水底の恋 天上の花

栗菓子

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第5章 女神ネリア

第6話 掃除屋 

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俺は掃除屋だ。名前は無い。ハリアン・クリス・クリステル公爵の元で働いている名もなき使用人だ。
俺は物心ついたときから、スラム街の鼠や腐った残版を食べながら生き延びた。
そこは阿片で侵され、骨と皮だらけになった女や男が廃人のように生きながらえていた。

子どものごろはあまりよく覚えていない。生きるためになんでもやったような気はする。

よくある恵まれない子供は生きるために犯罪組織に入りました。本当に穢い仕事もなんでもやったよ。

何故俺のような下賤な者がハリアン公爵の末端とは言え忠実なる下僕として働いているかわかるかい。
俺が犯罪組織で優秀な暗殺者。主人にとって邪魔な人や、有害な人を人知れず処理したり掃除して人の痕跡を跡形も無くするのがとても天才的な才能があったからだ。

いや超能力かな。

俺の才能に注目した主人は俺を珍しい奴隷としてハリアン公爵に献上した。

ハリアン公爵は皮肉気に笑い、余興として邪魔な男を一人捕えて俺にどうやって処理するか見せて見ろと言った。
俺は頷くと、男の頬に最後の別れのキスをして、男の首の頸動脈にナイフをあてて丁寧に切った。すると血はあまり流れずに息絶える。血はどこへ行ったのか?
不思議だろう。俺が殺すと血が出ないんだよ。俺もこの力には頭をひねったものさ。わからないものはどうしようもないと諦めたけどな。

不思議と、俺が死体をバラ肉のように分けると断面だけが見えて、血が出ないのさ。まるで魔術だろ。
変な力だよな。俺は死体を細かく切ってミンチ状態にして飼っている動物や最下層奴隷に餌として食べさせた。

後は、綺麗に片付けるだけ。俺の使ったナイフは血はつかない。
俺が掃除すると、床はピカピカに綺麗になるんだ。前より綺麗になるんだ。

変な才能だけはいっぱいあるよな俺って。

ハリアン公爵もこれには目を見開き、俺を面白いモノとしてみなした。俺はハリアン公爵の元で働くことになった。
他にも奇妙な能力を持っている人は多かった。

ハリアン公爵は能力主義だった。それも特異な才能を見出す方だった。
それは権力を維持するのにも必要な才能だよな。俺はそこでも末端の下僕だったけど、前よりは待遇が良くなって気分が良い。

そして、俺って恵まれた奴らが嫌いな屑なんだよな。
ハリアン公爵のように力も頭もある人にははなから叶わないと思って手を出さないけど、弱いくせに家柄だけは恵まれていてわがままに育ってそれが許されると思って疑わない奴らが嫌いだった。

ある庶民の子どもも殺したことがあるよ。生意気だった。俺が汚い浮浪者を虐めているとやめろとお節介をかきやがった。そいつは庶民だが裕福だった。きっと親が優秀だったんだろうな。
偶々そのガキは、街の祭りに参加していて、親とはぐれたみたいだった。迷子になったんだろうな。いい気味だヨ。
そいつは珍しく善良で正義感があった。俺はそれが一番嫌いだった。
そいつは止めようした。その間に浮浪者は惨めに逃げたよ。
俺はなんであんなやつを助けようとした?と尋ねた。だってみっともないじゃないか。何もできない弱いものを嬲って楽しいのか?

楽しい。すごく気持ちよくなる。俺は断言した。あんなやつら。早く死んだ方が良い。

俺はそういうと、そいつは変なものをみるような目つきをした。嗚呼こいつは世界の不条理や理不尽や狂気 穢いものを見たことがないんだなと俺はすぐにわかった。

許せなかった。俺はずるいと思った。俺は浮浪者の代わりにそのガキを痛めつけた。骨が折れる音が聞こえた。
ガキは泣き喚いた。ざまあみろ。下手な正義を出すからだ。俺は思い切り何回も倒れたガキを蹴った。骨や内臓がつぶれる音が聞こえた。でも俺は何も感じなかった。

こいつが悪い。俺はそう思った。ガキは苦しみながら死んだ。俺は嬉しくてたまらなかった。

それからも俺は時折、そういうやつらを狙って殺した。

最低だけどこれが俺なんだよ。だって許せないじゃないか。俺を変な者のように見て、穢いものなんか見たことないくせに、あんなやつを助けようとするからだよ。弱いくせに。


俺にはあんなやつらが解らなかった。 あいつらも俺が解らなかったんだろう。

俺にとっては力がある者が正義だった。どんなに残虐であってもだ。

ハリアン様も実力主義で自分にとって有益か不利益な人か選別していた。
それは俺にも納得できた。だから俺は従った。

そんなある日、ハリアン様は女を迎え入れた。俺は当初。ああハリアン様の余興がまた始まったと思った。
ハリアン様は時折、美しい女や 優れた女を家へ招き寄せ初めは、普通に対応してもだんだん嬲っていく。
ハリアン様の本性に気づいた女たちは逃げようとするけどだれも逃げられなかった。

ハリアン様の悪趣味な鬼ごっこ。ハリアン様や俺が鬼で女は羊だった。狩られ喰われる羊。
彼女たちは泣きながら館を逃げたり、庭へ出たりして森へ逃げ込もうとするけど途中で俺たちに捕まって死ぬまで嬲られ死んでいく。
両親に愛された柔らかな身体。光しかしらない女たちが人知れず惨めに殺される様は快感だった。
死体は跡形も無く処理したよ。面白かったよ。真面目な女達の両親や知り合いが蒼白になりながら女達を探し回るのを眺めるのは愉快だ。
あんたたちの大切な人はもう獣に嬲られて無惨に死んでいるよ。そう言って絶望に突き落としたかった。
でも言わない。言わないことで苦しめられる人たちも居るもの。

俺は唯、唯 愉快で笑っていた。

俺は最低の屑で頭がおかしいんだろう。でもそうしなければ生きてはいけない人も居る。

ハリアン様の元で働けて俺は幸福だった。穢くていびつで残虐でどうしようもない世界。でもこれが俺の世界だ。
俺はそこで飛び跳ねる道化だった。


そんな日常を過ごしている中、なんだか不可思議な空気を纏う貴族の娘がハリアン公爵の寵妃としてハリアン家に訪れた。俺はまた羊がやってきたと思った。でも今回は違う。羊は両親に愛された普通の貴族の娘のはずなのにどこか見透かすような目をしていた。
彼女はどこか浮世離れして超然としていた。

ハリアン公爵の悪魔的な本性をどこかで受け入れて抱擁していた。
あんな女ははじめてだった。

海の女神と謳われているように彼女はつまらない正義よりあるがままを受け入れていた。
唯、存在そのものを見ていた。
生と死を受け入れていた。

ハリアン様を悦ばす高級娼婦のような顔をすれば幼げな聖女の顔もする。彼女は闇を深く知っている。知っていながら光に生きる者として普通に生きる女は不可思議だった。

ハリアン様は彼女の多面性に満ちた顔を愛し、飽きないようだった。
彼はこどものように彼女を寵愛した。お気に入りの玩具を見つけた子どものように目を輝かせ、ずっと抱えていたいようだった。

俺は羨ましかった。俺もあんな女が居たらと思った。
いや、ハリアン様だから手に入ったのだろう。

俺はありのままに本性を彼女に曝け出したことがある。彼女はどこか予期していたように俺を見た。

「貴方は貴方。 わたしはわたし。 唯違うのよ。」

存在が違うのだ・・ああ俺は納得した。俺が殺したガキもそれが解っていれば良かったのに。

同じ人の皮をかぶった者であっても多様な精神を持つ者も居る。
或る者はそれに脅え、怖がるだろう。だが彼女はどこかでそれを良くしっている。

こんなに違う者達が世界で生きているのだ。衝突もあり、陰惨な悲惨な物事も当たり前のように起きるだろう。

あるがままにあることは難しい。


唯、理解しあえないだけだ。彼女はそれが解っていた。

俺は彼女の精神に触れ、なんだか心地よかった。 彼女は女神の精神を持っていた。

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