深淵の村

栗菓子

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閑話 2

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ある貴婦人は飽き果てていた。どれもこれも見慣れた絵、単調な色彩や、卓越した技術も見飽きたもの・・。

一通り、数多の美術館 歴史とその絵を描いた経緯、タッチ、技術など事細かに学んだが、どれも良く見慣れるとパターンが見えてくる。
純粋な驚きがない事に彼女は失望した。


不意に、彼女は、下町へお忍びへ行った。 息がつまりそうだったからだ。服はなるべく下町の衣装を着て、顔もわざと醜く化粧して、傷一つない手を古びた手袋で誤魔化して、完璧な変装をして、下界へ降りた。

そこには、独特の匂いと、活気がある世界・・。 貴婦人には縁のないところだ。

勿論、護衛は隠れて護衛するよう命じている。

貴婦人の住まうところは、既に貧乏人やスラム街の人はこないように区別されている。

それでも準貧乏人はいるのだ。 ランクが下がったところに下町が或る。

概ね、知的障碍者や遺伝子に僅かな欠損があるBランクの人々が住まうところだ。

遺伝子研究は進められ、ランクが決められ、Aランクは欠損がない遺伝子だ。 病気や、免疫力が高い遺伝子や、優秀な頭脳や、卓越した運動力などが発揮される遺伝子だ。

それでも、極稀に欠損遺伝子は生まれる。本来は処分されるはずだが、親の遺伝子の保存もあって、人権団体などの覇権もあり、辛うじて下町に置かれることになった。

そこには貴婦人の欠陥遺伝子の子孫もあるだろう。 システムに遺伝子提供した事があるのだ。

貴婦人は子を孕まなくなった。人工子宮にまかせ、仕事へ勤しむようになった。 結婚も政略結婚にすぎず、ほんの僅かな逢瀬を繰り返し、別れるのだ。

それが最善のシステムと判断された。

貴婦人は今の境遇に満足していた。 友人も居り、性欲発散のためのドール 男娼もいる。

仕事もはかどり、満足ゆく環境に居る。 時折死ぬほど退屈だが・・。

ある時、貴婦人はとても気になる絵を見た。

アウターの絵と下町でチラシを見た。

まあ‥どんな絵かしらと貴婦人は、密かに絵が開かれている個展へ訪れた。それは運命だったのかも知れない。

貴婦人は変装をして、貧乏な老女になっていた。


興味を惹かれるものもあり、これは何かと呆れるものもあった。

そして貴婦人が一番驚いたのは、紫の花の絵だった。

それは一見ごちゃごちゃした絵だったが、どこか整然とした美しい絵だった。

それにこの紫の絵は・・貴婦人の家紋を象徴する紋様に似ていた。

その中央に、子どもや、鳥や、白馬が踊り狂っていた。

美しくも禍々しい絵だわ・・。

でも何故、貴婦人の古い家紋に似ているのか・・。



彼女は首をひねって、この絵を描いた人に会いたいと個展の受付に言った。

とても素敵だから、会ってみたいとお願いした。 受付は困ったようにしたが、何かを察したらしく、分かりました

お客様と言った。

その表情が気になったが、絵を描いた人がやって来た時、貴婦人の疑問は解消された。


よく似ていたからだ。貴婦人の息子に。

嗚呼・・そういうことか・・わたしの遺伝子が覚えていたのね・・。


貴婦人は一目で、血が繋がっていると確信した。 わたしの遺伝子がこんなところで花開いていたとはね・・。

これには貴婦人にも意外な発見だった。

絵を描いた人も、困惑していたが、貴婦人の眼を見て、はっと息を呑んだ。

同じ瞳、同じ作りをしていたから・・。


「はじめまして・・これから貴方のことを聞いてもいいかしら・・。」

貴婦人は嫣然と微笑んだ。長い付き合いになりそうだ。


これが貴婦人が寵愛した絵描きの出会いであった。







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