水底の恋 天上の花

栗菓子

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第3章 運命の輪

第6話 彼女の思い

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彼は、何もない私に偽りとはいえ優しいフリをしてくれた。

『 ええ・・私は乞食だった。持たざる者にとって、偽りでもないよりましだった。』

私はわたしに囁いた。

滑稽にみえるわ。でもわたしはその心境を責める気にはなれない。わたしにはわからないからわたしは持てる者に生まれたから。

『 ええ・・貴女のせいではない。そして私のせいでもない。

貴女は優しい両親のもとに生まれた恵まれた者であったから。貴女はそれでも偽りは偽りと言った。

『 でも真実が何になるの?私にとっては真実は一銭の金にもならなかった。
フリをしない人は怖い。人間がどれほど、自分にとって価値のない命をどんな風に扱うか嫌というほど知らされたから。どんなに大事にされている人でも老いたり、能力がなくなったりしたら容赦なく無慈悲に捨てられる。
私は嫌というほど、宝物ともてはやされている人さえも、ほんの少し傷がついただけでキズモノと嘲笑い捨てる残酷な人達を見てきた。世界は無慈悲で酷薄で悪意に満ちていた。
貴女にわかるかしら。物として扱われて物として処分された人間の心境は?
私はすっかり世界の残酷さに慣れてしまった。これが当然なのだと思っていた。みんなも極それが自然だと理解していた。嘘でも優しいふりをしてくれる人は僅かよ。ましてや。私のような何もない女にはね。性欲故であっても少し救われた。私はそのおかげで生き延びた醜い下賤な女だった。
そんな私がたとえ悪魔の気まぐれであってもひと時の夢を光を与えてくれた彼をどうして憎み切れようか?
いいえ憎めないわ。無知で愚かな女が夢を見たかっただけだから・・
それにはじめは私が、取るに足らない下賤な私が彼を裏切った・・
それが私にとっての真実なのよ・・もし裏切らなかったら彼はずっと優しい恋人のフリをしてくれただろうかって・・愚かな夢を見てしまうの。』

でも裏切りの代償にしては、あまりにも酷過ぎる罰だったのでは?

『 ええ・・でもあの頃はもっと身分階級差別が酷かったわ。本当に男女差別が酷く、持たざる女にとっては長く生きられただけでも奇跡だった。そんなごろ、彼は、彼だけはきまぐれに私に手を差し伸べたの。手頃な玩具として楽しもうと思ったのでしょう。だけどね。なんか肉体を重ねるにつれて、彼の熱が高まっていったの。ああ汚いかしら。貴女のような淑女には嫌な話かしら。
彼の僅かな真のやさしさと熱に私は溺れたわ。私も彼を楽しませた。彼も喜んでいたわ。淫乱。気狂いと呼ばれようとも、彼だけが私を見つけたのよ。とるにたらない娼婦をね。私も彼を利用したのよ。今となってはねえ。』

何故。貴女は無知だというけどそこまで聡明なの。訳が分からないわ。
貴女はどうするつもりなの。 わたしの体をどうする気?

『死んでから何もかも私の意識が私を冷徹に露わにするのよ。死んだらこうなるのかしら。昔は私は愚鈍な何を考えているのが分からない娘と言われたものだけど‥』

『 私は過去の死者の意識なのよ。魂の残滓が貴女の意識の片隅に宿ったのかも・・魂は同じなのにね。
神様って時々こんな悪戯をなさるのよ。輪廻転生なんでね。』

『どうもしない。安心して。私は眠るわ。 彼に会ってびっくりして目覚めてしまっただけよ。貴女は貴女の恋と幸福を掴んでね。』


彼女はそういって眠るように意識の底に沈んだ。

わたしは彼女の意識が消えていくのを感じてほっとした。だって困るのだ。彼女の恋慕、情欲。悲しみがもう強烈に伝わって来るからわたしの肉体は、顔は彼女の影響を受けて、彼に恋慕する女の表情を見せてしまった。

とても怖い人・・あんな人と付き合っていたなんで。なのに、彼女はまだ彼を愛している。

わたしにはまだわからない。恋もしたことがないから。怖い。

わたしは身を震わせる。嗚呼でもわたしは新しい恋をして幸福な結婚をするのだ。
相手は父親も認めたカイト。誠実な人。彼なら夫として愛せるかも。


わたしは彼女の二の舞にはならない。新しい夫を愛して幸福になるのだ。
鏡を見て、わたしはわたしの顔を取り戻す。嗚呼これがわたしの顔だ。

貴族の娘ネリアとして生まれて生きている顔だ。決して彼女のような人の顔じゃない。
過去を振り切るのだ。 彼女は眠り続けてほしい。わたしの一部だが厄介な居候。
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