水底の恋 天上の花

栗菓子

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第2章 新しい家族

海の女神ネリア

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わたしは鏡を見る度に、亡霊を見る。
わたしの後ろには悲し気な地味な女だ。目だけが印象的な女。とても懐かしいけど振り返りたくない女。
嗚呼・・子どものころから不意に夢で見たり、魂の残滓がわたしの記憶に干渉している。
嗚呼・・これが赤の他人の亡霊であれば消えてと言いたいところだけど・・わたしは過去の前世のわたしを振り返った。
わたしの過去の前世の女は、とても悲惨な生涯を送った。わたしの前世の遺体は海の底、水底に横たわっている。
鮮明な映像がわたしの中に浮かぶ。
光も届かぬ深海に白骨死体がある。ボロボロの服をきた女の死体だ。
美しい鮮やかな魚たちは優雅に私の目の前を泳ぎ続ける。
わたしは彼女を思い浮かべる度に涙が流れる。

親は心配したが、ううんなんでもない。なにか悲しくて・・とわたしは誤魔化した。

現世のわたしは、末端とは言え、アレフ・ノーラン家 男爵家に長女として生まれた。
麗しき母と父は、出会いの場所が海の近くだったので、わたしに海の女神 ネリアと名付けた。
父によく似た茶色の髪、父に似ているが地味な容貌。だが瞳だけはわたしの大好きな母と同じ瞳だ。海の蒼の瞳。
わたしは、前世にくらべたら両親に愛され生まれた。わたしはその事だけは感謝した。
神様が哀れんで良いところに転生させてくださったのだろうか?
わたしは考えずにはいられない。
女神の名など恐れ多いけど、わたしは両親に与えられた名を享受した。
かつてのわたしの女の名前は思い出せない・・・
それだけは少し悲しかった。
わたしはどうして殺されたのだろう。それだけが思い出せない。
唯、かつてのわたしは殺されて海の底に沈められただけ。それしか思い出せない。あるのは寒い冷たい悲しい絶望。僅かな愛・・アイ?
わたしは誰かを愛していたのか?

それさえも思い出せない。 わたしの幼少時代はとてもおとなしく人形の様であったと両親は言った。
わたしは、過去がわたしの魂を縛っているのだと気づいた。

でも今は両親のために過去を忘れたい今の私は、男爵家の令嬢、ネリアとして生まれたのだ。
わたしのほかに、両親は子どもらを授かった。
次男はシン 次女はアイシャ それぞれに両親の色を授かって紛れもなく家族だった。

でもわたしは知っていた。両親はお互いで完結しているのだ。彼らは本当はお互いがあれば幸福という運命で結ばれた素敵な夫婦だった。時にわたしは両親の深い絆に嫉妬したものだが、わたしは諦めた。
悔しいが、わたしは結局両親が大好きなのだ。
二番目とはいえ、愛をくれ、豊かな生活、愛する弟妹を与えてくれた存在をどうして憎めようか?
きっとこれは両親にとってもわたしにとっても神様の贈り物なのだ。

わたしは最高の幸福を享受して微笑んだ。
子どものように無邪気に少し、影を秘めて微笑んだ。
両親は不思議そうにわたしを見た。
「ネリア。貴方は不思議な子ね。」
わたしは微笑んだ。「お母様。わたしが不思議なのはお母様とお父様よ・・どうしてそんなに素敵な関係をもって巡り会ったのかしら。羨ましいぐらい相思相愛ですもの。わたしも早く見つけたい。」
お互いに不思議な人だと思いながら暮らす奇妙な家族。
でも素敵だからいいわ。わたしは神様が与えてくれた夢のような家族と思った。

わたしは偽りなく両親を弟妹を愛した。
彼らも偽りなくわたしに愛を返してくれた。

わたしは幸福だった。過去がわたしに試練を与えるまでは幸福だった。
それは神様がわたしに与えた魂の休養と試練までの猶予だったのかもしれない。

「お姉さま遊ぼう!」
アイシャがわたしの腕をひっばって誘う。わたしは微笑んで頷いた。
わたしは前世の可哀相な私も抱いて、無邪気な幸福な子ども時代を過ごした。
私。伝わる?世界はこんなに美しいのよ。貴方も感じてね。
わたしは心の中で微睡む彼女に伝えた。

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