水底の恋 天上の花

栗菓子

文字の大きさ
上 下
19 / 66
第3章 運命の輪

第11話 婚約破棄

しおりを挟む
わたし、ネリアの人生は時折、不安になるぐらい幸福で順調そのもだった。
カイトには、激しい熱情がないものの、淡い恋愛感情は抱いて穏やかな結婚関係は築けそうだと思った。
カイトも同じように思っていたらしい。勿論、貴族には正妻のほかにも愛人は居る。
それが男の甲斐性だと言う者もいる。それを許せない嫉妬深い妻も居るらしいが、私はそこまでカイトには執着がない。
友人以上の思いを抱いているだけだ。

わたしにも秘密は或る。前世のわたしは娼婦で恋人に殺された事だ。
あの男がどこかに心に棲みついている。恐怖と恋慕。愛。

私は何と未練深いのだろう。でも男も転生していた。あのデピュタントのバルコニーではっきりと男の魂がわかった。容姿は違えともどこか性質がよく似ていた。残虐性があるが魅力的な獣。

許せないという気持ちもあるが、どこかでまた会いたいとも思っていた。

わたしは不安を抱えながら、カイトとの交際を続けていた。こどものような交際。
彼といると安らぎを得た。彼には感謝している。

でもわたしには忘れられない人がいた。
だからだろうか?運命の神はいきなりわたしに試練を与える。

「カイト男爵と婚約破棄をしてくれ。カイト家が何か上の人の不興をかったらしい。カイト家は今追い詰められている。余計な助けをすれば、我が家も危うい。」

お父様が蒼白な顔でわたしにすまないといいながら、婚約破棄を命じた。
お父様が恐れるということは相当上の権力がある人なのだろうか?元々激しい恋愛ではなかったためわたしに異存はなかったが、カイト様は大丈夫だろうか・・。薄情だが貴族にはこういうことがよく或る。
家に不利益が出るような事態になったらいつでも婚約は破棄されるのだ。

わたしはお父様に大丈夫ですわと言って、カイト様に別れの手紙を書きたいとお願いした。
お父様もそれは許してくれた。

なんだが寂しいがわたしとカイト様の縁はその程度だったのだ。

わたしはカイト様に、一時は婚約した相手。貴方と一緒にいるときは楽しかったです。でもわたしはお父様の娘。
我が家が不利になるようなことは避けたい。本当に申し訳ありませんが、婚約破棄を申し立てます。
カイト様が新しい幸福をつかむようにお祈り申し上げます。との旨を書いて、伝令に手紙をカイト家に渡した。


カイト様。さようなら。負けずに幸福を掴んでください。

わたしはそう祈った。


数日後、王都からの手紙がお父様あてに来た。
お父様は蒼白になって震えながらわたしに手紙の内容を伝えた。
わたしは不思議と予期していた。ああ・・彼か。

王都でも有数の大権力者 ハリアン・クリス・クリステル公爵がわたしを見初めて私を寵妃にしたいそうだ。
あの男も私の魂に気づいたのだろうか・・彼には前世の記憶はあるのだろうか?

わたしはそれをどうしても確かめたかった。過去の運命と対峙したかった。

わたしはお父様に微笑んで、了承した。わたしを寵妃にするような殿方の顔を見てみたいと面白そうにわたしは笑ってお父様に大丈夫と言いながら、公爵の命令を受け入れた。

「お前は彼と会ったことがあるのか?なんだかこの事を予期していたみたいだな・・」

お父様は娘の言動に敏感なところがある。
「ええ・・デピュタントで或る殿方と目が合ったことがあるの。なんだか気になって・・多分その方が公爵だわ。」
「わたしをお気に召したみたいね。」
ふうと、わたしは溜息をついた。
「何とかうまくやってみるわ。安心して。お父様。」
わたしはお父様を上手く宥めて、公爵の寵妃となることにした。

未来はどうなるかわからない。でもこの未来は過去と対面することにもなる。
わたしは逃げたくなかった。


お父様はお前がそういうなら・・と渋々と了承した。 
アイシャは呆然と王都へ・・?公爵の寵妃へとなるの。お姉様が・・カイト様はどうなるの・・?と呟いた。

急激な私の運命の変化についていけなかったらしい。

シンは複雑そうにわたしを見た。
「これで良かったのか?カイトは好きではなかったのか?もしいやだったら・・」
わたしは嫌ではないと答えた。
「カイト様は好ましいお方だったけど淡々とした関係だった。そんなことよりわたしを気に入ったお方が気になるの
しかも公爵ですって。わたしには雲上の人よ。驚いたわね。行ってみたいわ。」

わたしはなるべく気軽にだが真剣に弟に答えた。

「ネリアがそういうのならば・・何があったらいつでも我が家に状況を伝えろ。」
「ハインツ公爵は偉大なお方だが、その反面嫌な噂も多い。噂の中には真実も秘められていることが多い。」
「そうでしょうね。権力があるお方には、決して綺麗事では言えない何かがあるのでしょう。お父様もそうだったもの。」

わたしは頷いた。でもわたしは既に行くことを決心していた。わたしは一度殺されたことがあるのだ。
もう恐れるものか。わたしのかつての恋人。愛した人。裏切り裏切られた人。彼に殺された哀れな娼婦。

決着をつけるのだ。これが神様の計らいなのだ。


数週間後、わたしはお父様とお母様が用意した品物を馬車に乗せてわたしというネリア妃を乗せて、馬車は王都へ向った。

お父様とお母様はさよならとお互いに手を振りあった。わたしも馬車の窓から手を振りあった。
アイシャは涙が出そうだから別れにはいかないと家に引きこもった。
シンは両親の背後で苦々しい複雑な顔で手を小さく振っていた。


それが最初の家族との別れだった。呆気ないが仕方がない。親と子は一度は必ず離れていくのだ。

もうわたしは子どもではない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

処理中です...