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第24話・横浜①
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「横浜に行きたいな」
そう呟いたのは、山吹兄さんだった。それはどうして、とみんなの注目が集まると、胸元を晒すほど前のめりになり、鼻息荒くまくし立てた。
「西洋人って、あれが大きいんだって! そんなのが入ってきたら、どうなっちゃうんだろう」
染まった頬に手を寄せて、まだ見ぬ西洋人の腰を思い浮かべて、うっとりと夢を眺めた。それに牡丹兄さんは、やや呆れてにべもなく返した。
「そんなのは、人それぞれだろうよ。なぁ?」
と、振られた桔梗兄さんは、返事に窮した。目を向けられなかったが、あやめにも気を遣えと言っているようだった。
これから盛りを迎えるのだから、まだ大きくならなくていい。いずれ大きくなるから、気にするな。
ふたりきりのとき、そう言ってもらえたが、圧倒されと惚れ惚れしてしまう桔梗兄さんでは、慰め役には不適である。シュンとして、脚の付け根に目を落とし、それきりだ。
「山吹は、大きいのがいいのかい?」
「ぐりぐり広げられて奥に当たるのが、凄くいい」
「でも、当たりどころってぇのがあるだろうよ」
山吹兄さんは小さく唸って、噤んだ口を噛み締めた。桔梗兄さんもそうだが、ご執心の金剛も当てるのが上手い。固いし、形も綺麗に整っているから、山吹兄さんが夢中になるのもわかる気がする。
はじめは大きいのが痛そうで、実際に痛くて怖いけど、何度か客を取るうち熟れてくるので、大きいのが堪らなくなる。
それが住職様をお相手した頃で、心の底から身体の芯からよがっていたから、下だけではなく心から満足させられたんだ。
こちらが責めたお武家様は、惜しかった。先っぽがやけに大きいから、中のひだをゴリゴリやられたはずだった。出来なかったのが悔やまれる。
でも今は、彼を好きだとわかってしまった今は、大きさにこだわらなくなっていた。まだ若く未熟な小僧たちを求めたのが、動かぬ証拠だ。
その代償は、大きかった。
酷い目に遭わされた上「後先考えなさい」と女将さんになじられて、治ってからは買い手がつかないと苛立ちが二階にまで漂ってきた。
早く客を取らないと、たくさん客を取らないと、そうこちらまで焦りを感じる。
「まぁ、でも」と、牡丹兄さんの竹を割ったような声が響いて、思考の渦から板間へと引き戻された。
「横浜に行かなくても、そのうち相手をするんじゃないか? 山吹はまだ先があるんだし」
「そうかなぁ……横浜にも、こういう茶屋ってあるのかな」
「どうだろう、一応禁制だからなぁ。ここは寛永寺があるお陰で残っているけど、横浜は出来たばかりの街だから」
あっという間に行きづまりを迎えると、トントントンと階段を突く音が響いてきた。この細い響きは女将さん、ならば仕事だと板間が張りつめる。
「あやめ、お座敷からお呼びがかかったよ。結ってやるから支度しな」
すぐさま襦袢に袖を通して、着物を羽織る。帯を締め、通和散を袂に忍ばせ羽織を纏い、そうする間に女将さんが島田を整え、櫛と簪で飾り立てる。
「あやめ、支度が早いじゃないか」
「久々のお座敷だもの、一所懸命働かないと」
兄さんたちに笑いかけ、白粉を塗って紅を差し、鏡を覗いて階段を降りる。やる気が早さと仕上げに現れたのか、玄関先の金剛も「おっ」と感嘆して目を見張った。
「早いのに、今日は一段と綺麗じゃないか」
「褒めたって何も出ないよ。出させない、か」
「嘘じゃねぇよ、このまましけ込みてぇくれぇだ」
「そういや、私が入れるってぇ話は、どうしたっけねぇ」
冗談がきつい、と苦笑いする金剛と湯島を離れ、呼ばれた料理屋へと向かっていった。
しかし店の前で、ふたり揃って苦虫を噛み潰した顔で、石のように固まった。
「この店だったか……」
そう金剛が呟いたのは、大旦那様が使った料理屋だからだ。何があったかは話していないが、店から出たときの青い顔を思い返して、身を案じていた。
「平気だよ、一生に一度と言ったんだ。またあの客に呼ばれることは、ないだろうよ」
後ろ髪を引かれる金剛と別れ、料理屋に上がる。迎えた女中が顔を見て、ひぃと引きつり青ざめた。まさかと思い、こちらまでもが凍りつく。
「あの大旦那様が名指しされたのですが……宜しいのですか?」
「一生に一度と仰せながら、こうしてお呼び頂いたのです。お店のご迷惑にならないよう、精一杯努めさせて頂きます」
覚悟だった。何をされるか、わからない。もっと酷い目に遭うかも知れない。それでも、ようやくの仕事で名指しならばと、往なして躱して陰間の虜にしてやろうと心に決めた。
それでは、と導く女中の足音は薄氷を踏むように慎重で、冷たい。こちらまでもがじわじわと身体の芯まで凍りつき、霙《みぞれ》のような血流が歩くたびにしゃなりしゃなりと悲鳴を上げる。
襖の前で女中が止まる。いつもならばすぐに立ち去るところだが、この身を案じているのか膝をつき三つ指ついて、深々と頭を下げてきた。
これではまるで、死出の旅路ではないか。
だが、それは悪い冗談などではないのだと、自身が一番知っている。
こちらも同じようにしてから、座敷に向かって名を名乗り、襖の引き手に指をかける。
「お呼びくださり、ありがとうございます。あやめでございます」
おお来たか、と野太い声が跳ねている。それとは別に微かな声が耳を舐め、全身の毛が逆立った。血が逆流するほどの恐ろしさと、ほんのわずかな好奇心が、引き手に力を込めさせた。
そう呟いたのは、山吹兄さんだった。それはどうして、とみんなの注目が集まると、胸元を晒すほど前のめりになり、鼻息荒くまくし立てた。
「西洋人って、あれが大きいんだって! そんなのが入ってきたら、どうなっちゃうんだろう」
染まった頬に手を寄せて、まだ見ぬ西洋人の腰を思い浮かべて、うっとりと夢を眺めた。それに牡丹兄さんは、やや呆れてにべもなく返した。
「そんなのは、人それぞれだろうよ。なぁ?」
と、振られた桔梗兄さんは、返事に窮した。目を向けられなかったが、あやめにも気を遣えと言っているようだった。
これから盛りを迎えるのだから、まだ大きくならなくていい。いずれ大きくなるから、気にするな。
ふたりきりのとき、そう言ってもらえたが、圧倒されと惚れ惚れしてしまう桔梗兄さんでは、慰め役には不適である。シュンとして、脚の付け根に目を落とし、それきりだ。
「山吹は、大きいのがいいのかい?」
「ぐりぐり広げられて奥に当たるのが、凄くいい」
「でも、当たりどころってぇのがあるだろうよ」
山吹兄さんは小さく唸って、噤んだ口を噛み締めた。桔梗兄さんもそうだが、ご執心の金剛も当てるのが上手い。固いし、形も綺麗に整っているから、山吹兄さんが夢中になるのもわかる気がする。
はじめは大きいのが痛そうで、実際に痛くて怖いけど、何度か客を取るうち熟れてくるので、大きいのが堪らなくなる。
それが住職様をお相手した頃で、心の底から身体の芯からよがっていたから、下だけではなく心から満足させられたんだ。
こちらが責めたお武家様は、惜しかった。先っぽがやけに大きいから、中のひだをゴリゴリやられたはずだった。出来なかったのが悔やまれる。
でも今は、彼を好きだとわかってしまった今は、大きさにこだわらなくなっていた。まだ若く未熟な小僧たちを求めたのが、動かぬ証拠だ。
その代償は、大きかった。
酷い目に遭わされた上「後先考えなさい」と女将さんになじられて、治ってからは買い手がつかないと苛立ちが二階にまで漂ってきた。
早く客を取らないと、たくさん客を取らないと、そうこちらまで焦りを感じる。
「まぁ、でも」と、牡丹兄さんの竹を割ったような声が響いて、思考の渦から板間へと引き戻された。
「横浜に行かなくても、そのうち相手をするんじゃないか? 山吹はまだ先があるんだし」
「そうかなぁ……横浜にも、こういう茶屋ってあるのかな」
「どうだろう、一応禁制だからなぁ。ここは寛永寺があるお陰で残っているけど、横浜は出来たばかりの街だから」
あっという間に行きづまりを迎えると、トントントンと階段を突く音が響いてきた。この細い響きは女将さん、ならば仕事だと板間が張りつめる。
「あやめ、お座敷からお呼びがかかったよ。結ってやるから支度しな」
すぐさま襦袢に袖を通して、着物を羽織る。帯を締め、通和散を袂に忍ばせ羽織を纏い、そうする間に女将さんが島田を整え、櫛と簪で飾り立てる。
「あやめ、支度が早いじゃないか」
「久々のお座敷だもの、一所懸命働かないと」
兄さんたちに笑いかけ、白粉を塗って紅を差し、鏡を覗いて階段を降りる。やる気が早さと仕上げに現れたのか、玄関先の金剛も「おっ」と感嘆して目を見張った。
「早いのに、今日は一段と綺麗じゃないか」
「褒めたって何も出ないよ。出させない、か」
「嘘じゃねぇよ、このまましけ込みてぇくれぇだ」
「そういや、私が入れるってぇ話は、どうしたっけねぇ」
冗談がきつい、と苦笑いする金剛と湯島を離れ、呼ばれた料理屋へと向かっていった。
しかし店の前で、ふたり揃って苦虫を噛み潰した顔で、石のように固まった。
「この店だったか……」
そう金剛が呟いたのは、大旦那様が使った料理屋だからだ。何があったかは話していないが、店から出たときの青い顔を思い返して、身を案じていた。
「平気だよ、一生に一度と言ったんだ。またあの客に呼ばれることは、ないだろうよ」
後ろ髪を引かれる金剛と別れ、料理屋に上がる。迎えた女中が顔を見て、ひぃと引きつり青ざめた。まさかと思い、こちらまでもが凍りつく。
「あの大旦那様が名指しされたのですが……宜しいのですか?」
「一生に一度と仰せながら、こうしてお呼び頂いたのです。お店のご迷惑にならないよう、精一杯努めさせて頂きます」
覚悟だった。何をされるか、わからない。もっと酷い目に遭うかも知れない。それでも、ようやくの仕事で名指しならばと、往なして躱して陰間の虜にしてやろうと心に決めた。
それでは、と導く女中の足音は薄氷を踏むように慎重で、冷たい。こちらまでもがじわじわと身体の芯まで凍りつき、霙《みぞれ》のような血流が歩くたびにしゃなりしゃなりと悲鳴を上げる。
襖の前で女中が止まる。いつもならばすぐに立ち去るところだが、この身を案じているのか膝をつき三つ指ついて、深々と頭を下げてきた。
これではまるで、死出の旅路ではないか。
だが、それは悪い冗談などではないのだと、自身が一番知っている。
こちらも同じようにしてから、座敷に向かって名を名乗り、襖の引き手に指をかける。
「お呼びくださり、ありがとうございます。あやめでございます」
おお来たか、と野太い声が跳ねている。それとは別に微かな声が耳を舐め、全身の毛が逆立った。血が逆流するほどの恐ろしさと、ほんのわずかな好奇心が、引き手に力を込めさせた。
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