ひとひらの花びらが

山口 実徳

文字の大きさ
上 下
13 / 40

第13話・女と男①

しおりを挟む
 一刻と告げた女将さんが訝しげで、今日はどんな客なのかと不安になった。すると続けて
「あやめ、今日は男でいなさい」
 なるほど、それは女将さんが眉をひそめてしまうのも頷ける、と茶屋に足を踏み入れて以来の男装を纏い、男の髷に結い直させた。

 人買いに売られた日、じろじろと顔を覗かれ着物を脱がされ、高く買ってくれるだろうと陰間茶屋に連れられた。
 女将さんはひと目見ると風呂を沸かせて裸にし、伸ばし放題にした髪を洗い、垢まみれの身体をくまなく流し、垂れた乳房を背中に押しつけ青臭い腰にそっと触れた。

 風呂を上がると、裸のまま化粧をされた。白い肌を羨みながら白粉おしろいを塗り、日陰に咲くあやめのようだと目弾めはじきを差し、唇に小さく紅を載せて接吻してきた。
 それから布団に導かれ、いずれ客にするから知っておけと仰向けにされ、その上に女将さんが舌舐めずりして跨った。

 何もかもがはじめてだから、それときのことは何ひとつ覚えていない。ことが終わって息を切らせていると「あやめ」と名乗るように告げられた。
 それ以来の、女の相手だ。齢十四の陰間には早すぎる仕事だから、女将さんが爪を噛むのもわかる。いずれまた使おうとした欲求の捌け口を奪われる、そんな気がして苛立ったのかも知れない。

 座敷に上がると、母ほどの歳の女が待っていた。身なりから奥女中ではなく後家だろう、そう思ったがどこか疲れたような、やつれたような影が差している。夫を亡くして、間もないのかも知れない。
 膝をつき、頭を下げて、迷いが生じた。悩んだ末に、それをそのまま後家に伝えた。
「あやめと申します。ただ今日は男子おのこにございますゆえ、お好きに呼んでくださいまし」

 顔を上げると、後家は息を呑んで膝立ちとなり、涙を浮かべて手を伸ばし、崩れるように抱きしめてきた。
「ああ、晋一郎や……」
 頬を濡らして呼んだその名は嫡男であろう。理由があって別れたのだろうが、そこに踏み込む義理はない。その名をただ受け入れるのみである。
「はい、晋一郎にございます」
 腕を回し、偽りの母子の再会を抱きしめ合った。骨と皮だけになった身体に、垂れた乳房が際立っている。

 後家はするりと着物を下ろし、見ずともわかった痩せた身体を眼前に晒した。こちらも薄くて華奢な身体を露わにしていく。しかし、女にも似た身体が気に入らなかったのか、怪訝に眉をひそませた。
 身なりを正してみたものの、それからどうすればいいか、わからない。固く揃えられた膝小僧に視線を落とすと、後家が布団へ導いた。

「一刻のみ、それしか時がないのです」
 そう冷たく言い放ち、戸惑いも躊躇いも仰向けに寝かされた。着物の裾をたくし上げ秘めたる枯野を露わにすると、ポカンと開いた口の上に跨った。
 老いに負け、薄くなった茂みに隠れる女の象徴を指で開いて見せつけた。
「晋一郎、あなたはここから生まれたのですよ」

 寒気がした。陰間を息子に見立て、息子に秘所を見せつけて、そして今から及ぶ行為に、身震いせずにはいられなかった。
 きっと、晋一郎を失ったのだ。歳や背格好は似ているのか、いいや見えているのは晋一郎の幻影かも知れない。とにかくこの後家は夫も息子も失って、狂ってしまったのだろう。
 一刻一分、その金もどんな金かわからない。陰間に金を貢いでから、どう生きていくつもりなのか、想像することさえ恐ろしい。

「はじめてでしょう? 晋一郎や、私が教えて差し上げます」
 呆然とする脚を露わにされると後家は跨ったまま腰まで下がり、目当てのものを指で撫でる。次第に膨れていくそれに、後家はうっとりと目を伏せた。
 互いの秘所を擦りつけているうち、枯野は潤いを取り戻し、着物の下で吸いつくひだが糸を引いた。
「いけません、茎袋を被せなければ」
「もう、子を成せる歳ではありませんよ?」

 不敵な笑みを浮かべると、後家は固くしたものを差し込んだ。すっかり緩んでしまっているが、ぬらぬらと絡みつく感触が、包んだすべてを極楽浄土へ連れ去っていく。
 奥まで届いていないのに、後家は身体をくねらせ喘いだ。桔梗兄さんのように、奥を突き上げる快楽は与えられない。それでも悶え、よがっているのは息子と交わる背徳感がそうさせるのか。

「ああっ! 晋一郎! これが……これが女というものですよ」
 そうか、息子は女を知らぬまま死んだのか。これが母の愛だとしても、冷めた胸に過ぎゆくのは同情ではなく恐怖である。それでも小さなあやめを抱きしめている感触は、母であろうと女であることには変わらない。

「晋一郎、あなたはこれで育ったのです」
 行き場のない手を掴み、激しく跳ねる乳房に触れさせた。張りを失い、萎れてしまった乳房を掴んで揉みしだく。母ではなく女になれと、息子ではなく男と交わっているのだと、赤黒い突起を指で摘んで転がした。

 それでも女は晋一郎、晋一郎やと繰り返す。自分までもが禁断の園に踏み入れた、その愉悦と原罪が渦巻いて、胸の内を壊れるほどに掻きむしる。
 しかし背筋を這った罪悪感は、あえなく快楽へと昇華された。
「ああ、晋一郎や! 晋一郎!」
「もう、出そうです!」
 若い身体は抱き起こされて、緩く揺れる乳房へと愉楽の顔をうずめていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...