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第23話・桔梗
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陰間になって、いいや物心ついてからはじめて、休みらしい休みをもらえた。と言っても買い切りの不調が原因だから、医者に行って薬をもらい、安静にしていなければならなかった。
通和散を塗る要領で薬を塗りつけ、あとは痛みに耐えて寝転ぶだけだ。
日が傾いて座敷で宴がはじまった頃、牡丹兄さんを皮切りに次々とお声をかけられていく。ひとり、またひとりと茶屋を出て、夕暮れ時には桔梗兄さんとふたりきりになっていた。
そう、桔梗兄さんは売れ残った。
お城を明け渡したから、お得意様の奥女中はもういない。昼下がりを持て余した後家の誘いも、そう頻繁にあるものではない。
桔梗兄さんを撫でて吹き込む風が、もう潮時かと花びらをひとひら、むしり取って溶けていく。
散る花は、花盛りに散っていく。
こんなに美しいのに売れないなんて、と見つめていると桔梗兄さんはくすぐったそうにはにかんだ。
「あやめ、そんな目で見るな」
慌てて謝り、視線を畳の目に投げた。雨に濡れた子犬でも見るような目をしたのだろう、入って間もない分際で大変なことをしてしまった。
考えてもみれば、桔梗兄さんとふたりきりになるのは、はじめてだ。
この茶屋に売られて女将さんに吟味され、二階に連れられたときを思い出す。
「ここが、あんたの寝床で支度部屋だよ」
そう言われた板間では、兄さんたちが脚を開いて指を入れ、仕事の備えに勤しんでいた。誰もが頬を染めており、とろんと目尻がとろけている。
手前にいたのは山吹兄さん、本物を欲して三本も指を入れていた。太い張形を抜き差ししていた牡丹兄さんも印象深いが、目を奪われたのは姫のように奥に控える桔梗兄さんだった。
白い肌に涼しい目元、スッと通った鼻筋に柔らかそうな唇、芯が通っていながら無駄のない肉体は、男と女のどちらでもあり、どちらでもない美しさを体現していた。
それでありながら、しっかりした指を挿し込む裏から、大きくて太いものが露を垂らして反り立っていた。貧しさが故、湯屋など滅多には行けなかったが、今まで目にした中では一番だった。
それから金剛に仕込まれて男の味を覚えるうちに、桔梗兄さんに抱かれたらどんなだろう、と後ろをむずむずさせる毎日を送った。
だから折檻として突っ込まれたのは、痛いのではなく悲しかった。愛されて入れられたなら、どんなによかっただろうかと。
もうじき年季が明けるのだから、その前に入れて欲しい。今日の今が好機だったが、住職様とのたくさんと、小僧に脅されての一回が、恨めしくて仕方ない。
そうだ、もうじき、いなくなっちゃうんだ。身体を重ねるのは叶わなくても、ふたりきりでなければ出来ないことはある。年季が明けたらどうするのかを、桔梗兄さんは語らない。まだ先だけど、いずれ自分のためにもなると、意を決して尋ねてみた。
「兄さんは、茶屋を出たら何をするの?」
すると桔梗兄さんは、窓の遠くに目を向けて溜息を小さくついた。迷い、悩み、苦しんでいる、それが手に取るようにわかってしまう。
「外をろくに知らないのに、世の中は目まぐるしく動いている。牡丹がよく言う蚤取り侍だって、いつまで出来るかわからない。馴染みの後家に取り入るか、いっそ彰義隊に加わって若い娘を手玉に取ろうか」
軽々しく言った最後の案に、背筋が凍った。それを諌めた桔梗兄さんが、そんな理由で一戦交えようとする彰義隊に入るのか、と。
硬直した様にハッとして、苦笑いを向けてきた。
「冗談だよ。ただ、後家や奥女中ばかり相手にしていたから、若い娘はどうかな、とね」
桔梗兄さんの美しさなら、女であれば老いも若きも放っておかない。それでも欲しいと願うのか、と桔梗兄さんから垣間見た「男」が、不思議に思えてならなかった。
「女も若いと違うのかい?」
「違うらしいね」
「桔梗兄さんのだったら、誰だってきついよ」
「あやめ、きつかったか?」
折檻されたのが思い出されて、ぶり返した怖さに青ざめて、桔梗兄さんの味に真っ赤に染まった。
「無理矢理は嫌だったけど、よかったよ」
「そうか、よかったか。ときどき、いいふりをする客もいるから、それはよかった」
桔梗兄さんは当たりどころを熟知していて、立て続けに突っ込まれたのに、とてもよかった。折檻の名目とはいえ少しでも痛くなく、気持ちよくしようという優しさだったのだろう。
そして桔梗兄さんほどの人でも、女を相手にするのは難しいのかと驚かされた。それでも桔梗兄さんは、女を求める「男」なんだ。
彼は、どうなんだろう。
住職様は、男でも女でもない魅力が陰間にあると言ってくれたが、彼がどうかは別の話だ。思い出したくないが、陰間に興味を示さない大旦那様みたいな人もいる。
彼もやっぱり、女のほうがいいのだろうか。
家名を背負う武家として、子を成せる女を選んだほうが幸せに違いない、それはわかりきったこと。
わかっているはずなのに、こうしてしばしば浮かんでしまう。
「あやめ、誰かを好いているね?」
唐突に想いの蓋を開けられた。言葉にしてはならないと、胸の奥に仕舞い込んで固く閉ざしていた蓋を。
それをそっとすくい上げ、ふわりと載せた手の平に、ふたりで見つめて慈しむ。その幻影を目にすると、桔梗兄さんは別れを告げるように微笑んだ。
桔梗兄さんは憧れただけど、本当に欲しいのは、彼なんだ。
通和散を塗る要領で薬を塗りつけ、あとは痛みに耐えて寝転ぶだけだ。
日が傾いて座敷で宴がはじまった頃、牡丹兄さんを皮切りに次々とお声をかけられていく。ひとり、またひとりと茶屋を出て、夕暮れ時には桔梗兄さんとふたりきりになっていた。
そう、桔梗兄さんは売れ残った。
お城を明け渡したから、お得意様の奥女中はもういない。昼下がりを持て余した後家の誘いも、そう頻繁にあるものではない。
桔梗兄さんを撫でて吹き込む風が、もう潮時かと花びらをひとひら、むしり取って溶けていく。
散る花は、花盛りに散っていく。
こんなに美しいのに売れないなんて、と見つめていると桔梗兄さんはくすぐったそうにはにかんだ。
「あやめ、そんな目で見るな」
慌てて謝り、視線を畳の目に投げた。雨に濡れた子犬でも見るような目をしたのだろう、入って間もない分際で大変なことをしてしまった。
考えてもみれば、桔梗兄さんとふたりきりになるのは、はじめてだ。
この茶屋に売られて女将さんに吟味され、二階に連れられたときを思い出す。
「ここが、あんたの寝床で支度部屋だよ」
そう言われた板間では、兄さんたちが脚を開いて指を入れ、仕事の備えに勤しんでいた。誰もが頬を染めており、とろんと目尻がとろけている。
手前にいたのは山吹兄さん、本物を欲して三本も指を入れていた。太い張形を抜き差ししていた牡丹兄さんも印象深いが、目を奪われたのは姫のように奥に控える桔梗兄さんだった。
白い肌に涼しい目元、スッと通った鼻筋に柔らかそうな唇、芯が通っていながら無駄のない肉体は、男と女のどちらでもあり、どちらでもない美しさを体現していた。
それでありながら、しっかりした指を挿し込む裏から、大きくて太いものが露を垂らして反り立っていた。貧しさが故、湯屋など滅多には行けなかったが、今まで目にした中では一番だった。
それから金剛に仕込まれて男の味を覚えるうちに、桔梗兄さんに抱かれたらどんなだろう、と後ろをむずむずさせる毎日を送った。
だから折檻として突っ込まれたのは、痛いのではなく悲しかった。愛されて入れられたなら、どんなによかっただろうかと。
もうじき年季が明けるのだから、その前に入れて欲しい。今日の今が好機だったが、住職様とのたくさんと、小僧に脅されての一回が、恨めしくて仕方ない。
そうだ、もうじき、いなくなっちゃうんだ。身体を重ねるのは叶わなくても、ふたりきりでなければ出来ないことはある。年季が明けたらどうするのかを、桔梗兄さんは語らない。まだ先だけど、いずれ自分のためにもなると、意を決して尋ねてみた。
「兄さんは、茶屋を出たら何をするの?」
すると桔梗兄さんは、窓の遠くに目を向けて溜息を小さくついた。迷い、悩み、苦しんでいる、それが手に取るようにわかってしまう。
「外をろくに知らないのに、世の中は目まぐるしく動いている。牡丹がよく言う蚤取り侍だって、いつまで出来るかわからない。馴染みの後家に取り入るか、いっそ彰義隊に加わって若い娘を手玉に取ろうか」
軽々しく言った最後の案に、背筋が凍った。それを諌めた桔梗兄さんが、そんな理由で一戦交えようとする彰義隊に入るのか、と。
硬直した様にハッとして、苦笑いを向けてきた。
「冗談だよ。ただ、後家や奥女中ばかり相手にしていたから、若い娘はどうかな、とね」
桔梗兄さんの美しさなら、女であれば老いも若きも放っておかない。それでも欲しいと願うのか、と桔梗兄さんから垣間見た「男」が、不思議に思えてならなかった。
「女も若いと違うのかい?」
「違うらしいね」
「桔梗兄さんのだったら、誰だってきついよ」
「あやめ、きつかったか?」
折檻されたのが思い出されて、ぶり返した怖さに青ざめて、桔梗兄さんの味に真っ赤に染まった。
「無理矢理は嫌だったけど、よかったよ」
「そうか、よかったか。ときどき、いいふりをする客もいるから、それはよかった」
桔梗兄さんは当たりどころを熟知していて、立て続けに突っ込まれたのに、とてもよかった。折檻の名目とはいえ少しでも痛くなく、気持ちよくしようという優しさだったのだろう。
そして桔梗兄さんほどの人でも、女を相手にするのは難しいのかと驚かされた。それでも桔梗兄さんは、女を求める「男」なんだ。
彼は、どうなんだろう。
住職様は、男でも女でもない魅力が陰間にあると言ってくれたが、彼がどうかは別の話だ。思い出したくないが、陰間に興味を示さない大旦那様みたいな人もいる。
彼もやっぱり、女のほうがいいのだろうか。
家名を背負う武家として、子を成せる女を選んだほうが幸せに違いない、それはわかりきったこと。
わかっているはずなのに、こうしてしばしば浮かんでしまう。
「あやめ、誰かを好いているね?」
唐突に想いの蓋を開けられた。言葉にしてはならないと、胸の奥に仕舞い込んで固く閉ざしていた蓋を。
それをそっとすくい上げ、ふわりと載せた手の平に、ふたりで見つめて慈しむ。その幻影を目にすると、桔梗兄さんは別れを告げるように微笑んだ。
桔梗兄さんは憧れただけど、本当に欲しいのは、彼なんだ。
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