーがある。

侍女は無表情で昏い目で私を見つめる。そこには何の感情も見られない。
わたしは淑女としての礼儀をして、彼女を傍に置いた。
わたしは「お茶を一緒にどうぞ。」と柔らかに彼女に言った。
彼女は少しためらいを見せたが、次第にほぐれていってお茶に関する味の傾向について細かく分析して見せた。
わたしは少し驚いた。彼女はお茶の種類だけでも博識だ。
わたしも知らないお茶の効能や成分について彼女は時折こどものように自慢して披露する。

まあ・・ハリアン公爵の登用する人材はどれもこどものようなところがある。才能が有る方たちは皆そうなのだろうか?わたしは不思議でたまらなかった。

彼女はある日、ぼつりとわたしに呟いた。
「貴女が嫌いでした。お姫様。貴女はハリアン様の寵愛を一身に受けて、この世で最も幸福な女性に見えました。
わたしはハリアン様を崇拝しております。彼は実力主義なのに、何故貴女様は美しいがそれだけの貴族の女なのに・・と何の力もない貴女ですが、何故彼の心を射止めたのでしょうね。」

わたしは黙って彼女を見た。嫉妬に歪む女の顔だ。醜いが人間的だ。
わたしは微笑んだ。
「それは彼が決める事。わたしの意思はありません。唯、わたしはハリアン様を慕うだけです。」
彼女のほかにもハリアン様を狂信する使用人達は数多くいる。愚かな事。わたしは溜息をついた。どれだけ狂信しようと神は冷厳と愚劣な姿を見ているだけなのに・・嗚呼ハリアン様は神の現身のようなのだわ。
残酷で無慈悲な人間以上の者。だから彼らは従うのだ。わたしはおまけにすぎない。

「わたしは彼の渇きを一時は満たす者にすぎません。大海の一滴のとるに足らない女です。ハリアン様がきまぐれにわたしを求めただけです。」

わたしは冷徹にわたしの価値、存在理由を知っていた。
いかなる運命のきまぐれか。わたしと彼の運命を引き寄せたのは何者だろうか?
偶然であってもわたしにとっては唯一恋した相手だ。

僅かな共にいる時を少しでも伸ばしたいだけだ。

わたしも彼を愛している。これはわたしにとっても戦なのだ。わたしは彼が飽きるまで去るつもりはなかった。

「わたしは彼が私に飽きるまで共にあります。」

わたしは凛然と昏い昏い目をした侍女を見据えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

処理中です...