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第9話・夜道③
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犯すのならば、と帯を解かれて着物と襦袢を剥ぎ取られ、そばの枝に引っ掛けられた。生まれたままの姿にされると、男たちは帯の下の合わせを開き、毛むくじゃらの獣を晒す。しかし女の顔に身体が男の陰間を前に狼狽えており、開いた合わせの合間に覗く獣は、だらりと垂れ下がっている。
力ずくで開かれた脚の付け根に立つ男は、はじめは自分からだと、眠れる獣をしごいて焦った。それに両手を掴む男は苛立ちを隠せず、帯を解いて細い手首を縛り上げた。
「代われ、俺が先にやる」
「待てよ。今、固くするから」
しかし目覚めが待ちきれず、顔のそばに腰を寄せられ、やや固くなってきたものに白い頬を舐め回された。先から垂れる粘液と先の付け根に溜まった垢が、引きつる顔に塗りたくられる。
「おい、早くしろ。後が詰まってるんだ」
「裏返せ! 一物が見えちゃあ勃たねえよ!」
しごいている男が離れると、手首と足首を掴んでいる男同士が、やれやれと顔を見合わせた。
「それじゃあ早く勃たせろよ、怯えた顔が堪らねえんだ」
怯えているのは代わる代わる犯されるから、だけではない。壊されてしまう恐怖からだ。座敷で仕込んだ通和散は、弛緩していたせいでほとんど流れてしまっていた。
指や張形で広げていても粘膜の薄いところへ一物を、それも三本も続けて入れられてしまっては、中まで傷つき壊れてしまう。そうなれば陰間はおろか人としても、死ぬまでまともではいられない。
ふくよかながら無駄のないふたつの丘が力ずくで割かれると、微かに開いた花一輪が夜風を浴びた。必死に固くしたものは、薄ぼんやりとした月明かりでは、上へ下へと行ったり来たりを繰り返し、狙いがまるで定まらない。
摘み取る花が見つかればいよいよ犯され壊されるのだと、一筋の涙が伝う頬はねっとりとした生臭い欲望になぶられていた。
救いを求めて絶念し闇夜に溶かした指先に、ほんのわずかな光明が差した。それは、かつて生命を懸けた情熱を呼び覚まし、血潮を沸かせて全身を駆け巡らせた。
崖の上から手の平のすぐそばへ、粗雑な棒切れが吸い込まれていったのだ。
両手でそれを掴み取り、眼前の脚を払いのけ、顔を撫でた肉欲は茂みの中へと沈んでいった。
身体を捻り、逆袈裟懸けに振り上げる。ようやく狙いを定めた野獣は、それより固い棒切れに叩かれ努力の甲斐なくしおしお萎む。顔を歪ませ固くなるほど縮んだ小犬を両手で押さえ、脚を押さえる男を巻き込んで、もんどり打ってその場で呻いた。
脚の自由を取り戻し、立ち上がる。すると枝葉を鳴らして崖を降り、宵闇に白銀色をスラリと浮かび上がらせた若侍が姿を見せた。これに暴漢らは腰砕けとなり、白目を剥いて嗚咽を漏らす男の肩に募った。
「寛永寺のお膝元で狼藉を働こうなど、江戸を守護する彰義隊が許さぬぞ」
光を放つ切っ先に、暴漢らは這々の体で闇夜へと姿を消した。若侍は鍔を鳴らして、引っ掛けられた着物を下ろす。手渡そうとして向き直り、夢か幻を彷徨うような顔をして、歩み寄った。
手首の帯を解かれたのだが、それに隠されていた淡い期待が覗きそうで、思わず目を伏せてしまう。
気不味そうに視線を逸らし、首筋に腕を伸ばした若侍は猿ぐつわを解き、月明かりの下で浮かぶ憂いに息を呑んだ。
「君は! やはり、君だったか……覚えているか? 剣の修行に勤しんでいた、あの日々を」
解き放たれた唇を苦々しく噛み締めて、若侍から襦袢を受け取りふわりと羽織る。
「しがない陰間風情でございます。あなたのようなお武家様とは、縁もゆかりもございません」
いいやしかし、と若侍が追い縋ろうとした、そのときだ。よろめきながら、あやめ、あやめと呼ぶ声がした。
金剛だ、ようやく目を覚ましたのだ。
差された水を背に浴びた若侍は茂みを掻き分け崖を登って、去り際に「また会おう」と告げるような視線を送り、もといたところへ帰っていった。
彼の残り香を仕舞うように襦袢を合わせて着物を纏い、帯をきつく巻いていく。そこへ声も足取りもよれよれの金剛が、こちらの姿を捉えて崩れ落ちるように膝をついて頭を下げた。
「お役目を果たせず、申し訳ございません!」
「私に気を遣わせてしまったせいだよ。三人がかりで不意をつくなんて、汚い連中だね」
冷めやらぬ血が、粗暴な言葉を遣わせた。気丈な物言いに金剛は、間抜けな顔をポカンと晒した。
「それで、その……大事ないんですかい?」
「ああ、男だと知ったら尻尾を巻いて逃げちまったよ。そうだ、顔を汚されたんだ。拭くものを貸してくれないかい?」
「それまで酷い目に遭われたんですね。勤めを果たせなかった詫びを示してぇんですが……」
入れ替わるようにシュンとする金剛の情けない顔を見て、拭った顔を夜空に仰いで些細な願いを星に尋ねた。
「そうだねえ……。たまには私が入れるってのは、どうだい?」
「俺がやられるんですかい!? あやめさんのでも、それは……」
真っ青になった金剛は、背中を丸めて上目遣いで断ってきた。がたいに似合わぬ仕草が可笑しくて、鎮まっている不忍池に笑い声を響かせた。
「冗談だよ。遅くなった言い訳を、せいぜい考えておくれ。湯島は目と鼻の先なんだから」
陰間茶屋のある湯島と、彰義隊が陣取る上野は、こんなにも近いんだ。
こんなに近くにいるというのに、陰間の私と彰義隊士の彼とでは、どれだけ遠くにいるのだろうか。
力ずくで開かれた脚の付け根に立つ男は、はじめは自分からだと、眠れる獣をしごいて焦った。それに両手を掴む男は苛立ちを隠せず、帯を解いて細い手首を縛り上げた。
「代われ、俺が先にやる」
「待てよ。今、固くするから」
しかし目覚めが待ちきれず、顔のそばに腰を寄せられ、やや固くなってきたものに白い頬を舐め回された。先から垂れる粘液と先の付け根に溜まった垢が、引きつる顔に塗りたくられる。
「おい、早くしろ。後が詰まってるんだ」
「裏返せ! 一物が見えちゃあ勃たねえよ!」
しごいている男が離れると、手首と足首を掴んでいる男同士が、やれやれと顔を見合わせた。
「それじゃあ早く勃たせろよ、怯えた顔が堪らねえんだ」
怯えているのは代わる代わる犯されるから、だけではない。壊されてしまう恐怖からだ。座敷で仕込んだ通和散は、弛緩していたせいでほとんど流れてしまっていた。
指や張形で広げていても粘膜の薄いところへ一物を、それも三本も続けて入れられてしまっては、中まで傷つき壊れてしまう。そうなれば陰間はおろか人としても、死ぬまでまともではいられない。
ふくよかながら無駄のないふたつの丘が力ずくで割かれると、微かに開いた花一輪が夜風を浴びた。必死に固くしたものは、薄ぼんやりとした月明かりでは、上へ下へと行ったり来たりを繰り返し、狙いがまるで定まらない。
摘み取る花が見つかればいよいよ犯され壊されるのだと、一筋の涙が伝う頬はねっとりとした生臭い欲望になぶられていた。
救いを求めて絶念し闇夜に溶かした指先に、ほんのわずかな光明が差した。それは、かつて生命を懸けた情熱を呼び覚まし、血潮を沸かせて全身を駆け巡らせた。
崖の上から手の平のすぐそばへ、粗雑な棒切れが吸い込まれていったのだ。
両手でそれを掴み取り、眼前の脚を払いのけ、顔を撫でた肉欲は茂みの中へと沈んでいった。
身体を捻り、逆袈裟懸けに振り上げる。ようやく狙いを定めた野獣は、それより固い棒切れに叩かれ努力の甲斐なくしおしお萎む。顔を歪ませ固くなるほど縮んだ小犬を両手で押さえ、脚を押さえる男を巻き込んで、もんどり打ってその場で呻いた。
脚の自由を取り戻し、立ち上がる。すると枝葉を鳴らして崖を降り、宵闇に白銀色をスラリと浮かび上がらせた若侍が姿を見せた。これに暴漢らは腰砕けとなり、白目を剥いて嗚咽を漏らす男の肩に募った。
「寛永寺のお膝元で狼藉を働こうなど、江戸を守護する彰義隊が許さぬぞ」
光を放つ切っ先に、暴漢らは這々の体で闇夜へと姿を消した。若侍は鍔を鳴らして、引っ掛けられた着物を下ろす。手渡そうとして向き直り、夢か幻を彷徨うような顔をして、歩み寄った。
手首の帯を解かれたのだが、それに隠されていた淡い期待が覗きそうで、思わず目を伏せてしまう。
気不味そうに視線を逸らし、首筋に腕を伸ばした若侍は猿ぐつわを解き、月明かりの下で浮かぶ憂いに息を呑んだ。
「君は! やはり、君だったか……覚えているか? 剣の修行に勤しんでいた、あの日々を」
解き放たれた唇を苦々しく噛み締めて、若侍から襦袢を受け取りふわりと羽織る。
「しがない陰間風情でございます。あなたのようなお武家様とは、縁もゆかりもございません」
いいやしかし、と若侍が追い縋ろうとした、そのときだ。よろめきながら、あやめ、あやめと呼ぶ声がした。
金剛だ、ようやく目を覚ましたのだ。
差された水を背に浴びた若侍は茂みを掻き分け崖を登って、去り際に「また会おう」と告げるような視線を送り、もといたところへ帰っていった。
彼の残り香を仕舞うように襦袢を合わせて着物を纏い、帯をきつく巻いていく。そこへ声も足取りもよれよれの金剛が、こちらの姿を捉えて崩れ落ちるように膝をついて頭を下げた。
「お役目を果たせず、申し訳ございません!」
「私に気を遣わせてしまったせいだよ。三人がかりで不意をつくなんて、汚い連中だね」
冷めやらぬ血が、粗暴な言葉を遣わせた。気丈な物言いに金剛は、間抜けな顔をポカンと晒した。
「それで、その……大事ないんですかい?」
「ああ、男だと知ったら尻尾を巻いて逃げちまったよ。そうだ、顔を汚されたんだ。拭くものを貸してくれないかい?」
「それまで酷い目に遭われたんですね。勤めを果たせなかった詫びを示してぇんですが……」
入れ替わるようにシュンとする金剛の情けない顔を見て、拭った顔を夜空に仰いで些細な願いを星に尋ねた。
「そうだねえ……。たまには私が入れるってのは、どうだい?」
「俺がやられるんですかい!? あやめさんのでも、それは……」
真っ青になった金剛は、背中を丸めて上目遣いで断ってきた。がたいに似合わぬ仕草が可笑しくて、鎮まっている不忍池に笑い声を響かせた。
「冗談だよ。遅くなった言い訳を、せいぜい考えておくれ。湯島は目と鼻の先なんだから」
陰間茶屋のある湯島と、彰義隊が陣取る上野は、こんなにも近いんだ。
こんなに近くにいるというのに、陰間の私と彰義隊士の彼とでは、どれだけ遠くにいるのだろうか。
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