水底の恋 天上の花

栗菓子

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第5章 女神ネリア

第7話 憂鬱

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ハリアン公爵の忠実なる下僕がどろりとした腐った泥の様な腐臭や死臭のような澱の感情、本性をわたしに曝け出した。
まるで悪趣味な子ども。ハリアン公爵の元にいる方たちはみんなこどものように魅力的で残酷で残忍な面を持つ。
わたしは動じなかった。わたしの中には海が有る。

わたしが沈んている海だ。冷たいけど慣れれば心地いい。海は怖いものもあれば美しいものもある。
唯、存在が生きている。いいえ死も生も混ざっているのかもしれない。だってわたしも死んだことがあるではないか。

掃除屋はわかりやすかった。彼はだれよりも子どもで正直だったのだ。自分より良い思いをする人や、何も知らない子どもが羨ましくて嫉妬してしまうのだろう。

傲慢で繊細で嫉妬深い子ども。正義感が強いこどもには解らなかっただろう。
こどもがこどもを殺しただけだ。ああゆるせなかったのね。

なんだか過去のハリアン様とわたしの関係に似ているわ。ハリアン様もわたしが許せなかったのかしら。
境遇も事情も何も違えと、衝突してしまいわたしはかつての恋人に許せない思いを抱かれてしまい破滅した。

ありふれた娼婦の破滅の末の死。 それを覚えているのはわたしだけ。


わたしは彼を嫌悪しなかった。唯淡々と見るだけだ。彼はそういう風にしか生きられない。
ハリアン様もわたしもそういう風にしか生きられないだけだ。


わたしは彼を裁く身ではない。彼に深く傷つけられたものだけが復讐する権利があるだろう。

「わたしはわたし。貴方は貴方。唯違う。それだけ。」

それだけのことで善良な人であっても殺される。弱いから殺された。それが摂理かもしれない。

では、なぜわたしはこうやって過去の記憶を持ってハリアン様とまた恋人になったのだろう。

わたしたちは繰り返しているのだろうか?

そう思うと憂鬱になる。意味があるかもしれない。無いかもしれない。

神様はわたしに彼を裏切るなと言いたいのだろうか?わたしの矮小さ。醜さ。弱さを許せなかったのだろうか?

わたしはわたしのちっぽけな自尊心を捨てれば、正直にこどものように彼を愛している。ずっと居たいといえばよかったのだろうか?答えは無い。

わたしは久しぶりに過去を思い出して憂鬱になった。

わたしは過去にもましてハリアン様を深く愛してしまった。矮小なわたしの心には持て余すほどの熱情。
これほどの愛はもう他の人には抱かないだろう。


人はわたしを頭がおかしい女と嘲笑うかもしれない。でも正気と狂気の境目って何なの。

本当は何も無いかもしれない。 わたしは死んで普通の人が持つ感情をほぼ失った。

あるのは唯、慕わしさ。深い愛。 いつかはハリアン様はわたしに飽きるかもしれないだろう。
その時までわたしはハリアン様の傍らで全てを見届けよう。


ハリアン様は敵があまりにも多い。彼の犠牲者は数知れない。わたしは女が無惨に嬲り殺されても何も感じない。
ああ終わったんだとしか感じない。でもそれを嘆く親の気持ちを思うと心が僅かに痛む。


いつかはこの運命も終わりが来るだろう。 その時までわたしは彼を満たす女であり続ける。


嗚呼。アイシャ。わたしの妹。 彼女だけは良き人生を歩んでほしい。彼女は生きている。
生きて良き人生を歩む女。長生きする者。命。生命。そのものとして何がおころうとも果敢に戦ってほしい。

わたしは妹の幸福を祈った。 弟シンの幸福も祈った。


わたしはいつか彼にまた殺されるかもしれない。でも仕方がない。これがわたしの選んだ運命なのだ。

わたしはもう逃げない。すべてを受け入れる。



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