水底の恋 天上の花

栗菓子

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第3章 運命の輪

第9話 春の寵姫

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わたしたちは、夢のようなデピュタントと旅を終え、懐かしい弟シンと妹アイシャが待っている我が家へと戻った。
嬉しそうに王都のお土産を期待するアイシャ。少し疲れた感じのシンは大人びて見えた。
「ねえねえ。王都はどうだった。教えて。教えて。」
子どものように私にせがむアイシャは愛おしい。わたしは微笑んで、アイシャに優しく注意した。「後で話すわ。今は服を着替えて休んでからね。お父様もお母様も長旅で疲れているから。」
「大丈夫よ。お土産はたくさんあるから。アイシャとシンの分。使用人の分もあるわ。お父様が大振舞をしたのよ。」
ネリアは、穏やかな顔で微笑んでいった。

それは聖母のように、慈愛に満ちた様子で、アイシャは本当に姉様のほうが母様みたい。と思いながらも、現金なことにお土産の言葉に心弾んだ。
お土産はなんだろう。お父様の事だ。きっと王都の珍しいものや注目するものを選んだに違いない。
お父様はそういうところに目がないんだもの。
何か、商業や、利益になりそうな商品に目がないもの。
先見の目を持っているお父様はこれから拡大していく商業や伸びていく会社に目を付け、権利証や株主などになって莫大な利益を上げている。

悔しいけどアイシャは凡庸だ。お父様のように才能もない。ありふれた貴族の娘だ。幸いにも麗しきお母様によく似て容姿だけは良い。お父様の事。決して私の婚姻は悪いようにはしないだろう。
それだけの家族の愛情をアイシャは感じていた。ネリアもシンも確かに両親の愛情を受けていた。

お父様のためにも、良い家に嫁いで役に立ちたい。アイシャはお父様が大好きだった。お父様とお母様の馴れ初めは
まるでどこの御伽話だろうと思うほど、浪漫に満ちて美しい恋話だった。
まるで奇跡だわ。
私も、同じ男爵家令嬢のパーテイがあって、時折雑談などするけど、やはりそんなに仲は良い夫婦は居ないみたいだった。少し寂し気に微笑む友人が可哀相だった。元々、貴族の結婚は家同士の結束を高める政略結婚のようなもの。
それでも情を求めるのは、女の性 いや人の性というものなのだろう。

不幸な結婚もある。それに苦しむ子供もいることはアイシャにも分かった。
アイシャはできれば将来の夫と愛を育てたかった。

お父様とお母様のように素敵な夫婦になりたかった。
ネリア姉様も、来年頃は婚約者と結婚式を挙げるだろう。
きっと堅実な素晴らしい夫婦になるに違いない。アイシャはそう信じて疑わなかった。

アイシャは正に貴族の娘だった。
柔らかな砂糖菓子を食べて、柔らかな両親の愛、姉と弟の愛に包まれて、アイシャは無邪気な永遠の娘だった。

惨たらしい現実などアイシャは前世があるネリアと違って知らなかった。

そこにアイシャのかすかな悲劇の予兆があった。

今は、まだみんな家族も気づいていなかった。

シンは、家族が全員そろって安堵した。これで留守の家を守る役目から解放されたのだ。
シンは、すでに親父の仕事を手伝っている。親父は仕事に関しては厳しい人だった。
シンが何があっても生きていけるよう、経営や領土に関する情報、問題。領民など様々な勉強をシンは学んでいった。表も裏もシンは親父の仕事を知りつつあった。

親父に従う使用人と密偵。裏の業者など多岐に渡る人脈をシンは既に網羅していた。
そうでなければ親父の後は継ぐことはできない。

シンは深く溜息をついて、来年の春の祭りについて考えた。
領地では毎年、春の祭りが或る。そこには厳しい仕事に耐えている領民のねぎらいと他の領主との交渉の話し合いでもあった。

その時、貴族の娘は女神に装い、白いチュニックドレスと、冠を付ける。
春の神様に祈りを捧げる巫女の衣装だ。
来年は、アイシャもネリアも巫女として、神殿に祈りを捧げる儀式を行う予定となっている。
その後、ネリアは婚約者と結婚するのだ。

アイシャは春の女神のように愛らしかった。花の冠がアイシャには相応しかった。
ネリアは何だろう。ネリアは何か特別な冠が相応しい気がシンはしていた。
とても特別な冠だ。

ああそうだ。ネリアは純白の花の冠が似合うんだ。天上の花だ。

海の女神ネリアに天上の花だなんて素敵じゃないか? シンは思いつくイメージに高揚した。

彼はアイシャとネリアの巫女の衣装と花の冠について親父と相談しようと思った。

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